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化け猫地蔵堂 1巻 2話 熊太郎純情

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「そういや黄泉山の入口の小さな関所で、随行の小鬼を岩の柱にしばりつけ、鬼たちの酒を呑んでいる大それた奴がいたけど、もしかしたらそいつかな。すまねえが、先を急ぎますんで」
  
 今ごろ男の家族は枕元にお線香を立て、悲嘆に暮れている。
 ところが、むっくりと起きだす。
 腰を抜かして驚く家族の姿が目に浮かぶ。
 町人風情の男は溶岩石の路を、嬉々とした足どりで下っていった。

 せりだした岩棚があった。
岩の上に、上下(かみしも)を着た侍が座り、まわりを小鬼たちが取り囲んでいた。
「すべてお国のためにやったのである」
「お国のためならば、罪もない者を引っ捕らえ、獄につなぎ、殺してもいいのか。その他公費横領、賄賂、大小汚職数知れず」
 小鬼が青筋を立てて怒鳴りつける。

「ぶぶぶ、無礼者。おまえらに為政者の苦労がわかってたまるか。ええい、かくなるうえは……せ、拙者の大小を返せ、いずこにあるかあ」 
「いまここで腹を切っても遅い。お裁きを受けろ。堂々、地獄の責め苦に苛まれろ」
「裁きだあ? 地獄の責め苦だあ? そんなものが怖くて役人がつとまるかあ、金庫番が務まるかあ、大老がつとまるかあ、政治ができるかあ、ばばば馬鹿者、おろかものーおう」
 大騒ぎである。

4 
 雷がとどろき、稲妻が閃めいた。
 路は黒雲のなかを突き抜けていた。
 岩場の登り路だった。
 まだ着いていなければいいんだが……。

 お裁き所はもうすぐだった。
 いそげやいそげ……。
 雲が切れた。
 目の前が明るくなった。
 涸れ場に高札が立っていた。

『注意
 この路は黄泉に通じるなり
 何人(なんびとも)も稜線を越えるべからず
 黄泉国に踏み込むべからず
 関所にて受付を済ませた後
左の道を行くべし
         黄泉山主 天神』

 小鬼は黄泉山をふりあおいだ。
 稜線が伸びていた。
 トラ猫の小鬼は、黄泉山の斜面を登った。
 石の門があり、関所と見張所をかねた小さな館があった。

「ごめんください、ごめんください」
 声をかけたが、返事がない。
 腰をかがめ、なかをすかし見た。
庭に大小長短の石柱が並んでいた。

「熊太郎、放せい。こんなことをしていいと思っているのか」
 すると、声が聞こえた。
 いた、やはりここだ、とトラ猫の小鬼は門をくぐった。

 地面から出た太い石柱に、四匹の小鬼がくくられていた。
 男がそのまえの石の台の上で胡座をかき、酒を呑んでいた。
台の下で二匹の大鬼が大の字になり、鼾をかいていた。
疣々のついた太い鉄棒が地面に転がっている。

 男の背中に刺さった小ぶりの槍が、ぶらぶら揺れている。
四、五本はあった。小鬼たちと争ったのか。
「おれの人生はなんだったんだ」
 怒鳴っていた。
毛むくじゃらの体だ。熊太郎である。

「そんなこと、おれたちに聞かないでくれ」
 縛られている小鬼が言い返した。
「薬屋の痺れ薬を奪い、精力のつく万金丹(まんきんたん)といつわり、門番の赤鬼青鬼に飲ませた。これからお裁きがあるというのに、赤鬼青鬼の酒まで横取りし、呑んで酔った。いくつ罪を重ねる気だ」

