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化け猫地蔵堂 1巻 4話 富籤(とみくじ)

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「ハナ、タミ、すぐ迎えに行くからな。五百両だぜ。おれはいままで人に言わなかったけど、勝負には強かった。ハナを許嫁にするときは一本松の大五郎と草鞋の裏表で競い、勝った。村祭りの芝居も、籤でいい役を当てたし、村を捨てた次郎兵衛の田圃をみんなで分けたときも、南側の日当たりいいところを当てた。それにこの胸騒ぎときてやがる。当たりそうな気がしてならねえ。ここの地蔵さんはお助け猫地蔵っていうが、きっとおれたちを助けてくれる」

 勝手に決めていた。
「籤の本数は一万。鶴、亀、松、竹とあるうち、運よく松の七十一番から八十番まで、それに七百七十一番から八十番までの番号も手に入れた。どうだ、縁起がいいだろう。松七っておれの名前にかけた札だ。いけそうだろ。いや、おう」

 松七は富籤の札を、神主がお祓いのときに使う、だんだらの白い紙、神垂(かみしで)のごとく左右にふった。
 すっかりその気である。
「五百両まちがいなし。それ。ぱんぱん」
 声にだし、手を拍った。

 そのあとで松七は、さあてとあたりを見まわし、背中の荷物を足もとにおろした。
 丸めた蓙を荷物からはずし、お地蔵様の正面にひろげた。

 トラとブチの二匹は、格子窓の隙間から松七を見守った。
《お地蔵様のまえに座りこんだよ》
《本気で富籤に当たるつもりらしい。弱ったなあ》

 不幸は、基本的には自分の力で克服しなければならない。
 ハナも姉のタミも商売女にされてしまうだろう。
 村で首を長くしてまっている村人たちは、この冬を越せないかもしれない。
 
「五百両当たったら、まずなにに使うかなあ」
 蓙に座り、胡座をかいた松七が、木立のむこうの暮れゆく空を見あげる。

「とにかくみんなの家を建て直す。それから、馬も牛もいるな。灌漑を復旧させるための材木もいる。この冬と来年春の作物の種もいる。苗もいる。蚕を飼いたいなあ。蚕を買って帰ったら村のみんなは喜ぶだろうな。西の山裾が荒れ地になっていたから、あそこに桑を植えればいい。そしておれは、春にはハナと結婚するんだ。五百両あればなんだってできる。明日はその五百両が手に入る、どうしよう」

《富籤のいいところは、夢を見させてくれるところだ》
《でも、夢は明日までなんだけどね》
《五百両の当たりをだす明日の富籤ってどこだったっけ?》
《神田明神だったと思うけど》

 神田明神は、地蔵坂をのぼり、橋を渡ったむこう側にあった。

 その夜、松七は何度も寝返りをうった。
 ははは、と笑う。
「いい繭だ。この生糸を見ろ。おーいみんなおれだ。帰ってきたぞう」
 夜中じゅう騒いだ。
 朝、松七は荷物背負い、いそいそと地蔵堂を後にした。

3 
 抽選は午後に行われる。
 午後になったとき、トラとブチは地蔵坂を登っていった。
 坂の上の道は人であふれていた。
 まえの人の背中を眺めながら、列が進んだ。

 人々は昌平橋を渡り、橋むこうの神田明神に向かった。
 神田明神の境内の本殿正面には、木組みの舞台が設けられ、天幕が張られ、舞台中央に大きな箱置かれていた。
 中には番号が記された木の元札が入っているのだ。
 舞台の左右に並ぶ長槍をもった白鉢巻の役人たちが、押し寄せる群衆に目を光らせている。

《松七はどこだ》
 広い玉砂利の境内には、数百人もの男女が持参した敷物に正座をしている。
 二匹の猫は人を縫い、境内を駆けまわった。
《松七のやつ、どこにもいないなあ》
《まえの方にいると思ったけど》

