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猫の女王

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10 公民館を奪取せよ


三毛猫の銀次郎は、すこし前を行進する合唱隊のあとについていった。
広い通りにちらつく人影は、男も女も年寄りばかりだ。
あとは定年退職したばかりの若年寄(わかとしよ)りである。
することがなく、ぼんやりベンチに腰をおろしている。

幼い子のいる母親は、団地内の大通りに面した幼稚園がまだ午後のお授業中なので家にいる。
この時刻、働き盛りの男女は都心なりに勤めに出ている。
若いお母さん以外、若い人はほとんど団地内に残っていない。

黒っぽい毛並みのドラ猫合唱隊が、わめきながら歩いている。
しかし、人は誰も追い立てたり、石をぶつけたりはしない。
一応、日ノ元団地内の猫は、すべて去勢されているはずだ。
だから、なにをしていても許す気持ちになっている。

去勢の印として、耳の端に切れ目が入っているはずなのだが、いちいち確認もしない。
日ノ元団地の住民は、ドラ猫合唱隊の隊員たちも当然そうなんだろうと、わざわざかがみこんで、見極めようとはしない。

うららに教わった横路がちかづいた。
廃業中の銀行の手前だ。
二街区の棟がならぶ、なかほどの路地である。
刑事の八田はその路を、餌やりのボランテイァの二人について行ったという。

銀次郎はまた迷う。
うららが心配だったし、ベテラン刑事の八田にもはやく会っていろいろ意見を聞きたかった。
しかもその路に入っていけば、命を奪いにきたサビ猫たちとまた出食わす可能性があった。

だが、えいと銀次郎は右に曲がった。
八田刑事を見つけたかったのだ。
うららは意思もしっかりしているし、なんとかうまくやる。

八田刑事が、うららについて教えてくれた。
うららは警察学校も交番勤務も刑事講習も、優秀な成績で終えた刑事だ。
だから、まさかハニトラの極意(ごくい)の技は使わないだろうが、新米(しんまい)刑事の心配は大いにある。

路地に入ってすぐ気がついた。
路肩の所々に魚の匂いがこぼれ、日ノ元の猫がちらついたのだ。
なかには道の端に座りこみ、口を動かしている猫もいた。
「魚の匂いがするけれど、おいしそうになに食ってんだ」
進行方向の路の奥だ。
灰色の八田刑事の姿でも見えやしないかと、遠くを眺めながら声をかけた。

「餌場(えさば)の残り物だよ」
うっとりと目を細め、白黒猫が応じた。
「ここにも餌場があるのか?」
銀次郎はあたりを見回したが、どこにも皿は置かれていない。

「バケツの底の残り物、こぼしていってくれるんだよ」
白黒猫が答える。
「こぼしていってくれる人は、男と女の二人連れかい?」
「うん、餌場のボランテイア活動をしている左江子(さえこ)さんと植松さんだよ。いつもこの時間にここをとおるんだ。だから時間外だけど、他の者も楽しみに集まってくる」

「ここに餌場はないのか?」
聞いてみると、昼前にはちゃんと一回あった。
午後の残り物は、サービスなのである。
路地に日ノ元の猫が姿を見せていたのは、それだったのだ。

「左江子さんと植松さんは、ここをとおって行ったんだな。あの二人はとても心の優しい人だから、感謝の気持ち、忘れないでな」
急に道徳的な発言をした若い三毛猫に、白黒猫は、はあ? と生返事をした。

なにしろ二人は、うららと銀次郎の子供が見たい、と宣言してくれたのだ。
もちろんそのためには、それなりの関係にならなければならない。
おれは構わないんだけどなあ、とぼんやりしかけ、慌ててまばたいた。
「二人のあとを、灰色の猫が追っていきませんでしたか?」
あらためて聞いてみると、追っていったという答えだった。


