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生きてはいけない存在

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「そこなんだ、双極性障害の人で、鬱状態から、躁状態になりかかる時、自殺を主に考えるらしい。というのも、鬱状態と躁状態の混合状態があるということなんだけど、その状態のために、まず、鬱状態の苦しみが残ったまま、躁状態における、今なら何でもできるという思いとが、混同するんだよ。だから、一番自殺を考えているとすれば、初動的に死を選ぶということになるのさ」
 というではないか。
「じゃあ、彼女は何か、自殺を決意するだけの何かがあったと?」
「そうだね、彼女は、この時期に自殺を最初から考えていたんだろうね。だから、死体も同じ時期に発見されるということを見越して、顔をめちゃめちゃに潰して、一定の時間稼ぎをしたんじゃないかな?」
 と吉漬け刑事はいう。
「じゃあ、どうして、こういうことになったんですか?」
 と同僚が聞くが、
「理由はいろいろあるだろうね。何かちょっとしたことでの言い争いなのかも知れないし、ひょっとすると、介護士が、苛立って、何か横山惟子を怒らせるようなことを言ったのかも知れない。ちょっとした喧嘩が、このようなことになったかも知れないな、特に会議氏は、相手が患者だと思って、どうしても、油断してしまうだろうし、同情もするだろうからね」
 という。
「でも、病気なのに、惟子はそこまでよく考え付きましたね」
 と同僚がいうと、
「病気だからさ。彼女の場合は、主治医がいうのは、時々我に返ることがあって、そうなった時、他の人には想像もつかないほどの何かができることがある」
 というのだ。
 吉塚は続ける。
「だから、その瞬間は、必死になって何かを考えるんだけど、その集中力はすごいもので、一旦考え始めると結論が出るまで、考え続ける。相当に疲れるらしく、そのために、しばらく記憶喪失になるともいう。惟子の場合は、精神疾患があるので、記憶喪失くらいは、まわりの人は、病気の一環として、怪しむことはない。だけど、、その時、惟子の中では、天才的な発想を持っていて、死体を始末したのだが、どうせ発見されるのは分かっているということと、自分の罪への呵責とが、交差することで、結局、どうすることもできず、死体の発見の時間稼ぎくらいを考えていたのだろう」
 という。
「じゃあ、惟子は何もかも覚悟の上で?」
 と同僚が聞くので、
「もちろん、当時者のすべてが、死んでしまっているので、証拠はないので、想像の域を出ないけど、そういうことなんだろうと思う」
 と、吉塚は言った。
「今回の事件の問題は、すべてを、惟子一人でやったということだろうね? 双極性障害というものに、そこまで力があるとは、どうしても思えないんだけどね」
 といって、顔を竹下巡査に向けた。
 竹下巡査は、
「何もかも見透かされた」
 と感じた。
 そう、この事件は一人では、到底できることではない、誰かの助けが必要だ。
 その助けをしてくれたのが、何と、
「竹下巡査」
 だったのだ。
 そのことも、吉塚刑事は、ウスウス分かっていた。
 分かっていて、敢えて指摘をしないのは、
「武士の情け」
 というべきか。
「敵に討たれるくらいなら、潔く、腹を斬って自害する」
 というのが、一種の
「武士の情け」
 というものだ。
 だから、吉塚刑事は、
「竹下巡査がいかに自分でケリをつけるか?」
 と考えていたので、結論を急がなかった。
 ジワリジワリと竹下巡査を追い詰めていき、却ってこっちの方がむごいというところなのだろうが、それも、吉塚刑事の思惑通りであった。
 結論づけた、竹下巡査の、
「身の振り方」
 というのは、
「自害だった」
 その内容は、殺された犬飼佐和子の部屋を捜索した時に見つかった、
「遺書」
 であった。
 これは、横山惟子の遺書であり、その封筒の中には一緒に、竹下巡査のものもあった。
 竹下巡査は、単純に、惟子に同情したようだ。
 最初は警ら中に、惟子が佐和子を殺してしまうところを見たからで、それこそ、
「自首しよう」
 というのだったが、惟子は頑なに拒んだ。
「自分は自分で始末する」
 という。
 そして、竹下巡査が、彼女に協力することになった決定的な言葉があったのだが、その言葉というのが、
「私のような人間は生きる価値なんかないのよ。潔く死を選ぶしかないの。だから、自首はしない、私を気の毒だと思うのなら、最後に私の腹を自分で斬らせて」
 ということだった。
 竹下巡査は、その役を仰せつかったころで、自殺の現場を目撃したことが、惟子の計画だったが、それは、吉塚刑事によって、見破られたのだった。
 竹下巡査を逮捕し、取り調べに同行したのは、誰でもない、
「刑事に昇進した、大橋巡査」
 だったのである。

                 (  完  )tg
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作品名:生きてはいけない存在 作家名:森本晃次