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猫の女王

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背後の三匹に命じた。

バカ力(じから)? このおれが? 
三毛の牡だからと言って、いい気になんかなっていない。
どういうことだ……。
考えようとしている目の前で、三匹がいっせいに白い歯を剥きだした。

「ぎゃあー」
三匹そろって吠えた。
みんな銀次郎より、一回りも大きい。
鍛えているらしく、肩や腕回りなど、全身の筋肉がりうりしている。

人間であったら、こんな時は即座に観念していただろう。
だが、怖さを感じなかった。
くるならこい、と余裕だった。
そうか、強さってこういうことなのか、よおし、と力(りき)んでみた。

真ん中のいちばん大きなサビ猫が、跳びかかってきた。
目がつり上がっている。
きたな、と銀次郎は腰を落とし、ひらりとかわした。
のめったところを、首の後ろに噛みついた。

首をくわえ、えいっと大きく投げ飛ばした。
「ぎゃーおーん」
そのサビ猫は、体を一回転させた。
両腕をひろげ、腹を見せ、地面にひっくり返った。

「わおーう」
「わおーう」
残りの二匹が頭を上下させ、わめいた。
細身の三毛猫の力におどろき、途惑っていた。


やるなら今だ、と銀次郎は身をひるがえした。
相手もあわてて身がまえた。
「ぎゃあー」
「ぎゃあー」
二匹の悲鳴があがった。

銀次郎は肩をならべる二匹に、力いっぱい左と右のフックをみまった。
素早いパンチを食らった二匹は、それぞれに右と左に、横向きに吹っ飛んだ。
地面に側頭部を叩きつけ、ふぎゃっと鳴き、気を失った。

背後で見守っていた鼻黒のじじいが、目をぱちくりさせ、あんと口を開けている。
「おめえ、やっぱりただの牡(おす)の三毛猫じゃねえ。そうと知ったら、ますます生かしておけねえ。おーい、こいつをやっつけろー」

前歯の抜けた口を開け、らんらんと目を光らせる。
こういうことなら、天が与えてくれた三毛猫の牡の力とやらをじっくり試してやる。
さあこいと銀次郎は薄緑の眼を見開き、身がまえた。

鼻黒の背後の植えこみの陰から、ぞろっと新たなサビ猫が姿を見せた。
いつでも出動できるよう、待機していたのだ。
サビ猫たちは一塊(ひとかたま)りになり、首を低くかまえた。
そろりと銀次郎にむかってくる。十匹はいる。
やはり、怖さは感じなかった。
おれは牡の三毛猫だけど、いいのかと余裕だった。

「うおー」
今度は一声吠え、銀次郎のほうから先に動いた。
銀次郎は下半身を屈伸(くっしん)させ、ジャンプした。
トランポリンの選手のごとく、両手をひろげ、高々と舞った。
すると団地の棟の景色とともに、各階にいるベランダのサビ猫たちの姿が目に映った。

エサバーのホステス、百恵が言った。
団地には、あちこちにサビ猫が住んでいると。
そのサビ猫たちが、鼻黒の声を聞き、反応したのだ。
連中は、空中に浮遊する銀次郎を目で捕らえていた。

その眼光が、建物のベランダでキラキラ輝いた。
銀次郎は、地上と空中とで鼻黒の仲間に囲まれているような気がした。
どうすべきかを考える時間は、なかった。

とりあえず、鼻黒のじじいの上に落ちてやろうと、体をもがかせた。
だが、空中での進路変更は不可能だった。
ならばと、肩を寄せあい、牙を剥いている地上の数匹に狙いを定めた。

銀次郎は落下しながら、バランスをとった。
両手足を、わらわらと振った。
爪を立てた左右の手足を伸ばし、直下の四匹の顔面にねらいを定めた。

うまいこと、そのまま落下した。
四匹の額に爪を掛け、引力の勢いのまま着地した。
「ぎゃん、ぐぐうー」
四匹同時のにぶい叫び。

四匹の顔面の皮が半分剥がれ、目が見えなくなった。
にゃぐー、んぐー、うぐー、ぐにゃーと声をそろえた。
他のサビ猫たちは、目が見開いた。
息をのんで、動けなくなった。


その隙に銀次郎は、脇の滑り台の上に跳んだ。
さらに砂場のコンクリートの枠、そして庭の芝生の上へと跳び移った。
「ネコ、ケンカ、スゴイヨ」

昼から酒を飲んで、楽しく暮らす異国人の大人たちが騒いだ。
「日ノ元の三毛猫を追えー。逃すなあー。殺せえー」
鼻黒のじじいが、必死に叫ぶ。
「殺戮隊(さつりくたい)、出撃―い」

サツリクタイだって? おどろく暇もなかった。
さっき目撃した、各棟各階にいたサビ猫たちだった。
四本の足を下に向け、いっせいにベランダから飛び降りてきた。
まるで素足の降下隊である。

かなりの数の出動だった。
神様がくれた牡の三毛猫の力を、過信してはいけない。油断は大敵だ。
多数を相手に、どこまで戦えるかはわからない。
いい気になっていては、いけない……。

銀次郎は逃げた。
銀次郎の背後を、殺戮隊が追う。
今度は二十頭以上の勢力だ。
すこし離れたところで、争いを眺めていた四、五匹の日ノ元の猫がいた。
「おい、みんな逃げろ。やられるぞ」
銀次郎は、すれ違いざまに叫んだ。
一街区と二街区の境だ。

道路をわたってふり返った。
見物していた日ノ元猫が、血飛沫(ちしぶき)をあげていた。
殺戮隊の隊員が首を振ると、なにかがきらりと光った。
ぎゃっとあがる猫の断末魔(だんまつま)。

よく見ると、サビ猫の数匹が刃物を口にしていた。
文字どおりのサツリクタイだった。
賑わっていた団地のポケットパークの周囲が、しんとなった。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京