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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Grail

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 メガネはそう言うと、スピードを落とした。島木は姿勢を正すと、シートベルトに巻き込まれて曲がった襟を正した。赤のステージアでパトロールをするのは、垂水の役目だ。時折こうやって姿を見せることで、丸久に目をつけている卸業者に警告を放っている。今日メガネを引き合わせるのと同じで、卸業者にはその規模を察知させないことが重要だ。
「家の前に停めろ。これは目立つための仕事だ」
 メガネが『丸久』と書かれた表札の前でインプレッサを停めたとき、二階の窓から子供が見下ろして、その目立つ色に驚いたのか、目を丸くした。エンジンを停めて運転席から降りてもまだ目が合うことに気づき、メガネは小さく手を振った。子供は同じように小さく手を振り返して頭をさっと引っ込めた。
「愛想良くしろよ」
 助手席から降りた島木が言い、メガネはうなずいた。
「子供が二階から見てました」
「八歳、丸久智樹。車好きだ。奥さんはレイコさんって呼べ」
「はい」
 メガネが答えて、島木がチャイムを鳴らすのと同時にレイコがドアを開き、笑顔に切り替えた。
「こんばんは」
「顔見せです。最近、どうですか?」
「何もありませんよ。おかげさまで」
 レイコが廊下に引き下がり、部屋着姿の丸久が島木に向かって笑顔を向けた。
「島木さん、いつもすんませんね。お、新人さん?」
 智樹が二階からぱたぱたと足音を鳴らしながら下りてきて、丸久をストッパーにするように体へぶつかりながら止まった。全員が揃ったところで、島木は言った。
「メガネ、自己紹介しろ」
「メガネです」
 そう言って頭を下げたとき、丸久とレイコが愛想笑いを浮かべ、智樹だけが本当に笑った。
「かけてないのに」
「今はコンタクトです」
 メガネが真面目に答えると、智樹は玄関の外を透視するように首を動かした。
「あの車は、メガネさんの?」
「今日は、自分が運転を担当してます」
 メガネが答えると、丸久はキッチンに顔を向けた。
「じゃあ、島木さんちょっと一杯やりますか」
 島木は、おつまみと白秋のソーダ割りを介して、丸久とレイコの顔を代わる代わる眺めた。長い付き合いだ。最初に打診したのは、麻薬組織に目をつけられる原因となった弟を『消す』ことだったが、丸久はそんなことはできないと言って、頑なに受け入れなかった。レイコは後から歩調を合わせるように『そうだよね』と言ったから、内心はそれを期待していたのかも知れなかったが。結局、原因を取り除くのではなく対症療法的にこのやり取りがずっと続いていて、内通者という役割も果たしてくれているからメリットはある。
 本当なら、原因を真っ先に取り除くべきだった。しかし二人が選んだのは、見えないぐらいの速度で少しずつ狭まっていく輪の方だった。島木はゴルフの話をしばらく続けた後、メガネのことを完全に忘れていたことに気づいて、周囲を見回した。居間で智樹の隣に座り込み、ミニカーを肴に話をずっと聞いているのを見たとき、思わず笑った。レイコも同じように笑うと、柿の種を噛み砕いてから言った。
「島木さんの関係者で智樹の相手をしてくれるのは、メガネさんが初めてかも」
「あいつは、中々独特な男でして」
 島木が言うと、丸久はグラスの中身を空けてからうなずいた。
「まあ、島木さんについて覚えたら、うまくいくでしょう」
 島木は愛想笑いを返した。この二人は知らないことだが、メガネに仕事を教えているのは、引退を目前に考えている男だ。
 自分の出口が見えたら最後、その後のことは何も分からなくなった。   
   

― 現在 ― 
 
「お前は長生きできるタイプじゃないと、思ってたよ。当時の連中はどうなった?」
 島木が言うと、メガネは記憶を辿るように少しだけ目を細めた。
「誰も生き残ってませんね。工藤は二〇一一年、垂水と古野は二〇一七年に死にました」
 かつて自分の周りにいた、様々な顔。仕事柄、四十代が寿命だったし、実際その通りになっている。島木は言った。
「お前は、足を洗ったんだな?」
「そうでもありませんが、少なくとも雇われの身ではないですね」
 メガネはそう言うと、島木の目を見た。答えを期待されていることに気づいた島木は、テーブルの上に置いたグロック19を見て、首を横に振った。
「このグロックは、二十年前の型だ。サプレッサーもジェムテックの骨董品だしな。おれこそ本当に足を洗ったんだよ」
 当時のことを思い出して真っ先に記憶が辿り着くのは、あの顔合わせの日だ。メガネが智樹の話をずっと聞いているのを見たとき、ただ人を殺すだけの機械ではないと、考えを改めた。脱出したのは、そこから二週間後。ちょうど、垂水が別の案件に引っ張られたタイミングだった。
 島木はテーブルの下におろしたままの手で、テーブルの裏側を探った。二十年前で時間が止まっている。確かにそうだ。あくまで表向きの話で、止まっていることにしているだけの話。テープで留めてあるS&WM36は、現役当時からずっと相棒だった。島木は呟いた。
「おれが38口径をずっと使ってたのは、覚えてるか?」
「はい。弾が手に入りやすいからですよね」
 メガネはそう言うと、紅茶をひと口飲んで笑顔を返した。島木はふと考えた。38口径という言葉に、メガネは反応しなかった。だとしたら、テーブルの下にもう一挺あるということには、気づいていないのかもしれない。こうやって自分が賞金首になっていることを伝えてくれたことには感謝しているが、いつでも撃てるようにしておく必要がある。それが、この業界で年を取るということだ。足を洗ったとしても、自分自身を引退させることだけは、できない。できるのは、その都度大きな輪に差し替えることぐらいだ。
 当時、このM36にはマルキューから融通してもらった弾が入っていた。
「警察の弾を使って、殺し屋が人を殺すなんて。皮肉なもんだよな。結局、あれからはどうなったんだ?」
「あの一件以来ですか? その慣習はなくなりました」
 メガネはそう言うと、目を伏せた。
 
 
― 十七年前 ―

 拠点になっている廃工場は鉢巻のような錆びた看板が由来で、その真下に入口がある。メガネがインプレッサの前に立ったままショートホープに火を点けたとき、スプリンターGTが慌ただしく入ってきて、運転席から降りてきた垂水が言った。
「その車、好きだな」
「マルキューの子供が、気に入ってるんです」
 智樹は黄色のインプレッサがお気に入りらしく、同じ形のミニカーを持っていた。メガネはカタログから引用したみたいなうんちくを思い出しながら、垂水に言った。
「仕事ですか?」
「仕事以外で、ここに来るかよ」
 垂水は銃身が長いM870を釣り竿用のケースに滑り込ませると、ひと息つく代わりにスナック菓子を棚から引っ張り出して、封を開けた。
「お前は?」
「今日は、特に用事はないです。車の調子だけ見に来ました」
 メガネが言うと、垂水はスナック菓子を掃除機のように吸い込んで食べ終えると、底に溜まっていた粉末を咳払いで吐き出してから、言った。
「呑気なこったな。おれは出張だ。西に行くのはイヤなんだよな」
作品名:Grail 作家名:オオサカタロウ