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化け猫地蔵堂 1巻 4話 富籤(とみくじ)

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化け猫地蔵堂 1巻


4話 富籤(とみくじ)

1 
 お地蔵様のまえに三人が並んだ。
 衣服は汚れ、あちこちが破れている。
 頬もこけ、顔もどす黒い。
 真ん中の男は二十四、五歳、右と左の女は二十歳と十七、八歳くらいだ。

 三人とも一抱えほどの風呂敷包を背負い、その上に丸めた蓙を乗せている。
「お願いがございます」
 男は姿勢を正し、まっすぐに立つ。
 脚が左右に『く』の字に歪み、股間に菱形の隙間ができている。

「村は夏の日照りで、秋には台風と鉄砲水でやられました。家も田圃も失い、収穫もありませんでした。このままでは全員が野垂れ死にです。だからみんなで相談し、一か八か賭けてみることにしたんです」
 男は肩で息をついた。

「ところが賭けるといっても、村には金もなにもないんです。ほんとうに、ほんとーになんにもないんです、だからお許しください」
 猫地蔵を見つめる男の目が、寂しそうに揺らいだ。

「やぶれかぶれの最後の手段なんです。この二人を質草にし、富籤を買うんです。どうか富籤が当たりますように」
 男の願いごとを聞き、トラ猫とブチ猫は、ええ? と顔を見合わせた。

 赤茶のトラ猫にはうっすらと黒い縞模様があり、短く顎鬚を生やしている。
 同じ赤茶のブチ猫は、鼻先から口と喉、そして腹が茶色だ。
 頬がふっくらしている。
 二匹とも体毛が長めで、ぼさぼさしている。

《富籤を買うだって?》
《女の人を質草にするだってさ?》
 互いに大きな緑色の目を見開く。

「お、お願いしますだあ」
 三人が一緒に声を合わせ、手を合わせた。
 その手に、ぐぐっと力が入る。

《だめだよ》
《富籤を当てるとか、そういうのはさ》
 トラとブチはうす緑の瞳を凝らし、首をふった。
《そんなお願いをお助け地蔵にされても、どうにもならねえんだよ》
 天井裏のトラとブチが眉根をよせ、格子窓から庭をのぞきなおす。

「もし当たらなければ村はもう終わりなんです。なんとか頼みますだあ。うーくうー、ほんとに、ほんとに、なんとかお願いしますだあ」
 合わせた手にいっそう力がこもった。

「お助け地蔵様あ、どうか松七の言い分を聞いてやってくんなせえ」
 右側の女が語りかける。
 左側の若い女も声をあげる。
「もし聞いてくんなきゃ、神様なんてもういらねえから、おらあこのお堂に火い付け……ううっ」

「なにを言いだすんじゃハナ」
 真ん中の松七が、掌で若いほうの女の口を押さえた。
 右側にいた女が二人のうしろにまわり、若い女の頭をたたいた。

「いつもおまえが神様の悪口いうから、ほんとにもう」
「おねえちゃん、いくら祈ってもお願いをしても、神様はなんにもしてくれなかったじゃねえか。

なにが神様じゃあ。ねえちゃんの旦那だっていい人だったのに、所帯をもってたった三ヵ月で崖から落ちて亡くなったし、松七の親兄弟も今度の鉄砲水で流されて行方が知れなくなったし、おらもようやく松七と一緒に暮らせると思ったら、村を代表してこの仕事をいいつかったでねえか。

どこに神様がおる。神様、おらあ身売りして富籤の資金になるけど、当たらなかったら、あちこで神様の悪口言って歩いてやるからな。おらあ、村で松七と一緒に暮らしていてえのに、なんでこんな目に……」

 ハナは堪えきれなくなったかのように、松七の胸ぐらにしがみついた。
「なんで神様は、おらたちをこんな不幸な目にばっかり合わせんだ。松七、おらあほんとは身売りなんていやだあ」
 ハナが泣きだした。
 姉もうしろから松七にしがみつき、泣きだした。
 つられ、松七までもが泣きだした。

