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化け猫地蔵堂 1巻 2話 熊太郎純情

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 下唇を、ぎゅっと上歯で噛む。
 そしてゆっくり顔をあげ、虚空を睨んだ。
 が、すぐにまたがくんと首を垂らした。

 ぶつぶつ、なにやらを口のなかで呟きだした。
「二人とも、女房の、弥生に……」
 口ごもりながら、言葉をもらした。
「……あんまりにも、よく似ていやがるから」
 さっきの勢いはどこへやら、しょぼしょぼとまたたく。

「似ていちゃ、いけないのか?」
 ここぞとばかり、小鬼のトラ猫が問いかけた。
 熊太郎は下をむき、子供がするいやいやのように首をふった。
「弥生が死んじまって、目の前に生き写しの二人がいて……だから忘れようとしても、どーしても忘れられなくて……悔しくて、憎らしくて、ついうっとうしくなって、ええいくそ、くそ、くそ、くそ」

 自分の頭を、左右の拳でぽかぽか叩いた。
「男として恥ずかしいとは思ってても、どうにもなりやがらねえんだ。あかねとこいとは、いくら弥生に似ていても弥生じゃねえ。可愛がらなきゃいけねえのに、どういうわけか、ふいに憎らしくなりやがる。そんなふうに父親に憎まれてる二人がまた不憫であわれで、ますますやりきれなくなりやがる。だからおれは……いったい……ええいくそ、おれはなにを言ってやがんだ。おれはどうなってやがんだ。ちくしょうめ。おれだって、こんなおれがいいなんて思ってなんかいねえーんだ。わーああ」
 黄泉の山々に木霊せとばかりに叫んだ。

 そして膝もとの酒壺を掴み、ばこばこっと喉に流しこんだ。
「おれはな、訳のわかんねえ悪い父親だ。だからかくなるうえは死んじまおう、死んじまえば弥生に会えると思って死のうとしたら、自殺をした者は永遠の地獄行きで天国になんか行けねえ、なんて坊主がぬかしやがった。あんまり偉そうに言いやがるから、力いっぱいぶん殴ってやった。この世の仕組みも、あの世の仕組みも、みーんな気に食わねえ。間違ってやがる。やいこんちくしょうめ、悔しかったら弥生に会わせてみろ。会わせてもらえるまで、おれは梃でもここから動かねえ。矢でも鉄砲でも、持ってきやがれーえ」

 熊太郎は腕をまくった。
 上半身は裸だから仕草だけだ。
「三尸の虫に告発された者は、だいたい地獄に行く決まりだ。奥さんの弥生さんがいる黄泉の国には行けないんだけどな」 
 トラ猫の小鬼が、さあどうする、とばかりに注釈する。

「うるせい。つべこべ言わずに会わせろ」
 会わせろ、とか会いたい、とかと言う台詞をまっていた。
「やけくそで会わせろなんて騒いでるけど、もし本当に会えたらどうする気だ?」

 とたんに熊太郎の目が、ぎょろんと動いた。
「なな、なんだと? いまいまいま、なんて言った?」
「なんでもない」
 ちょっとじらした。
「いや、い、言った。もし、あ、あ、会ったらどうする気だ、とかって。確かにおれは聞いたぞう」

 目玉がぐりぐり、右、左にせわしく動く。
 膝に乗せた手にぐいと力が入った。
「もも、もしかしたら、会えるって意味かよ?」
 喉仏がごくんと上下した。
「まあ、そう言うことだね」
 トラ猫の小鬼が、あっさり応じるた。

 わわわ、と熊太郎がふるえ声をあげ、膝で立ちあがろうとした。
 が、こらえるように両膝を揃えなおした。
「ほ、ほんとうか。ほんとうに会えるのかよ」
「ほんとうだ。会える」
「わあっ」

 ついにこらえきれず、熊太郎は膝で立ちあがった。
 そして、猫が柱で爪を研ぐかのごとく、両手で空を掻いた。
「熊太郎さん、熊太郎さん、落ち着いてください」
 小鬼が注意する。

