猫の女王
耳をそばだてる銀次郎に、希星が気づく。
「先生、どうしたんですか?」
「歌が聞こえるだろう。あれは鬼花郷出身のサビ猫のドラ猫合唱隊が唄っているんだ。歴史を学ぶ者にとって、あの歌の意味はとても大切だ。歌といっしょに覚えておいたほうがいい」
思いついた提案だったが、本気の気持ちもあった。
「おれは今からあのドラ猫合唱隊のいる大通りにでる。いっしょにいくか」
「いきまーす」
三匹は明るい声で答えた。
よしいこう、と銀次郎は怒鳴り声の合唱隊を出迎えに、芝生の上を歩きだした。
背後に目をやったが、自分を追ってくる者の影はなかった。
あれほどの執拗さで、殺戮隊とやらまでを緊急出動させ、追跡してきたのにどうしたことかと不思議だった。
牡の三毛猫の力に恐れをなしたのか。
親分の鼻黒もどこかに消えてしまった。
銀次郎は、自分の部屋にもどりたかった。
灰猫の八田刑事と白猫の春野うららに会いたかった。
ヨボジイの行方は分ったのか。
マタタビは取りもどせたのか。
3
銀次郎は歌声のするほうへ、庭を斜めにつっきった。
棟の角の雑木林をぬけると、空間がひろがった。
そのむこうに、何本かの桜が葉を茂らせ、ならんだ街路樹の銀杏が青葉を輝かせていた。
「先生、待ってください」
銀次郎は、いつしか急ぎ足になっていた。
三匹の女性たちが、けんめいについてきていた。
広い、直線の大通りにでた。
団地の真ん中にある、メインストリートだ。
「ごろごろろ、にゃあにゃあ、にゃあおうがあ」
管理事務所のある左側の方向から、大通りを合唱隊がやってこようとしていた。
大柄の黒にちかい毛並みの先頭のクロが、三角の目で周囲を睨んでいる。
二列の隊を組み、四拍子のリズムである。
隊長は口に、オモチャの月の丸の旗をくわえている。
二列縦隊ではあるが、人間のイメージできちっと隊を組んでいるわけではない。
行進もごたつき、足並みもそろっていない。
しかも歌は、音痴にちかい怒鳴り声だ。
だが、どら猫合唱隊の隊員たちには、大まじめな行進なのである。
通りかかった日ノ元の猫たちは、端によってやりすごす。
日ノ元団地の人間はちらほらである。
大通りは、管理事務所の反対側の終点にあるスーパーの開店時間と夕食前の時間、そして閉店三十分前にちょっとにぎわう。
それ以外の時間、人はほとんど自室こもり、通りにはでてこない。
昼間、猫がメイン通りをつれだって歩いていても、集団でにゃあにゃあ騒いでいても、裏路で喧嘩をしていても、住民たちは干渉しない。
げんに今、サビ猫が群で歩き、ごろごろにゃあにゃあ、と大声をあげているのだが、また騒いでいるなと猫たちの自由を見守っている。
最近の猫はサンマをくわえるのではなく旗かよ、へえーと、年寄りはやさしくおどろく。