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化け猫地蔵堂 1巻 4話 富籤(とみくじ)

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「おらあ、絶対文太を探してやる。ハナ、タミ、まっててくれ。村のみんなも、もう少しまってくれ」
 日が暮れ、松七は、また地蔵堂に戻った。

 トラとブチにも文太は見つけられなかった。
 子供を見つければ四百両になるのだ。
 ただし、江戸の迷子探しは難しかった。
 届け出の決まりがあっても徹底されていなかったのだ。
 日常的に人攫いもあった。

 何人も迷子がいたが、太閤記を諳んじている子はどこにもいなかった。
 ただし四百両のこの一件は、お富が決意を地蔵堂のお助け地蔵に述べただけで、みんなに知らせた訳ではない。
 気が動転し、公表することさえ忘れているのだ。

 お富のようすを トラとブチが見にいく。
 お富は家に籠もり、蝋燭を灯し、部屋で祈っていた。
「どうか子供をお返しください。もし誘拐なら、はやく身代金を言ってきてください。有り金は全部あげます」
 呪文のようにそう繰り返していた。

《文太は記憶力もよく、ばかじゃない。自分がどこに住んでいるのか、自分の家の稼業がなんなのかぐらいは、しっかり話せる》
《だからお富は、迷子じゃなくて誘拐だって考えたわけだね》
《誘拐犯はなにも言ってこないようだし、これはやっぱり誘拐じゃないかもしれないぜ》
 トラが首をひねる。

《明日は浅草の観音様の仲見世に行ってみよう。ああいうところにでてる芸人の小屋は、よく子供を攫(さら)うって噂じゃねえか》
 そこまで口にしたトラが、そうだ、とつぶやいた。
《ちょっと出かけてくる》
 なにかを思いついたときのように、目を輝かせた。

7 
 夜も明けようとしたときだった。
 一人の男が地蔵堂に現れた。
 町人ふうの中年の男で、髪が赤く目が細く、顎には髯があった。
 お地蔵様のまえにきて、ぱんぱんと手を拍った。
 あたりをはばからぬ大きな音だ。

 二度、三度、とさらに手を拍つ。
 地蔵堂の裏にいる男よ、さあ、起きろ、と言わんばかりだ。
 ごそごそと地蔵堂の裏で物音がした。
 お参りにきた赤い髪の男が、大声で語りだした。

「あっしは浅草の仲見世で小屋を開けてる春川一座のもんです。うちの一座に文太って子がいます。迷いこんで来たので、はじめは届け出るつもりだったんですが、この子が太閤記や好色一代男を暗唱しているとわかると、座長の春川勇団次は、文太って子でひと儲けしてやろうと考え、部屋に閉じこめてしまいました。

あっしは捨て子だったのを拾われて育てられたから、座長は裏切れねえけど、親からはなれた子供の淋しさはよくわかっている。そこであっしは、文太って子供から住んでるところをそっと聞きだし、親に知らせてやろうと大急ぎで神田までやってきたんだが、だれかとどんと肩がぶっつかった瞬間、不覚にも長屋の場所と名前をぱっと忘れちまいました。

ちかくに猫顔の地蔵様のいるお助け地蔵堂があると聞いたので、とりあえずお頼みしておこうとやってまいりやした。どうか母親なり知りあいなりが、浅草の春川一座まで探しに来てくれますよう、よろしくお願いいたします。いま一座は、浅草の浅草寺の仲見世の小屋で芝居を打っている最中でございます」

 地蔵堂の裏で、おーと、圧し殺した低い声が起こった。
 松七が庭に飛びだしてきた。
 あわててあたりを見まわしたが、だれもいなかった。
 椎の木の根もとに、赤茶のトラ猫がそっぽをむいて座っているだけだった。

