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猫の女王

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今まで無抵抗でおとなしかった日ノ元族に急に反撃され、おどろいて殺戮隊まで出動させた鼻黒の意図を銀次郎は感じた。
そうと分かったら、日ノ元側が対策を講じるのであろうが、なにもしていないようなのだ。

以前の自分だったら、すごい世の中になったなあ、と溜息をつき、そのまま黙って引っこんでいただろう。
そして、そっと忘れ去った。
しかし今は、牡の三毛猫の力がたぎっている。
力が勇気を与えてくれるのだと銀次郎は、このとき初めて気がついた。

茶トラが続けた。
「それで、どうしたらいいかって考え、あちこち説得して歩いたけど、誰もその気になったくれなかった。日ノ元郷はずっと平和で、争ったり戦ったりして自分たちを守るという考えがなかったので、みんな途惑った。自分たちが正しく生きていれば、平和は自然にやってくるものと信じていたしね」

「もし、殺しにくる相手がいたら、逃れるためには相手を殺すか、力でねじ伏せるしかない。そうしなければ、いくら自分が品行方正であって正義感にあふれていても、私情に関係なく相手は襲ってくる。日ノ元郷の猫族は、考えを改めなければならない」
無気力で生きてきて、疲れてしまった自分だ。

三階のベランダからは、庭の芝に点々と転がる死体が見えた。
サビ猫たちが、味方同士で殺しあったのだ。
猫の騒ぎにおどろき、人間が姿を見せた。
しかし、『なんだ、猫の勢力争いか』とすぐに引っこんだ。
異国人が多く住むここでは、野良猫の喧嘩など日常茶飯事なのか。

それらの有様をすこし離れた石の台の上で、鼻黒のじじいが見張っていた。
石の台は、団地の街区と棟の番号を表す標識になっている。
「おれをやっつけるため、いよいよ本気になっているようだけど、あいつは何者なんだ」

茶トラは、三毛猫の銀次郎といっしょにならび、段ボールの箱から首をのばした。
「あいつはエサバーにいた鼻黒のじじいだ。びっくりしてんだよ。殺戮隊とやりあい、やっつけたも同然の活躍だったからな」


実はびっくりしているのは、三毛猫の銀次郎も同じだった。
日常の戦いのごとく、猫が猫を殺すのだ。
人が人を殺すのと同じである。
そのために、武器を持った殺し専門の殺戮隊まで組織しているのだ。
なんてことだと、ぼんやりしかけた。

だが、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「実はあいつは、日ノ元団地生まれのサビ猫で、ここの三番目のボスだったけど、鬼花郷からやってくるサビ猫の罠にはまって酒と女に溺れ、みだらな生活で腰の毛も抜けて薄くなり、 いつの間にかあんなになってしまった。将来は日ノ元郷に新設する全エサバーの支配人にしてやると約束されたという噂で、すっかりその気になっている」

「三番目のボスということは、一番と二番がいるってことだよな。一番と二番はどうしたの?」
「そこの国道16号で干乾びてた。他にもやられた奴があちこちいるようだけど、みんないろいろで、嚙み殺されたり、刺殺(しさつ)されたり、毒殺だったり、首吊り自殺に見せかけられたりで、日ノ元はいつしか闇だらけになってしまった。外からくるサビ猫たちが怪しいと疑問を投げかける者がいたけど、疑いを抱くそいつもどこかに消えたり、国道で干乾びたりしていた。日ノ元族は見えない恐怖を感じ、見ざる聞かざる言わざるで、各街区の寄合をはじめ、あらゆる組織が機能しなくなった」

バスで駅から家に帰るとき、銀次郎は団地のちかくの国道で、路面にぺしゃんこに張り付く猫を何匹も見た。
やけに轢(ひ)かれているけど、こんな所までのこのこでてくるんじゃないよ、ここはびゅんびゅん車がとおる国道だよ、とうれえた。
人のときは分からなかった。
しかし、日ノ元の猫の世界では、大変ななにかが起こっていたのだ。

