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猫の女王

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「だって、このお仕事の希望者いっぱいいるもの。いい男さがして家庭持つのみんな夢見てんのよ。ほら鈴々ちゃんの代わり、さっそくやってきたわ」

やはりサビ猫だったが、長距離ランナーのごとく肢体(したい)がすらりとしていた。
それにちかちか光る大きな目で、顎の線がきれいだった。
顔立ちも整っている。
音もなく銀次郎たちの後ろをとおり、二匹の客の向こう側にしゃがんで、挨拶をした。

「あのね、いい男みつけて家庭持つのが夢なんだろうけど、日ノ元団地の猫はあれだよ。管理事務所や自治会の決まりで、男はみんな去勢(きょせい)されてんだよ。もちろん女もだけど、どういう意味か分るね」
「赤ちゃん、生まれなーい」
うなずいて百恵が答える。

「子供ができなかったら、家族はつくれないだろう?」 
銀次郎は、百恵の前の皿にストローをのばし、酒を吸った。
しゅっと舌に液体がこぼれてきて、口の中に果実のアルコールがあふれた。
「二匹だけでも夫婦なんだから、家庭でしょう。家族だったら故郷にいるあたしの身内、いくらでも連れてくるし」

なんでもないことのように、すらりと答える。
なるほど、そういうことかと感心しかけたが、なにかが引っ掛かった。
「ここのホステスさん、いままで何匹くらいがねんごろになって、団地に住んでるの?」
「そうね、知っているだけでも五十匹はいるね」
その数におどろいたが、百恵はだから何よという顔だ。

「でも、あたしたちの仲間があちこちに住み着いてるって感じだけど、まだ主に二街区までで八街区までに手が届かないの。ねえ、三毛猫の銀次郎さん、ねんごろになって、あたしも三街区に住まわせてよ。ねえ、ねえ、ねえ、いいでしょう」

百恵はからだを揺らし、すっと左手をのばしてきた。
「おいおい、変なところに手えつっこむな、わ、やめろ。さわるな」
「あらあ、なあに? くりくりしたこの丸いの。二つもある」
「握るな、力入れるな」
百恵の手をあわてて払いのける。
ばかやろ、と怒鳴りたかったがこらえた。

百恵は、細めた目で銀次郎の顔をのぞき、にい~と笑う。
「あなた日ノ元の猫で、しかも三毛猫だよ。それなのに付けてはいけないもの、二つもあるじゃないの。噂では、牡の三毛猫は最強だっていうけど、なにが最強なの?」
最強をどう解釈したのか、銀次郎を見つめる百恵の目がぽっと赤らんだ。

「ねえ、そこの後ろにセイタカアワダチソウの藪があるでしょう。そっちに、ちょっと行って試してみない? ねえ、いいでしょう。ちょっと試すくらいなら減らないしさ、ねえ」
密着した体で、ぐいぐいと腰をおしつけてくる。


銀次郎は自分が三毛の牡で、最強の力とやらを持っていると前にも言われた。
実は、最強の意味がよく分からなかった。
そっちの話ならいい機会だから、後ろの藪で試してみようかという気持ちがちらっと頭をかすめる。

が、餌やりのボランティアのおばさんに『子猫が見たいから、白猫に赤ちゃんを産ませてね』と言われたことと、刑事になりたてらしい若い白猫の春野うららの澄んだ空色の瞳が重なった。
それで、自分でもよく分からなかったが、藪の陰で試すのはやめたほうがいいと判断した。

「試してみようよ、ねえ。みんなそうしてんのよ。日ノ元の牡の三毛の赤ちゃん、身籠(みごも)ってみたいわあ。ここにお勤めしてる娘、誰も牡の三毛との経験ないの。その前にちょっと注意しておくけど、そこの藪のなかでは、どんなにハイになっても、ニギャーンなんて絶好調の雄叫びあがないでね。すごい感動があっても、ぐっと堪えるのよ。できる?」
百恵は、妙な言い方でけんめいに説得しようとする。

「おれ、独身って言ったけど、決まっている白猫の相手がいて、その娘に子供を産ませなければならないんだよ。ある人との約束もあってな。貴重品はその白猫にしか使えないんだ。それが条件で去勢をまぬがれたんだよ。百恵さんも日ノ元団地に住んでるみたいだけど、手術はしてないの?」
百恵には、まったく去勢の気配がなかった。

「手術? そんなの聞いたことないわ。みんなやってんの?」
「日ノ元団地に住む猫は、野良も家猫もそれが条件で住む自由が許されてるんだけどな」
へーっと百恵はおどろいた。
「そんなことされるの分かったら、逃げればいいのに、なんでおとなしく去勢なんかされてんの?」
肩をそびやかせた。

「日ノ元郷地域一帯に住む猫は、古い時代からここに住んでいて離れられないんだよ。でもあなたたちは外からきて団地に住んでいるようだけど、去勢しなくてもいいのかなあ?」
「知らないわ、そんなこと。そんなの、無視すればいいだけの話じゃない」
堂々とした態度だった。

「ついでにちょっと聞くけど、日ノ元の生まれではないあなたたちサビ猫は、どこからきたの?」
さっきから気になっていた。

「となりの鬼花郷団地」
「それで今は、日ノ元のどこに住んでいるの?」
「日ノ元団地の一街区だよ」
「一街区はサビ猫が多いの?」
「ほとんどね。以前は日ノ元の猫もいたけど、みんな引っ越したって」

「どうして引っ越したの?」
「さあ……」
百恵は、まじめな顔で首をかしげた。
「そうだ、それからね、ここの皿とか酒とかオツマミってどうやって揃えたの。みんなで運ぶとしても、いろいろ大変だろ」

「あーら、あんた何も知らないのね。一街区の団地にはサビ猫だけじゃなくって、鬼花郷(おにはなごう)からきた人もたくさん住んでんのよ。その人たちのなかに係りの人がいて、用意してくれるんだよ。あそこにいる人たち、あたしたちの面倒よく見てくれるんだよ」

「鬼花郷からきた人が用意してくれるって? どうして?」
「さあ……」
再び百恵は首をかしげた。
すると話をする二匹の背後に、黒い影がかぶさった。

「おい、余計なこと、べらべらしゃべるんじゃねえ」
銀次郎が首をひねってあおぐと、片耳の千切れた年寄りのサビ猫が目を光らせていた。
さっき見せていた背中は茶色だったが、表側はサビの毛おおわれていた。半サビの猫だった。

ちらり視線を横にむけると、草の上に寝ていた二匹が消えている。
空気がぴんと張りつめ、楽しそうなエサバーがしんとなった。
「じゃあ、今日はこれで失礼するよ」
三毛猫の銀次郎は、殺気だつ空気を感じ、あわてて腰をあげた。
百恵に、ヨボジイについて聞くことも忘れていた。
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7 おれはスーパー三毛猫だ


ひっくり返っていた年寄り猫は、酔ったふりをした監視員のようだった。
三毛猫の銀次郎は、コカ・コーラの赤い自動販売機の裏から逃げだした。
表の道路にでると、もう一匹の鼻の先が黒い赤茶のサビ猫がそこにいた。
銀次郎を睨みつけている。

エサバーにとって、好ましくない客は追い払う、とその目が告げていた。
ヨボジイについて聞こうとしたり、百恵(ももえ)にいろいろ質問したりしていたことが、片耳や鼻黒(はなぐろ)には好ましくなかったようだ。

銀次郎は、三街区にもどるつもりだった。
道をふさがれていたので、そのまま二街区と一街区のあいだの通路にむかった。
作品名:猫の女王 作家名:いつか京