 熊太郎は、はっとなり、腰をおろし、両手を膝の上に置いた。
 岩の上に正座をし、すー、はー、と息をととのえた。
「落ち着いてきたけど」
 小鬼を見直し、唇を右手の甲でぬぐう。

「では、あらためて聞くが、会ってどうする気だ」
「ああ、会ったらよ、お……おらあ、ううう……て、ぐ……あんてえなん」
 口のなかでつぶやき、んぐりっと喉を動かした。
「もぐもぐいってちゃ、わかんないんだけどな」

「あ、あ、会ったら、おお、おらあ、まも……だ……るっ……とこと」
「やっぱり、なに言ってるのか、わからない」
 熊太郎は胸に手を当て、また、すうはあ、と息をととのえようとした。

 濁っていた瞳が、いつのまにか透きとおっている。
「いまも……好きだ……愛してるって……ひ、ひとこと……言いてえ」
 両膝頭をぴたっとあわせて肩をすぼめ、人差し指で石の上に『の』の字を書くしぐさをした。
 捕らわれていた小鬼たちが、柱に縛られながら自由になる足をばたつかせ、わっと笑う。

 だが熊太郎は大真面目だった。
 小鬼姿のトラ猫を見つめる澄んだ瞳が、南十字星のごとく、きらんと輝きを放った。
 小鬼たちはもう大騒ぎだった。
「ばば、ばかやろう。亭主が女房に好きだって言って、どこがわりい」
 小鬼たちは、ばたばた足を踏み、ますます笑った。

「それで、死んでからもまだおれが好きかどうかも、聞きてえ。おれを残して、なんで一人で先にいきやがったかも聞きてえ。どうやったらまた会えるかも聞きてえ、弥生……」
 目玉に涙があふれ、髭の生えた頬にぼとりと落ちた。

「会わせてやる。あっちを見ろ」
 よしきたと小鬼姿のトラ猫がふり返り、背後の山を指さした。
「おーい、弥生さーん」
 両手を口にあて、三毛を呼んだ。
 出番だ、うまくやれよとトラ猫は緊張した。

 関所の背後は黄泉山の斜面だった。
 黄泉の国、境界線すれすれの稜線に人影が現れた。
 着物姿の女性が、砂礫の斜面をゆっくり下りてきた。
 花柄の裾が風に揺れた。

「や、ややや」
 熊太郎は酒壺を蹴とばした。
 岩の台の上から跳びおりた。
 わあーと叫び、両手をあげて走りだした。
 砂塵が一直線、丘をくだる女性にむかった。

5 
 姉のかえでと妹のこいとが、父親をのぞきこんだ。
「おとうちゃんが、大きく息をしだした」
 姉のかえでが言う。
 熊太郎が胸を波打たせはじめた。

「や、や、や」
 熊太郎の口から、言葉がもれた。
「おとうちゃんが『や、や、や』って、言ってる」
 妹のこいとが目をくりくりさせた。
「や、や、やよい」
 熊太郎が突然、がばっとからだを起こした。

 あかねとこいとが、細い両腕でたがいに抱きあった。
 熊太郎は、そばにいた婆さんの手を握った。
「やや、やめろ熊、うら、弥生でねえ。手え、はなせ」
 婆さんはからだをふり、熊太郎の手を横に払った。
 座ったまま、後ずさろうとする。

 髭面の熊太郎があたりを見まわした。
 すぐ、二人の娘に気づく。
「あかね、こいと」
 拳固が飛んでくるのではと、二人目を閉じが首を縮める。

 熊太郎は二、三度胸で息を吐き、ゆっくり口を開いた。
「おれはな、いま母ちゃんに会ってきた。そいでな、母ちゃんにこってりしぼられた」
 熊太郎は胡坐をかきなおした。

「母ちゃんはな、おれたちをあの世からいつも見ていた。おれたちを心配して、すっかりやつれ、顔も歳のいった猫のようで、よく似た違う人みたくなっていた。いまも上のほうからおれたちを見てる」
 天井を指さした。

「熊太郎が生きかえったぞー」
「熊太郎が生きかえったぞー」