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化け猫地蔵堂 1巻 3話 子を産む女

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「一緒だったぜ」

「どこにいくとか、言ってなかったか?」
「昼の出入りは自由だから、いちいちなにも言わないのが普通だけどな」
 ぷかっと煙を吐く。

 弥平は木戸の門のまえに立ち、左右を見わたした。
 裸足だった。
 大家さんも暇な連中もでてきた。
 どうした? なにがあった? と訊ね合う。

「お高がいなくなった」
「買い物だろ?」
「生まれたての赤ん坊を連れて、買い物になんかいくか。だいち、そんなこと、おれが許さねえ」

 弥平は木戸のまえを行ったり来たりした。
「もしかしたら実家じゃないか」
「実家はどこだ」
「昨夜、祝言をあげたばかりで、話もろくにしていねえ」

 弥平は白い頬をふくらませた。
「だれか実家を知っているもん、いるか?」
 大家さんがみんなに聞いた。
 大家さんでさえわからないのだ。だれも知らなかった。

 家を貸すとき、大家は半蔵とお高に、お決まりを聞いただけだった。
 ちょうど家が一軒、空いていたので適当だった。
 二人は駆け落ちで、仮住まいの約束だった。

《もしかたら、地蔵堂にお参りに行ってるかもしれないよ》
 トラとブチは肩をならべ、走りだした。
 京橋から鎌倉川岸をぬける。
 やがて猿楽町にやってくる。
 四、五百メートルもいけば地蔵堂だ。

 かしがった椎の木に登り、地蔵堂の屋根に跳び下りた。
 板壁の隙間から天井裏にすべりこんだ。
《家に帰ると、ほっとするね》
 そこは自分たちのねぐらである。

 トラ猫とブチ猫は床に背中をこすりつける。
 住みなれた天井裏は、我が家の匂いでいっぱいだ。
《境内に人影はないよ》
《ゆっくりは、していられねえな》
 とにかく、そこにお高はいなかったのだ。

 急ぎ、また町屋を走った。
 ところが、紺屋町の通りでお高に出会ったのだ。
「おや、うちにいる猫じゃないか」
 お高が猫に気づいた。
 おいで、と二匹を呼んだ。

「どこに行ってたんだい。おまえたちはいつも仲が良くていいねえ。さあ帰ろう」
 なにごともなかったかのように下駄を鳴らし、歩きだした。
 昨夜、赤ん坊を産んだばかりだが、元気そうだった。

《あれ? 赤ん坊、どこにもいないみたいだよ》
 ブチが白い鼻先を上にむけ、お高の背中を見あげた。
 トラが耳を立て、わきに回りこんだ。
《確かにおんぶもだっこもしていねえ》

 二匹はあたりを見まわした。
「トラとブチや、なにをきょろきょろしてんだい」
 お高は晴々としたようすで話しかけた。
 まっすぐいけば隼長屋だ。

《どうしたんだろう?》
《赤ん坊をどこにやったんだろう?》
 思案し、頭と尻尾をひねるトラとブチ。
 二匹をしたがえ、お高はすたすた歩く。

 長屋の木戸のまえで、まだ弥平が行ったり来たりしていた。
 お高の姿を発見し、あーと声をあげ、飛んできた。
 さっきと同じ裸足だった。

「どこに行って……あれ? 赤ん坊はどうした?」
 弥平は、はあ、はあ、息づいていた。
 木戸のまえでずっと取り乱していたのだ。
 大家も長屋の連中もいた。
「お高、赤ん坊どうしたんだ?」
 弥平が声を殺し、必死に叫ぶ。

「赤ん坊は半蔵さんとこに、ちょいと預けてきましたよ」
 お高がすまして言う。
「半蔵のとこ? 預けてきた?」
 弥平の丸い顔が、心もち長くなった。

「まえにも話したけど、半蔵がお墓に入った日、夜中にあたしの枕元に立った。さっきお乳を飲ましたときの赤ちゃんの目は、あの夜の半蔵の目だった。『おれの子だ、半日だけでも一緒にいさせてくれ』って半蔵が赤ちゃんの目を通して言ったんだよ。だから預けてきたのさ。お乳をたっぷり飲ませたから……」

