小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

化け猫地蔵堂 1巻 4話 富籤(とみくじ)

INDEX|3ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

 しわぶき声や私語が重なりだす。

 つぎつぎに当たり籤が読みあげられ、当たり番号が舞台のまえに貼りだされていく。
 何等かに当たった者がいるのか、一画がどよめく。当たり番号を、一等五百両から三十等の五両まで舞台のすぐ下に待機した
 早刷屋がつぎつぎ版木で刷っていく。

 当たり籤すべてが選ばれるまで動くな、静かにしろ、と役人が注意をする。
 だがいつしか、番号を確かめにまえに出てくる者、刷り札を買いにくる者などで効き目がなくなる。

 がっかりして体の力が抜けてしまったが、トラとブチは最後までしっかり聞いていた。
 せめて質草にした二人が戻せる額ぐらいはと思ったが、掠りもしなかった。

 たいした混乱もなく、抽選会は無事に終わった。
 熱気を霞ませた人々が、ぞろぞろと散っていく。
 当選者は翌日の午後に金を受け取りにくる。

 人々が去った境内に、何人かの男女が倒れていた。
 赤と白の衣装をまとった数名の巫女が、一人一人の肩を揺すっている。
 気分が悪くなった者、失望して大の字になっている者、興奮しすぎ、気を失っている者。

 籤は空振りだったが、松七の存在を確かめたかった。
 赤茶の毛をなびかせ、手分けをして走りまわった。
 あれほど宝籤に期待し、夢を託していたのだ。
 いない訳がなかった。

《みつけたよー。こっちい》
 牝のブチが牡のトラを呼んだ。
 まえのほうの席だった。
 興奮しすぎ、人と人の間で早々にひっくりかえっていたのか。
 だからさっきは、見つからなかったのか。

『く』の字の左右の脚が二本合わさり、菱形をつくっていた。
《松七さんてば‥‥》
 ブチが前足をあげ、松七の額の上に乗せようとした。
《そのままにしておこう。少しでも長く夢を見させておいてやろうぜ》
 トラが松七の髭面をのぞき、そっと頷いた。

「もしもし、もう抽選は終わりましたよ」
 巫女が一人一人を起こしている。
 秋風が吹いていた。
 庭に散った薄黄色の落ち葉が、砂利の上でひるがえった。

4 
 町の顔役、勘兵衛がやってきた。
 顔役は幾つもの貸家や長屋を所有し、公に認められている町の取締り役である。
 勘兵衛は、地蔵堂に居つく松七を訪ねてきたのだ。
 背後に職人らしい二人の若い衆を連れている。

 松七は髭ぼうぼうで寝ぼけ眼だ。
 もう四日目である。
「松七さんとやら、ここはみなさんがお参りにくるところでね」
 あんと口を開けた松七が、猫地蔵のまえに座っている。
 どろんとした目の色だ。

「わたしは町の者を代表して注意をしているんだ。なにがあったかは知らないが、ここに寝泊まりしてもらっては困るんだよ」

 あの夜、松七はよろけかかりながら地蔵堂に現れた。
 猫地蔵のまえにへったとすわり、ぱか、と言った。
 馬鹿と言ったのだ。
 夢破れ、完全に生きる気力を失っていた。

 それでもときどき風呂敷包みに手をのばし、なにかを食っていた。
 悲しいことに、人は生きる力を失っても、食うという行為はやめられないのだ。

「いますぐ、ここから出て行っておくれ」
 勘兵衛は抑揚のない口調で告げた。
 入ってきたときの八の字眉のまま、境内の出口を指さした。
 松七がなぜそこにいるかなんて関係なかった。

 松七は、はあとも答えず、よろりと立ち上がった。
 荷物ももたず、お堂の出口にむかった。
 まちな、と二人の若い衆が声をかけた。
 そこにあった松七の風呂敷をひろげ、散った荷を放りこんだ。