「だけどあの灰色猫のやつ、態度でかかったから言い争いになったよ」
白黒猫は憤懣(ふんまん)やるせなさそうに、三毛猫の銀次郎を見かえす。
「態度がでかかった? どんなふうに」
「灰色猫は、おれにこう言った」

『あの二人はな、ボランテイアなんて言って日ノ元の猫に餌を配ってるけど、怪しいやつなんだよ』
『怪しいなんて言われても、そんなあなただって急に現れ、怪しいじゃないですか』
『ばかやろ。俺はな、七千代署(ななちよしょ)のベテランの刑事だ。勘(かん)がはたらくんだよ、勘が』
肩をそびやかし、金色の目で睨んだ。

だけど日ノ元の白黒猫は、刑事なんて知らない。
『お前ら平気で餌食ってるけど、そこには薬が入ってるんだぞ。あいつらの後つけてたら、三街区のはずれの餌場で、何匹もの猫が口からよだれを垂らして、にゃごろーなんて変な鳴きかたしてた。その場にいた元気なやつに、どうしたのかと聞いたら、みんなの分まで奪って大食らいしていた乱暴者だったが、だんだんおかしくなった。

他の何匹かの大食らいのやつも、なんだか頭がふわふわして、今日が明日だか昨日だか分からなくなった、最近はちょっと歩くだけで疲れる、なんて言いだしてな。俺がさらに他の餌場に出向いて調べてみたら同じようなやつが何匹もいて、どうやらあの餌が原因らしいって気がついた訳だよ。どうだ、最近お前らも体だるくないか? 自分がバカになった気がしねえか? その餌、どこから持ってきてるのか、知ってるのか?』

『この路をいった公民館だよ。餌は、鬼花郷(おにはなごう)からきた異国人がそこで作ってるんじゃないの。おれは体調にも頭にも変化はないけど、ほら、餌配りのあの二人、むこうの角曲がって消えちゃうよ』
『おっと、どこへいくかを確かめろだ』

「そう言って刑事と名乗った灰色猫はあわてて走りだし、この先の路に跳んでいったけどな」
白黒猫は黒い腕をさしのべ、八田刑事が消えていった路の先を示した。

と、その路の先のほうから、ぎゃおう、うぎゃおおう、という叫び声が聞こえてきた。
白黒猫が腕を差しのべる路の先に、幾つもの影がひるがえった。
ぎゃお、ぎゃおう、と叫びながら、数匹が飛んだり跳ねたりしている。

先頭をやってくる猫は、白っぽい。
そのあとを追う黒っぽい。十数匹はいる。
先頭の猫の白っぽさは、背後の黒っぽい猫と比較しての印象である。
実際には灰猫だった。
頭をふりふり、脱兎(だっと)のごとく逃げてくるのは、まちがいなく灰猫の八田刑事だった。

餌をまく二人の人間のあとを追って、公民館に着いたが、そこでなにかがあり、サビ猫たちに追われているのだ。
複数の荒い息と足音が、舗装の路に響く。
八田刑事が背を丸め、白い歯を剥きだし、手足をかく。
金色の目がきらっと光る。必死だ。

「うおう」
「うわおう」
「ぎゃおう」
灰猫を追う背後の十数匹が、いっせいに叫ぶ。

「やつらだ、逃げろ」
おこぼれの餌を口にしていた白黒猫は、恐怖の声をあげた。
ぴょんと跳ね、沿道の数匹の日ノ元の猫も、わあっと手足をかいて逃げた。
あっと言う間、庭のむこうに消え、だれもいなくなった。

恐怖にゆがんだ八田刑事の顔が、はっきり見えてきた。
背後にせまる大型のサビ猫は、殺戮隊(さつりくたい)とおなじように光る刃物らしき武器をくわえている。
まずい、と銀次郎も腰を落とした。

が、いや待て、おれは牡(おす)の三毛猫だったんだ、と思いなおした。
「よーし、見てろ」
身がまえ、息を飲み、体に力をこめた。
ぴくっと神経に電気が走った。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京