 舞台のすぐ下にも行ってみた。
 筵の上で男や女が腕を組み、舞台を睨みあげていた。
 抽選までまだ時間があるというのに、最前列の連中はもうすっかり緊張しきっていた。

 手をあわせ、口のなかで念仏を唱えている者、はあはあ落ち着きなく胸で息を吐いている者、掌に汗をかくのか、しきりに着物の胸にこすりつけている者。じっとしているようで一人もじっとしていない。

 うしろのほうで歓声があがる。
 役人が走っていき、静かにと注意をする。
 松七はどこにもいなかった。

《場所を間違えるなんてことはないだろうし》
《今日行われる富籤は神田明神しかないし、五百両の当り籤もここしかないもの》
 隅の櫓を乗せた石の台にあがり、ブチが、心配顔で全体を見渡した。

 いよいよ人で埋まり、境内を自由にうろつけなくなった。
 ついに、どどど~んと太鼓が鳴った。
 掛け声やら歓声やらが一斉にあがった。
 拍手も湧き起こる。

「ただいまより~、富籤抽選をおこないまあ~す」
 袴をつけ、舞台の中央に座っていた役人が起立し、高らかに呼びかけた。
 人々が組んでいた腕をほどき、胡坐を組みなおして膝をそろえ、背筋をのばす。

 舞台の奥から人が現れた。
 中央に鎮座していた箱を担ぎ、まえに置きなおした。
 役人が床机に腰をおろし、ずらりと居並ぶ。
 公正な抽選を見届けようというのである。

『たのむぜー』『鶴の千二百七十八番』『こい、五百両』『おれのもんだ』『いやあ』『わあ』『おう』あちこちから声があがる。
 そんな緊張感のなかで、巧みな冗談を言うやつがおり、爆笑がおこる。

 舞台前方に、いくつかの箱が置かれている。
 その箱の木札が、次々に白い布の上にぶちまけられる。
 熊手をもった白装束の神主が、大儀そうな身ぶりで元札をかき混ぜる。

 しんとなった。
 しゃらしゃらしゃら……。
 乾いた薄い木札をかき混ぜる音。

 七、八人の男が、ひろげた布の四隅をもち、再び元札を箱のなかに戻す。
 それを何度もくりかえす。
 なにしろ札は一万枚もあるのだ。

 すべてが終わったとき、白装束の神主が、熊手を槍にもちかえた。
 かかかかか‥‥。
 甲高く拍子木が響く。

 神主が、もった槍を竹とんぼのように、くるくるっと頭上で回転させる。
 人々は、呼吸もまばたきを忘れた。

「えい、いやあ」
 神主が声をあげ、槍をふりかぶった。
 腰を落とし、箱のなかの札を突く。

 どん、と床を踏んで見栄をきり、槍先に刺さった木札を頭上に掲げる。
 両腕をいっぱいにのばし、その槍を空高くかざす。
 そして柄を脇に抱えて穂先をおろし、刺さっている札を役人に差しだす。

 人々の心臓の鼓動が聞こえそうだ。
 何千もの目玉が、大海の小波(さざなみ)のようにきらめいた。
《松の七十一番から八十番……》
《松の七百七十一番から八十番……》
 トラとブチも緊張し、二匹が同時つぶやいた。

 役人が札を受け取る。
 そして、床机から立ちあがった。
「一等おーう、亀のおー、一千四百三十八番あーん。一等おーう、亀の一千四百三十八番あーん。一等‥‥」
 三度、大きな声でくりかえした。

 いきなり一等の籤が引かれるのだ。
 場内はしんとなったまま反応がない。
 固まったままだ。
 記録係がすばやく筆を動かし、大きな紙に番号を書きだす。
 それを舞台の裾に貼りだす。

 境内はまだ静まりかえっている。
 二等の抽選に入る。
 同じようにくりかえす。
 思いだしたかのように、かすかなざわめきが起こった。
「静かにい~。静かにい~」

 役人が立ち上がり、舞台のまえにせり出て告げる。
 三等の籤がひかれた。