「呑まずにいられるかってんだあ。ばあろーおう」
 熊太郎が天に向かい、ぐるうっと首をふう。
 最後に『がおーう』と吠える。
 そして、酒壺をあおる。

「おれはな、お裁きなんか怖くもなんともねえんだ。矢でも鉄砲でも、もってきやがれ、しょう」
 刺さった背中の槍を揺らし、しゃくるようにまた吠える。

「おい、熊太郎。あかねとこいとが可愛くないのか」
 横からふいに小鬼姿のトラ猫が話しかけた。
 いい気になって、もう一度吠えてやろうと、息を飲んだ熊五郎は,ひっと喉を鳴らした。      
 ぐうと気腔を鳴らし、ゆっくりからだをひねる。
 背中の槍が一本、からんと落ちた。

「な、なんだと? なんだ、てめえは?」
 そこにいるトラの皮の褌姿の小鬼を、上から下へとねめた。
 にごった黄色い目だった。

「急いで駆けつけてよかった……いや、そういうことじゃやなくて……あかねと、こいとのことだ」
 小鬼が言いなおす。

「あかねと、こいとのことだとお?」
 目をきょろつかせ、熊太郎が唇を手の甲でぬぐう。
「あかねとこいとが、ど、どうしたってんでえ」

「二人はおまえの娘だろ」
 小鬼がくりかえした。
 と、熊太郎は、ふんと鼻を鳴らした。
「それがどうした。あかねとこいとなら、うっとうしいだけだってんだ。てやんでえ、しょうめ」

 半弧を描き、歌舞伎者の大見えのごとく、半身で円を描く。
 意外な答だった。
 一瞬、トラ猫の小鬼はあてあが外れ、あれ? と首をのばしかけた。
 が、熊太郎は胡座をかき、膝頭に乗せていた拳骨にぎゅっと力がこもった。

「お、おめえ。な、なに者だか知らねえけど、だからなんだってんだ?」
 小鬼を睨み、はあっと酒臭い息を吹きつける。
「このたび、天神様から権限を与えられ、特別にやってきた小鬼だ」
 トラ猫の小鬼は、特別に、というところに力をこめた。

 一気に説明しかかった。
「わたしは下界と天界の途中の道を巡回し、なにか問題がおきていやしないかどうか、みなさんの道中が安全かどうかを調べて歩いている。さっき下の関所でおまえの書類を見たが、おまえには、あかねとこいという二人の幼い娘がいる。その二人の娘さんについて訊いたら、おまえはいま、うっとうしいと答えた。自分は長い間この山道をいったりきたりしているが、いままで一度たりたとも、そんな薄情な答えかたをした父親に出会ったためしがない。今後の参考のためにも、聞かせてもらいたい。どうしてうっとうしいんだ?」

「どうしてうっとうしいかだとお? 理由なんかあるかあ。うっとうしいからうっとうしいってんだ。なんだか知らねえけど、こちトラの事情を、いちいちなんかの参考なんかにされてたまるか。わあ」
 熊太郎は毛の生えた両腕をひろげ、威嚇するかのごとく爪を立てた手で万歳のかっこうをした。
 からから、とまた背中の槍が一本、岩の上に落ちた。

「わたしの経験だと、いままで自分の子を本心から嫌ってる父親なんて一人もいなかった。確実に地獄送りの殺人鬼の重罪人でさえ、下界に残してきた我が子を忍び、涙をながして悲しんでいた。熊太郎さん、本当はどうなんです? 心底そんなふうになんか思っていないんでしょう。なにがあったかは知らないけど、もし、訳があるんなら話してみたらどうですか?」

 トラ猫の小鬼は、今朝がた地蔵堂にやってきた幼いあかねと小糸の透んだ瞳に浮かぶ、途惑いと不安の色を思い出す。
「あ、う、うう」
 ふいに熊太郎が、言葉にならない呻き声をもらした。
「このさい、本当のところを話してみると、気分が楽になるんじゃないでしょうか」

 熊太郎の目がきょときょとっと動いた。
 酔いにまかせ、ぐらぐらさせていた熊太郎のからだの動きが止まり、くっと眉間に皺がよった。
「なぜ、うっとうしいんですか?」
 小鬼のトラ猫が、この機をとらえた。

 すると熊太郎はちくしょうめと口のなかでつぶやき、掌でばんと膝頭を叩いた。
 膝頭をおおうその手に力がこもった。