化け猫地蔵堂 1巻 2話 熊太郎純情
長屋の路地に声が響き、足音が乱れた。
長屋の男たちが駆けつける。
鉢巻をし、心張り棒をもった者もいる。
「みなさん」
入口に集まったみんなのほうに、熊太郎が膝頭とからだをむける。
全員が、わっと腰を落とした。
「いままでいろいろ暴れさせていただきましたが、今日からは心を入れかえます。どうかよろしくお願いいたします」
床に両手を突き、深く頭をさげた。
むかいの家の戸口の横に、薄赤トラの毛の二匹の猫が座っていた。
トラと三毛である。
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お助け猫地蔵に二人がお参りにきた。
「お地蔵さま、おとうちゃんが元気になりました。ありがとうございます。それでおとうちゃんは酒も呑まず、毎日働きにでるようになりました」
「お地蔵さま、ほんとにありがとうございました」
「ほんとにありがとうございました」
《で、あそこで熊太郎になんて言ったんだ?》
トラが三毛に訊いた。
《『あたしの命は天寿だったんだよ。あかねもこいとも立派に育て、あんたも天寿をまっとうすれば天国で会えるよ。だけど今のあんたはなんだね。あたしは颯爽としていたときのあんたが好きだった。立ち直っておくれ。今回の件では心を入れ替えますのでと、しっかり天神様に情状酌量を願いでておくれ。こっちにいるほかの男なんかに目もくれないで、あんただけを待っているからね』って》
三毛猫は客になりすまし、弥生が働いていた飯屋に行った。
そして顔つきや姿かっこうなどを聞いた。
トラと三毛の二匹の猫はお裁き所の一歩手前で熊太郎を捕まえ、黄泉山の斜面で弥生に会わせ、説教できればと計画した。
うまくいった。楽しい手助けだった。
トラ猫と三毛猫の二匹は天神様あてにこんな手紙を書いた。
『天神様 熊太郎の情状酌量、ありがとうございました。
恐れ多くも、ついでながら申し上げます。三尸の虫の密告には、悪人を罪の意識に戦(おののか)せる多大なる成果がございますと同時に、善良なる人々をも怯えさせ、不安にさせる面がございます。
しかも、庚申の日を迎えますときは、天神様はもちろんのこと、三尸の虫や、随伴の小鬼たちも、また赤鬼青鬼たちも、多忙と困憊の面持ちでございますこと、先般の天界への道程で知りました。
そこで提案ではございますが、下界に『庚申塚』をつくり、庚申の日を設け、罪深き人間とならぬよう、人々にお参りをさせれば手間暇も省けるのではないかと思う次第でございます。
不躾な手紙ではございますが、意図をお汲みいただき、よろしくお取り計らい戴けますようお願い申しあげます。
尚、先般の天界への無許可侵入、重々お詫び申しあげます。
駿河台地蔵坂下お助け猫地蔵堂内 トラ猫三毛猫 拝』
2話了
作品名:化け猫地蔵堂 1巻 2話 熊太郎純情 作家名:いつか京