「お~い、お~い、お~い」
 泣き声が、境内で三重奏になった。
 が、松七がはっとなって顔をあげた。
「やめろ。ハナ、タミ。いくら泣いたってどうにもならねえ」
 左右からしがみつく四本の腕を、松七が一本ずつはがした。

「おらあ、やる。ぜったい富籤を当ててやる。いま目を閉じて泣いていたら、瞼んなかでふっとなにかが閃いただ。富籤に当たる予感だ。ここの地蔵さんは困った者を助けてくれるっていう噂じゃねえか。見てろよハナ。もう少しの辛抱だ」

 松七はハナの手を両手で握った。
「タミさんもちょっとだけ、こらえてくれや」
 うしろの姉をふりかえる。

《松七さん違うよ。いまのは雲にさえぎられたお陽さまが、ぱっと照っただけなんだよ》
《予感なんかじゃねえ。木漏れ日だ、松七》
《姉妹の身売りなんか、やめなさいよ》

 三人は遠い村からきた。
 村は天災に遭い、多くの人が死に、家も食い物もなくなった。
 だから松七は村を代表し、二人を連れ、江戸にきた。
 みんなを救うためだ。

 だが、着の身着のままですっからかんの身であり、姉妹を質草にし、富籤を買うというのだ。

 妹のハナは松七の許嫁。
 姉のタミは半年まえに亭主を亡くした若い未亡人だ。
 村は秋の取り入れを過ぎたが収穫は皆無で、食料も金も全部失せた。
 目ぼしいものは、多少器量のよい姉妹だけ、という有様だった。

《助けてやりたいんだけどなあ》
《でも、富籤を当ててくれとか、そういうのはどうにもならないんだよ》
 トラとブチの二匹は胸で息を吸い、溜息をついた。

2 
 富籤は江戸住民の楽しみの一つだった。
 寺や神社は、毎週どこかで大規模な籤引興行をおこなっていた。
 上野の寛永寺、芝の増上寺、護国寺、東西の本願寺、浅草観音、神田明神、日枝神社、亀戸天神などだ。

 賞金も一等五百両からはじまり、百両、五十両などと掛け金に応じ、いろいろだった。
 江戸の人々は富籤に熱中した。
 一攫千金を夢に見、富籤を追い、寺や神社をめぐる者もいた。
 江戸ばかりか、地方からも籤を求め、人々がやってきた。

 人間は哀れだ、とトラとブチは思う。
 中年の女性がお地蔵様に手をさしだし『お助け地蔵さん、たった一両でいんです。一両あればいい薬が買えるんです。お金ちょうだい』と掌にこぼれてくるのをまっている。
 
 死んでしまった一人息子を戸板に乗せ『なんとかしてくれ』と地蔵様のまえに安置し、泣き崩れる母親。
《見ているのがつらいときもあるものなあ》

《松七さん、それにハナさんとタミさん、どうしてるんでしょう》
《かわいそうだけど、籤を当ててくれなんて……あれ? 松七じゃねえか》

 夕方、男が地蔵堂の参道をやってきた。
 背負った荷物の上に、丸められた蓙が乗っている。
《一人だよ》
 お地蔵様のまえまできた松七は、興奮していた。

「か、か、買ってきたぜ」
 懐から紙の札を出した。
 半紙を縦四ツ切りにした細長い紙である。
 鶴の何番、亀の何番というように文字と番号が墨で書かれ、末尾に朱印が押されている。

「ハナとタミは二十日で五両。富札は一枚一朱だから二十枚ある」
 二十日間の約束で、口入れ屋から五両を借りたのだ。
 その全部で富籤を買ったという意味だ。
 返せなければ、姉妹が女中にされ、客を取らされても文句は言えない。