 おしつけられた一抱えの荷物を胸に、松七は坂を登っていった。
 勘兵衛と二人の若い衆が松七を見送った。
 心配になった二匹の猫も並んで坂をのぼり、ついて行った。

 勘兵衛たち三人が姿を消したとき、石につまずいた松七が引力に引かれるように向きを変えた。
 そして、そのまま坂をおりてきた。
 今度は地蔵堂の裏に回り、お堂と背後の岩壁との隙間に潜りこんだ。
 狭い隙間に横たわると、また、はあ~と力なく息を吐いた。

《いつまで、あんなことをやっている気だろう》
《富籤は罪だよ》
《しょうがないねえ》
 力なく横たわる松七を見届け、トラとブチは屋根裏にもどった。

 そこに参拝者が現れた。
 三十くらいのおかみさんだった。
 男が着るような市松模様の着物を着、目の下に隈ができていた。
 着物の襟がうしろに反り返り、襟が背筋に沿って深く空いていた。
 おかみさんも松七と同じように、はあ~と力のない息を吐いた。
 トラとブチは、おかみさんも富籤にはずれたのだと思った。

《富籤はほんとに罪だなあ》
 二匹はしらけかかっていた。

「お助け地蔵様、お助け地蔵様。夢はもうけっこうです」
 口をゆがめ、下腹が痛むみたいな口調だった。
《ほら、やっぱりだよ》
《富籤熱を役人はなんとかしないといけないな》

「富籤が当たったばっかりに、碌なことがありませんでした」
《……》
《……》
 え? とトラとブチは顔を見合わせた。

「こんどの富籤で五百両、当たったんです。だけどあんなお金はいりません。みんなお地蔵さんに差し上げます」

 トラとブチは、あわててまた格子窓に額をつけ直した。
 地蔵堂のうしろで、がさごそと物音がした。
 松七である。嫌でも耳に入る。

「あたしの旦那は、富籤で当てた百両を懐に入れて遊びにでて強盗に襲われ、殺されてしまいました。ご近所や親類は、びた一文もご祝儀を配らないあたしに愛想をつかし、よりつかなくなりました。あげくに、たった一人の子供もいなくなってしまいました。みんな富籤が悪いんです。せめて、子供だけでも返してください。子供が戻ったら、旦那が持ちだした分を引いた四百両、お地蔵さんに差し上げます。お願いです。どうかあたしを助けください。お願いを聞いてください」

 女は言葉を詰まらせ、ほろほろ涙をこぼした。
「富籤に当たったばっかりに……あんなもの」
 唇を噛む。

「本当にお金なんか、いらないんです。もしだれかが子供を見つけて連れてきてくれたら、お金は全部その人あげます。約束しますお地蔵様」
 真剣な顔で、くりかえし訴えた。

 女はまた長い溜め息を残し、去っていった。
 地蔵堂の裏から松七が、あわてて飛びだしてきた。

5 
 
《富くじに当たって、確かにそう言ったな》
《だけど、困ってる、とかってな?》
 よく訳がわからなかったが、二匹の赤茶の猫も、女の後を追った。

 女の住まいは駿河町の袋長屋だった。
 地蔵堂から十分ほどのた所だった。
 木戸を入ったすぐ右角の家で、窓側に『貸し本』の看板がかかっていた。

 そして、その家の窓の下や横の板壁には、バカ、ケチ、鬼女など、墨文字の落書きが散っていた。
 玄関の戸も通り側の窓も、しっかり閉まっていた。

「ここだ、こここだ」
 松七はつぶやきながら、木戸のまえを行ったり来たりした。
 木戸番のおやじさんが不審そうに近づいてくると、松七のほうから声をかけた。

「本を借りたいんだけど、閉まっているもんで」
 すると木戸番が、わざとらしく、え? と大袈裟におどろいて見せた。
「やめな。こんな家(うち)で本なんか借りるんじゃねえ。お富は長屋八分だ」