「じゃあ、いまごろは」
 弥平は着物の裾を両手でまくると、もう駆けだしていた。
 あとを大家と隼長屋の連中が追った。
 トラとブチもまたみんなと走った。

 通りをいく人々が、猫まで一緒になにごとかと見送る。
 紺屋町の通りに出、辻を曲がると寺だった。
 弥平と大家さん、そして長屋の連中が山門をくぐった。
 本堂のわきを折れ、裏に回る。墓が並んでいた。
 左手の奥に一本の墓柱が立っていた。

 まだかすかに木肌の色が残っている。
 半蔵の墓だった。
 赤ん坊がくくられていた。
 座蒲団にくるまれ、帯で縛られていた。
 気持ちよさそうに眠っていた。

7 
「お高、すまねえ」
 弥平が畳に手をついた。
 お高の家の二階である。

 赤茶のトラとブチは、寄り添って窓ぎわに座っている。
「あの日の真夜中の幽霊、じつはあっしだったんだ」
「……」
 お高は布団のなかだった。
 産後に歩き回ったからと、弥平に無理に寝かされていた。
 障子を照らす夕日が赤い。

 赤ん坊は、弥平の家の二階にいた。
 すぐそばで女中が見守っている。

「おいら、おまえが長屋にきたときからずっと好きだった。おまえの頭に飾ったときを思って、いくつも櫛を作った。壁に飾ってあるのは全部おまえのものだ。だから半蔵さんが亡くなったとき、どこかに行ってしまうのではないかと心配のあまり、夜中に白装束で半蔵さんのふりをし、屋根づたいにこの部屋に忍びこんだんだ。

『おれは幽霊になってあらわれた。子供がいねえのが心残りだ。だから冥土にいく気になれねえ。それで思いあまり、化けてでてきた。子供を作りてえ』って言って、おまえの布団に潜りこんだんだ。ここで妊娠をさせられればって無我夢中だった。

『子供ができたら抱いてみたいが、幽霊だからそれはできない。でもおれはこの部屋で子供を育てるおまえを見守ってる』っていって、金も半蔵が残していったように引き出しに突っこんでおいた。

今から考えたら、なんであんな大それたことができたのかおれにも不思議でなんねえ。とにかくそんな訳で、じつはあれはおいらで、半蔵が化けて出てきた訳じゃねえんだ」

「うそ」
 半分からだを起こし、お高が叫んだ。
「あのときのあの人は間違いなく半蔵だった」

「ちがうんだ。幽霊なんていねえんだよ」
「いいえ、あの子は半蔵の赤ちゃんだ。半蔵に似てる」
「しっかりしてくれ、お高」
 弥平がお高の肩に手をかける。

 その手をお高が払う。
「さっき、赤ちゃんは半蔵の目で、あたしを恨めしそうに見た。あの子は間違いなく半蔵の子だんよ」

「よく聞いてくれ。あの夜、おまえを抱いたのはこのおれなんだ。目を覚ましてくれお高」
 弥平がお高の手をとった。

「ちがう。あたしは見た。あれは絶対半蔵だ」
 お高が首を左右にふる。
 そして、わあと声をあげ、頭から掻巻を被った。

 外が暮れてきた。
「よし、まってろ」
 弥平はそう言い、二階の戸を開け、外に出ていった。
 わざと屋根づたいに自分の家に戻ろうというのだ。

《おれも、ちょっといってくる》
 トラがあとを追った。

 お高が掻巻のなかで固く丸まっている。
 烏が、かあかあ鳴き、ねぐらに帰っていく。
 どこかで犬が遠吠をする。

 やがて二階の窓から、のそっと男が入ってきた。
 顔に白粉を塗っている。
 白い着物を着、額に白い三角の巾を付けている。

「お高あ~、お~い、お高あ~」
 声をあげ、掻巻に近づいた。