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娘と蝶の都市伝説6

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CIA内部では高位の地位だが、ここに集った三人に比べたら月とスッポンほどの差があった。

なにしろデビル・ラリーと言えば、CIAの産みの親であり、CIA組織を好き勝手に動かせる人物だ。
そしてドリー・キムジャーと言えば、その下につき、世界中を動き回り、相手を意のままに従わせてきた策謀師(さくぼうし)である。

「男は日本人で、名前は、ジンギス・ハーンです。もちろん偽名でしょうが、もしかしたら、三人の死体収容の後に、単独で梅里雪山(ばいりせつざん)に現れた男かとも思われます。梅里雪山をうろついた三人は、変異遺伝子を持った人間を探していたのであり、ジンギス・ハーンはその件を知っての行動かと推測されます」

「その男、今どこでなにをしている」
ラリーの目が、垂れた瞼の陰で細くぎらついた。
「鑑定結果を待って、どこかで待機中です。それ以外、現在なにも分かっていません」

「とにかく、今回の件はだれにも漏らすんじゃないぞ。われわれ以外に、この件の情報に触れさせるな。もし接触するようなやつがいたら」
「はい、見つけ次第、即座に処理いたします」
処理とは『殺す』という意味だ。
その手で、世界中の何人もの志のある男女が死んでいったか。

「検査結果をプリントアウトした用紙は、まちがいなく住民に燃やされたんだな」
コンピュータと向かいあったCIAの科学技術本部部長の報告を耳にしながら、ポイドンがCIAの科学技術本部部長に大声で訊ねた。
ポイドンには、さっきから気になっていた一件だ。

この新しい超変異遺伝子群についての情報は、絶対に自分たちだけのものにしたかった。
微塵(みじん)も他に悟られてはならないのだ。
もし情報が洩れれば、神の意志に反する、と言い出す者が必ずでてくる。
そのまっとうな思考は世界中の意志として瞬く間に普遍(ふへん)し、野望が砕かれないとも限らない。

商品化にも支障をきたし、得られる莫大な利益は泡と帰す。
そればかりか、地球を、世界を永遠に支配する機会さえ失いかねない。
「まちがいなく燃やされました。それに、情報に接した人間には国家機密の意味をきちんと説明してあります。漏洩者には闇の世界が待っていると」
情報担当次官が答え、さらに何事もなかったように続けた。

「世界中のマスコミには緘口令を敷き、梅里雪山の事故についての調査はしないようにしてあります。日本人が二人死んだ日本のマスコミも、いっさい動いてはおりません。秩序正しいあの国の国民は、我々の命令をよく聞いてくれ、ほんとうに助かっています。秩序正しく規律を守る国民は、上の人間の命令を素直に受けとめるので、上の者さえ手なずけれてしまえば、日本という国は簡単に支配できます」

CIAの説明に、そんなことは分かっているとばかり、ラリーは無視する。
「で、陰毛の持ち主は、そのハーンという人間なんだな」
「いえ、陰毛は女性のものです。しかもネアンデルタール人の血が入っています。ですが、ネアンデルタール人の血というのは、世界のみんなはけっこう持っていて、そんなに珍しいものではないそうです」

「くだらん解説はいい。その女だ。だからだれなんだ、そいつは」
ラリーが苛立(いらだ)ち、からだで車椅子を前後に軋(きし)ませた。
白目を剥き、眼球をひっくりかえす。
なにしろ明日、目覚めたときは死体になっていてもおかしくない身である。
「まだその女性は突き止めていませんが、いずれはっきりするでしょう。国際郵便を使って新たに検体が送られてきたが、指紋は検出されなかったそうです」

そもそもポイドンはこの話の概要を耳にしたとき、ラリーという爺さんはすっかり耄碌(もうろく)してしまったと胸に寂しさがこみ上げた。
人間の寿命が画期的に延びる遺伝子などあるわけがないのだ、と遺伝子組み換えのプロは内心で笑った。
ところが復元されたサーバーのデータを見、説明を受けたとき、全身をわななかせ、仰向けにひっくりかえりそうになった。

25&MEのゴードン・ブライアンという技術者からデータを受け継いだUS歴史科学研究所の古生物炭素年代測定技術者のジェフ・エリックが、情報を独り占めにし、日本人の学者を伴い、中国奥地の梅里雪山にでかけた意味がよく分かった。
ちょっと冷静に考えてみれば、一年のほとんどが雪におおわれたそんな山に、人など住まないであろう推測は容易にできる。
生命をつかさどる遺伝子の数々の変異を伝えているデータに、興奮のあまり、判断力を失ってしまったのだ。

ことの真相を確信したラリーは、すぐに手を打った。
機密情報の保護という名目でCIAに命じ、ジェフ・エリックと道連れの二人の日本人を抹殺させた。的確で素早い判断だった。
秘密を守り、利益を一人占めにするためには、自分に不利な人間はすべて殺してしまうに限るのである。

現地で動いていた四川省、成都(せいと)のアメリカ領事館に勤務するケースオフィサーの報告では、凍死した三人は『三万年前の毛皮を着て梅里雪山のどこかに隠れ住んでいる人々を探している』であった。

またアメリカ人のジェフ・エリックは、凍死の直前の吹雪の中でこう書き残していた。
『しかし、明日からの探索で目的の人々を発見したらと思うと胸が高鳴る。はたしてどんな人々が目の前に現れるのか。とんでもない遺伝子を持った人々よ。はやく会って姿を確認してみたい。あなたがたは人類に大革命を起こすに違いない』

梅里雪山という場所を決定したのは、毛皮の鑑定の依頼人が『梅里雪山の麓でひろった』と証言したからである。
そして陰毛はその毛皮についていたので、三人はその場所にでかけたのだ。

梅里雪山のその場所に、人の住む痕跡(こんせき)などないという情報を得たとしても、現地に赴(おもむ)くのは当然だったのかもしれない。
相手はとんでもない遺伝子を持った超人なのである。
そのような場所に住んでいてもおかしくなかったのだ。



あっさり他国を転覆させる力をもったCIA。
しかし、秘密厳守を重要視しすぎ、優秀な捜査官をつぎ込めず、また超変異遺伝子群の正体や寿命に関する部分に神経を注ぐあまり、ユキの名前はまだ掴めていなかった。
閻魔大王(えんまだいおう)の舌を抜くほどの大それた悪の組織を、充分に生かせないでいたのである。

「おい。おれに、その超変異遺伝子の細胞を組み込め。もう我慢できん。おれを実験台にしろ」
ラリーは我慢できず、提言した。
「おれもだ」
すかさず、キムジャーもその案に乗った。

「でも、本気ですか? もし、ほんとうに三万年も生きたらどうしますか? それに……」
 微生物とかが話しかけてきたらどうするんですか、とポイドンは二人の老人に訊ねたかった。

「三万年かあ?」
さすがの業突老人も一瞬ぼんやりした。
「三万年は長いよなあ」
「うん、ちょっと長いかなあ」
二人の目が虚空(こくう)を泳いだ。
さっき、三百年、四百年と提案したことを忘れている。

「まさか、このまま三万年じゃないだろうな」
ラリーは、車椅子の肘掛けに乗っている自分の肩から腕に目をやった。
「そのときは医療の進歩で、きっと若さを取り戻しています。おれもこの顔で三万年はいやだな……」
作品名:娘と蝶の都市伝説6 作家名:いつか京