「なあ、茶トラさん、ヨボジイというのはどんなやつなんだ?」
「ヨボジイ? 知らないね」
あっさり首をふった。
鼻黒はヨボジイの名を聞いて興奮したようだが、茶トラは無反応だった。

銀次郎と茶トラが話し合っていると、騒ぎのおさまった庭に一匹のサビ猫が姿をあらわした。
「あ、あいつ、こっちを見てるぞ」
その猫が、三階の棚の上のダンボール箱から首をだした三毛と茶トラに、きりっとした視線をむけた。

あわてて首をひっこめようとしたが、もう遅かった。
そのサビ猫は腰を落とし、四本の足を踏ん張り、空にむかって叫んだ。
「ぎやおう、ぎやおぎゃお~」
時ならぬ猫の叫び声が、団地の庭に響きわたった。

すると味方同士の争いを終え、どこかで待機していたらしい殺戮隊のサビ猫がいっせいに飛びだしてきた。
先頭の何匹かが、口元を光らせている。
「見つかった。逃げろ」
茶トラと銀次郎は、段ボールの箱から飛びだした。

いち早く下におりようと、ベランダの手摺(てすり)にぶらさがろうとした。
その勢いでダンボールの箱が棚から落ち、ベランダの花植えの植木鉢が、がしゃがしゃとひっくり返えった。
物音におどろき、アイロンを当てていたその家の奥さんがガラス戸を開け、ベランダの手摺に吊りさがる二匹の猫を見つけた。

奥さんの足もとからは、元エサバーのホステスだった美人のサビ猫も顔をのぞかせた。
「三毛猫と茶トラの日ノ元の猫、ここにいるよー」
美人のサビ猫が、偵察猫(ていさつねこ)の雄叫びに応呼した。

ベランダの柵から眼下に目をやると、何匹ものサビ猫が集まっていた。
「やつら、もう一階の庭先にきてやがる。やばい」
銀次郎はベランダの鉄柵にぶら下がり、からだを揺らしていた。

鉄柵にぶらさがりながら、おばさんとサビ猫が顔をだすガラス戸の奥をうかがった。
「家のなかに飛びこもう。裏の窓から下の家の出窓におりられるぞ」 
振り子の態勢で、銀次郎が提案する。

「いくぞ」
「よし」
二匹で声をあわせ、さらに大きくからだをふった。
ガラス戸を開け、一人と一匹が顔をだしている。
その隙間に銀次郎と茶トラの二匹が、鉄柵から飛んだ。

思わぬ日ノ元の野良猫の攻勢に、一人と一匹は身をのけぞらせた。
高く跳んだ茶トラは、化粧の濃いおばさんの頬に爪を立てた。
低く飛んだ銀次郎は、下からのぞくサビ猫の顔面に頭突きを食らわせた。

部屋に飛びこんだ二匹は、裏の出窓のベランダを目指し、奥へ走った。
奥さんが掛けていたアイロンは、男物のズボンだった。
それを踏みちらし、裏窓につうじる玄関前の廊下にでた。

するとそこに、一人の男がパンツ一枚でひっくりかえっていた。
その家の亭主のようだった。
数本の酒の瓶が玄関に転がっている。
そのうちの一本が、ドアにはさまっていた。

「玄関から外にでられるぞ」
茶トラが、扉にはさまれた酒瓶を跳びこえた。
遅れて銀次郎もあとを追う。
つづら折りの階段を、茶トラが一気に跳ぶ。

二階、一階と曲がり角のある各階を二回のジャンプでおりきる。
「ぎゃあ」
先に庭におりた茶トラが、鋭い悲鳴をあげた。


そこには事態にそなえたサビ猫が、刃物をかまえて待っていた。
空中を飛び、前足をそろえて着陸した茶トラは、タイミングを合わせ、刃物を横に払われた。
腕から下の前足を、一挙に切り取られた。

茶トラは悲鳴をあげ、のめって転げた。
後ろ足で立ったところを、また刃物を払われた。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京