 走って地蔵堂の出口から通りを覗いたが、人影はなかった。
「よおし」
 松七は尻をはしょり、駆けだした。
 浅草の仲見世の小屋のまえなら昨日とおった。

 ブチと一緒にトラも走った。
《まさかと思って調べたら、本当に文太って子が仲見世の小屋にいたんだな》
《松七の憶測どおりだったんだね》
 松七と二匹の猫が一緒になり、朝の大川堤を走る。

 実はさっきトラが仲見世の小屋にのぞきにいったときは、時速五十キロくらいで走った。
 猫が本気になれば、そのくらいで走れるのだ。
 人のいない夜の堤防だったので、韋駄天走りが可能だった。

「やった、わあ、おう」
 松七は握った拳固を突きあげ、曲がった脚で跳ねた。
 背後の二匹には気づいていない。
 浅草の浅草寺まで一気に駆けた。

 境内に入り、敷石の参道をまっすぐいく。
 寺の正面を左に折れ、少しいくと芝居小屋があった。
 松七は足をとめた。
 髪がざんばらに乱れていた。

「落ち着け」
 唾を飲み、自分に言い聞かせた。
 もうすぐ四百両が手に入るのだ。
《そうだ。落ち着け、うまくやれよ》
 二匹の猫が背後で見守った。

 松七はくの字の脚をそろえ、芝居小屋のわきの戸口に立った。
 昼間、幟をひるがえしていた竿が、一本の竹棒になって小屋のまえに立ち並んでいる。

 東の空に陽が広がり、上空に明け烏が群れた。
「ごめんください。ごめんください」
 雨戸を叩く音が、早朝の仲見世に響いた。

 雨戸が開き、寝巻き姿の女性が顔をだした。
「わたしは駿河町の袋長屋のお富さんという人に頼まれ、文太という子供を探しております。こちらにお世話になっていると聞きましたので、お迎えにまいりました」

 松七は、はしょった尻を見せ、深くお辞儀をした。
 むっとした顔のまま、女は首をひっこめた。
 すると今度は、戸口から男が顔をだした。
 松七よりも頭ひとつ高かった。

「わたしは松七というもので‥‥」
 言いかけたが、男は無視して怒鳴った。
「なんだてめえ。そんな者いる訳ねえだろ」
 松七を頭上から睨んだ。

「報せてくれる人がいました。いない訳がありません」
 松七が男の顔をあおぎ、言い返した。
 男は戸口から一歩踏みだし、太い腕を伸ばした。
 そして、松七の襟首をつかんだ。

「いねえと言っただろう。さっさと帰れ」
「なにしやがる。変なことをすると番所に訴えてやるからな」
 松七は、ひるんでなどいなかった。

「うるせえ。いねえといったら、いねえんだ」
 大男は松七を突きとばした。
 松七は両足をあげ、尻餅をついた。
 大男があゆみより、横腹を蹴った。

 松七が大男の足にしがみついた。
「今わたせば、どこにも言わねえ。文太は太閤記が語れるので、見せ物にするつもりだろ。素直にわたせ」
 騒ぎを聞き、小屋から男たちがでてきた。

 松七は、数人がかりで地面にねじ伏せられた。
「ううう、くうう。なにしやがるか。ううう」
 松七は呻いた。

「こらこら、朝からなんだ」
 いつのまにか、そこに羽織姿の男がいた。
 帯に赤い房の十手を挟んでいる。
 ハ百八町を警備する同心である。
 うしろに目明かしが一人ついていた。

 男たちはあわてて松七から手を離した。
 同心が、吊つりあがった大きな目をまたたかせる。
「春川一座の座長、春川勇団次だな。通りがかりであるが、朝早くからなんの騒動であるか」
 同心姿のトラだった。

 羽織の胸をそらし、十手の柄に大儀そうに片手を乗せる。
 松七がからだの泥をはたき、起き上がった。
「文七って男の子をあずかってるだろ。返せ」
 松七があらためて言いなおす。

「いや、ちょっと、その。おい、あずかっている子供を連れてこい」