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化け猫地蔵堂 1巻 4話 富籤(とみくじ)

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 村八分をもじって言っているようだった。
 葬式や火事以外は付き合わないという意味だ。
 はあ? と松七の途惑うさまを尻目に、木戸番が口を歪める。

「お富ってやつはな、富籤に当たって五百両ものお宝を手に入れておきながら、びた一文、他人(ひと)に分けようとしなかった。お宝を元手に店を大きくするんだって言ってな。長屋には薬も買えず、いまにも死にかけている病人もいるってのにだ。金に困ってる親類縁者が駆けつけても、自分が貸本屋の商売を始めるとき、金を借りにいったら、女なんかに貸せるかって追い返し、さんざ陰口や悪口を言っていたくせに、いまさらだれが相手にするものかって、逆に怒りだしやがってな」

 戸は閉じられている。
 だが、なかにはお富がおり、聞こえているはずだ。
 木戸番はさらに大声でまくしたてた。

「ところが亭主の野郎が百両を懐につっこみ、浅草で呑み歩いてしまってな。羽振がいいっていうんで跡をつける者がいて、暗がりでばっさりよ。しかも亭主の死体を確認しにでかけたとき、連れていった子供が行方不明になっちまってな。天罰ってやつだな。普段からけちで有名だったからな」

 もった長棒の先で地面をねじった。
 亭主が殺され、子供までが行方不明になってしまったのだ。
 商売は、むしろ吝嗇でなければ成功しない、という真理などどうでもよかった。
 松七は木戸番の勢いに、困ったように不精髭の顎をさすった。

「子供は天狗かなにかに攫われたのよ。文太っていうんだけど、こいつも小生意気な糞餓鬼でな。まだ五つのくせにやけに口が達者で、太閤記かなんかを諳んじてやがる。どんな本でも読みやがって、母親は自慢してたけど、みんなは子供らしくねえその態度にうんざりしてた」

 門番はみんな悪くとっている風だった。
「文太って名で、五つだってか?」
 松七の木戸番への質問だった。
 文太を探すつもりらしい。
 見つければ賞金が手に入るのだ。
 なにを食ったのか、唇が炭でよごれていた。

「それで、その文太って子はどんな顔してんでしょうか?」
「猫可愛いがりでうまいもん食ってたから、こんな丸い顔になって色が白く、貧乏人をばかにしたような目つきで、口も傲慢そうにへの字よ。愛嬌のねえ嫌なやつだから、一目でわからあな」

 そうですか、と松七は神妙な顔でうなずく。
《ちがう、ちがう。もっと正確に聞かなきゃだめだ松七》
《背の高さや太っているか、痩せているかとか、口癖とか、なにかの特徴なんかとかもいろ聞きなさいよ》
 トラとブチは、貸本屋の看板のかかった軒の上で気をもんだ。
 
 だが松七は、ありがとうと木戸番に礼を伸べ、木戸をくぐった。
「浅草方面はこっちですか?」
 そして表通りに立つと通行人に訊ねた。
「ええ、そっちです」
 通行人が答える。
 どうも、と頭を下げ、もう歩きだしていた。

 ばかめ、と表に立った門番がつぶやいた。
 松七にではなく、目がお富の家に据えられていた。
「ふだんから門番のおれに世話になってたんだ。一両か二両くれえ、分けてくれたってよさそうじゃねえか。二両あったらなあ」
 地面に衝いた棒をまたぐりっとひねった。

《お富さんて商売熱心みたいだね》
《かなりしっかりしているようだな》
 ブチとトラは感心し、いつしかお富さんの味方になっていた。

《松七が探しに行ったけど、跡つける?》
《迷子はそんな簡単には見つからないから、また地蔵堂に戻ってくるさ。それより、お富さんのこと、もっと調べてみようじゃないか。子供がどうやっていなくなったのかも知りたしな》

 二匹は袋長屋の屋根にあがり、井戸のある奥に進んだ。
 そんなときは、井戸端会議を聞かせてもらうに限るのだ。
 お富は門番の告発どおり遣り手の女性で、もっと大きな貸本屋を開業したいと張り切っていた。

 店はお富が番をし、亭主が外を廻っていた。
 風呂敷に本を包み、貸し歩く。
 一人っ子の文太は太閤記を諳んじ、かなり賢いことも分かった。

 五百両が当たったとき、長屋は大騒ぎだった。
 しかしお富は、ふるまい酒をだしたりとか、志を配るとか、人々の日常の習慣に従わなかった 
 長屋の病気の男は普段から嘘つきで、寸借をくりかえし、お富から借りた商売用の本を金に換えたりしていた。

 富籤に当たったことを聞き、付き合いのない人に訪ねられ、病気の話など、いろいろな嘘を聞かされ、お富はいよいよ身を固くした。
 だがみんなは、その徹底ぶりにあきれ、陰口をきき、非難までしだした。
 そんなとき、気の緩んだ亭主が金を懐にいれ、呑みにいってしまったのである。

 あとは門番が話したとおりだった。
 お富は、息子の文太が迷子ではなく誘拐されたと考えていた。
 だから家に籠り、誘拐犯からの連絡をまっていたのである。
 お富から見れば、息子は金目当てに連れ去られたに決まっていたのだ。

《文太がいなくなったのは三日まえ。亭主の葬式が終わったのは二日まえ。誘拐ならもうっとくに身代金を要求してくるはずだけどな》
《もしかしたらこれは誘拐とかじゃなくって、本当に迷子になって浅草のどこかにいるかも知れないよ。私たちも探そうよ。見つければ四百両くれるんでしょう》
 トラとブチは、松七や村人たちを助けたったし、お富さんのためにも、自分たちで文太を探してみる決意をしていた。

6 
 蔵前町から駒形町へ通じる大通り。
 一人の男が町の番小屋をめぐっていた。
「迷子さがしでござい。文太という五歳の男の子でござい。心あたりはございませぬかあー」

 浅草寺の境内には、通称、迷子石と呼ばれる石柱が立っていた。
 柱の左右には掲示板があり、それぞれに『迷子探し』『迷子預かり』と表示されていた。
 掲示板のまえに、赤茶の牝の三毛と赤毛のブチの猫がしゃがみ、書きつけを見あげていた。

あたかも、文字でも読んでいるかのようだった。
「おやまあ、猫夫婦が掲示板を眺めてるよ。子猫を探してるんだね」
 その姿に母親が涙ぐむ。
母親も迷子になった自分の子を探しにきたのだ。

《文太の名前はないようだな。湯島のほうに行ってみよう》
 二匹は腰をあげた。
 近くの湯島天神の境内にも迷子石があった。
 お富は気が動転しているのか、貼り紙をだすのさえ忘れていた。

 江戸での迷子の探し方には、三通りあった。
 一つ目が、幕府が設けた迷子石だ。
 迷子石は、江戸の数カ所の寺や神社の境内にあった。
 迷子を探している者と預かっている者が、互いに名前を掲示するのである。

 次は、町の番小屋をめぐれる方法だ。
 迷子は地域の番小屋に連れていかれ、保護される。
 親が現れなければ町預かりとして町で育てる。

 最後の三つ目は、鉦や太鼓を鳴らし、節をつけ、町々を触れ歩くやり方だ。
 もちろん途中で番屋に寄る。
 松七はハナとタミを連れて江戸に来たとき、鉦を鳴らし、大声で子供の名を告げ歩いている男を見ていた。

「迷子さがし~、名前は文太あ~、歳は五歳い~、丸顔で意気そうだけど、太閤記を諳んじてる頭いい子~」
 松七は木の棒で、拾った欠け茶碗を叩き、調子をつけた。