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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Grail

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 釣り竿ケースをトランクに入れると、垂水はスプリンターGTに乗り込んで逆再生のようにバックで出て行った。メガネは煙草を吸う練習をしながら、壁にかかった時計を見上げた。午後七時。そろそろ『パトロール』の時間だ。しかし、奥には赤のステージアが停まったままだ。
 自分の頭で考えるのは面倒だと、ずっと思っていた。しかし今は、それを押しのけるように何かが居座っている。メガネは吸い始めたばかりの煙草を携帯灰皿に押し込むと、インプレッサの運転席に乗り込んだ。垂水はこれから、出張で西に行く。そして、自分は何も言い渡されていない。色んな人間から指示が飛ぶ組織だ。こうやって体制に穴が空くということは、よくある。メガネは丸久の家の近くまでインプレッサを走らせて、午後八時を回ったときに田んぼの端まで辿り着いた。ステージアを停めるのはさらに百メートルほど近くで、直感的に違う場所を選んだ。水平対向のエンジンが低い音を鳴らしながらアイドリングする中、メガネは島木の番号を鳴らした。挨拶から始めようと思っていたが、相手が電話に出るなりその考えは吹き飛んだ。
「垂水さんは、出張に出たんですか?」
「今日から一ヶ月ぐらいな。西はイヤだってぼやいてたよ」
 島木の声は普段通り。メガネは言った。
「その間、どうするんですか?」
「パトロールか? 今日はこの後、おれが行く」
 メガネがその声を聞き取ったとき、紺色のハイエースが丸久の家の前を通り過ぎるのが見えた。あれは、例の卸業者が使う車のひとつだ。ハイエースは、いつもステージアが停まっている路肩を通り過ぎた後、山の方へ入っていった。ブレーキランプが林の中で赤く光ったままになったとき、そこで停まったということが分かった。
「島木さん」
「ずっと島木だよ。なんだ?」
「今日は、ハイエースが立ち去りません」
 メガネはようやく消えたブレーキランプの残像を追うように、目を凝らせたまま言った。島木が電話の向こうで驚いているのは、なんとなく分かった。
「現場にいるのか?」
「垂水さんがいないなら、穴が空くので」
「それでいい。ずっとは見張っていられないだろ。外に出てるなら、こっちに寄れるか?」
 島木が言い、メガネはシフトレバーに手を置きながらうなずいた。
「はい、一時間ほどで」
「車はなんだ?」
「黄色のインプレッサです」
「身内の車か。好都合だな」
 島木が通話を終えて、インプレッサを隠れ家の方向へ走らせている間、メガネはその言葉の意図をずっと考えていた。島木が住んでいるのは倉庫を改造したいびつな住宅で、道路に面している側は廃業したような外見をしている。裏側に回って三角コーンの前にインプレッサを停めたとき、大きなスーツケースを持った島木はトランクを開けるように手で促した。メガネが言われた通りにすると、島木はトランクを引っ張り上げてスーツケースを放り込んだ。車体ががくんと沈み、助手席に乗り込んだ島木は言った。
「ここから三十分の距離に車を置いてる。ナビをするからそこまで行け」
 メガネはインプレッサを発進させて、何度か角を曲がって直線道路に入ったとき、言った。
「島木さん」
「引退の話、していたの覚えてるか」
「するんですか?」
「すまない」
 島木がそれだけ言って黙ったことに気づき、メガネはその横顔を見た。視線に気づいた島木は顔をしかめながら言った。
「丸久の件だよ。弟が警察に捕まったんだ。おれの名前を売る可能性がある」
「それで、卸業者も焦ってるんですか」
「おそらくは。弟が捕まらないってことが大前提だったからな」
「だから、引退するんですか? 組織との接点を断つために?」
 インプレッサのエンジンだけが車内に響き、自分の質問が会話のストッパーになったことに気づいたメガネは、思わず首を横に振った。
「それは、理不尽じゃないですか」
「そもそも、道理を通す仕事じゃない。逆だ。お前は、古野とおれからそれを引き継いだはずだろ」
「それは、分かっています」
「いや、分かってない。分かっていたら、何も聞かないはずだ」
 島木の口調に、メガネは押し黙った。雑草が膝の高さまで伸びた空き地に辿り着くと、インプレッサを停めた。草に紛れて、日産サファリが停められている。ナトリウム灯がオレンジ色に地面を照らす中、助手席に座る島木は言った。
「これからは、もう一人前だぞ」
 メガネは、島木と握手を交わした。その手を離したとき、島木は言った。
「おれが移住するのは、前に見せた例の家だ。来るなら、いい酒を用意しとく。ただ、地雷で足が吹っ飛ぶ覚悟で来い」
 島木が助手席から降りるのと同時に、メガネはトランクを開けた。スーツケースを持った島木がサファリの方へ歩いていくのを見届けることなく、メガネはインプレッサを反転させた。生き延びるためには、こうやって立ち去らなければならない。
 しかし、そこまでして命を繋がなければならないのだろうか。
 メガネは、自分が無意識に元の道を戻っていることに気づいた。今までは、用意された車に乗るときは必ず目的があって、行き先もあったが、今はない。最初に鉢巻を出て行ったときの目的は、丸久の家を訪れることだった。頭がそれを思い出していて、黄色のインプレッサに乗っていること自体、智樹を喜ばせるためだったということに気づいた。
 田んぼが並ぶ例の道に戻ってきたときは、午後十一時になっていた。こんな時間に訪れても、智樹が起きているわけがない。自分の勘の悪さに、メガネは笑った。そして、丸久の家が見えてきたとき、車庫を塞ぐように停まる紺色のハイエースに気づいた。頭が考えるよりも先に、右足がアクセルを底まで踏み込んだ。エンジン音が響き渡り、最後の角を曲がるために急ブレーキを踏んだとき、丸久の家から三人が飛び出してきて、ハイエースに滑り込むのが見えた。ブレーキランプが消えてハイエースが急発進し、メガネは追いかけずにインプレッサを家の前で停めた。運転席から転げるように降りて玄関のドアを開いたとき、鍵がシリンダーごと破壊されていることに気づいた。
 メガネは靴を脱いで、電灯がぼんやりと照らす廊下に上がった。窓が開いているのか、風が吹き込んでいる。それに、人が住んでいると考えればあまりに静かすぎる。誰もいなければいい。ただ窓を閉め忘れただけで、全てが空振りに終わっていれば。一体、何が? そう自分に問いかけながらキッチンに顔を出したとき、メガネは目を逸らせた。
 丸久とレイコは、後頭部を撃たれていた。


― 現在 ― 

「おれは、新聞で知ったよ。未解決になったな。お前はどうやって知ったんだ?」
 島木は当時の衝撃を思い返すように、言った。メガネはファスナーが開いたままになったリュックサックに一瞬だけ視線を向けて、言った。
「何にせよ、あの日は誰もパトロールに行かなくて正解でした」
「そうだな。結果的に、お前に命を救われたことになる」
 島木は苦笑いを浮かべた。メガネは首を傾げた。
「どうでしょう。返り討ちにできたんじゃないですか?」
「無茶言うな。それをすること自体が、問題になる。通報して、今ちょうど拳銃で人を殺しましたって言えないだろ」
 メガネはうなずくと、ノートパソコンの画面を切り替えた。
作品名:Grail 作家名:オオサカタロウ