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娘と蝶の都市伝説6

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6-4狙われたネットカフェ



力をこめ、ボールを投げる。
命がよみがえった。
爽快(そうかい)な気分だった。
ボールは一分の狂いもなく、かまえたミットにぴたっと納まる。
いまのところすべてストレート。

これが、初速、中速、終速と微妙に変化する。
生き返ったようないい気分だ。
キャッチャーの返球をグラブで受け、ボールの握りを確認し、空を見あげる。
ふいに、自分はなにをしているのかという疑問が浮かぶ。

もちろん、父親の秦を喜ばしたい、
でも、もっと大勢の人々のための、なにか特別な用件があったような気がする……なんだったのか。

と、全身が青空に吸いこまれた。
右手には海、左手の彼方には山脈。
眼下の平野には街がつらなっている。
紋白蝶(もんしろちょう)がけんめいに羽ばたいている。

『なつかしいね。あの娘さんと会えるんだ』
『あのときは、うまくやってくれた』
『彼女にはぴったりの仕事だった。美人だし』

ユキは遠い過去の断片を思い返したような気がした。
わたしは頼まれた……協力して欲しいと。
わたしは承諾した。そして独りぼっちになった……。

足音がして、どうしたと声がした。
マウンドの上だった。
マスクをつけたキャッチャーが、心配そうにユキを覗いていた。
「なんでもありません。ちょっと興奮したので心を落ち着かせています。このまま投げたら腕に力が入って、170キロをだしそうです」

「170キロ? ほんとう? やってみる?」
キャッチャーは、どこにそんなパワーがあるのだとあきれ顔だ。
「いいえ、あとの試合のために取っておきます」
「170キロをだせば、世界一に並ぶぜ。まあ、ゆっくりいこうや」
ユキの肩をぽんと叩き、ホームベースに戻る。

ユキは正面の観客席に目を走らせた。
秦はどこに座っているのか。
前列から中列、そしてスタンドの上の席へ。
最上段のスタンドの壁の上には、ずらりとアメリカの国旗がならんでいる。再び視線を下にずらしてみる。

で、派手にアメリカと日本の国旗の小旗を振っている中年の男を捕えた。
黒髪をオールバックにし、肩に垂らしている。
ユキの視線が自分を捕らえたと確信したらしく、左手と右手に持った旗を頭上で振り回す。
白人にしては小柄である。

ロバート・モレガン。
そう、金融界の大物といわれている人物だ。
TGで投げたとき、二回ほど観にきてくれた。
そのときと同じように、周囲のシートが数席ずつ空いている。
外側を、シークレットサービスが囲っている。
ほかの観客が、こいつ何者だ、とばかりに男を眺めている。

アンパイアのプレイボールの声が聞こえた。
バッターの後ろで、キャッチャーがグラブをかまえた。
キャッチャーのサインにうなずき、グラブの中のボールをツーシームに握り変えた。
縫い目に沿って縦に二本の指を掛ける。

ボールは、ストライクゾーンの高め外角を目指した。
白人の細身のバッターは、おっとおどろき、あわててバットを振った。
そこは彼の最もヒットが多いポイントだ。

ツーシームのボールは、一・五センチほど沈んでバットに当たった。
ころころとゴロだ。機嫌よくピッチャー前に転がる。
ユキはグラブですくい上げ、一塁に送球。アウト。
スタンドのヤンキースファンが、ナイヤガラ瀑布(ばくふ)のように応援を轟かせた。
「ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ヤンキース」



晴れがましい姿だった。
五万人を越す視線が、いまユキに集中している。
梅里雪山で遭(あ)ったとき、日常的な行為であるかのように石を拾い、鳥を落とした。

秦は、オーストリアにあるボテフ山の古代遺跡の記事を思い出す。
EU学術調査団の発掘だ。電話で問い合わせたが、公式発表はなにもないと言う。
しかしユキは、発掘現場で発見された首飾りと同じものを持っていた。
そしてそのグループは狩りに石を用いた。

さらにユキは冷凍庫で凍りつき、目の前で生還した。
ユキは、エネルギーを発するように頭が熱くなり、だれかの声を聞いたと訴える。
初めは⦅大きな都市にいけ⦆だった。それで上海、東京、ニューヨークへとやってきた。

だが最近は、空を飛んでいる視線で海や島の光景を見たり、他国の悪人たちが次々にその国の領土を奪う暗い話を聞いたり、あるときはベットに寝かされ⦅豚になれ⦆と言われたりする夢も見たという。
それらの夢は、なにを自分に告げているのか、と真剣な目つきだ。
なにかユキの故郷や出生の秘密とつながっているのか。

DNA(遺伝子)の検査結果が送られてくるのは明日だ。
当初は一ヶ月ほどかかったが、検査技術は進歩し、分析はあっという間になった。
もしかしたら明日とはいわず、今日にでもデータが送られてきているのではないのか。
分析結果は素人でも理解しやすく解説してくれる規約だ。

ユキにはどんな変異遺伝子が隠されているのか。
古文書や三万年前の毛皮。B5で二十ページもある変異遺伝子群。
雪山で殺された三人。新聞で読んだネアンデルタール人とホモ・サピエンスの村。
冷凍庫から蘇った肉体。ヤンキースのピッチャー。
古文書が示す自分との血のつながりもやがて明らかになる。

「早めに送られてきている可能性があるんじゃないかな」
つぶやいてみると、なんだかそんな気がしてきた。
動悸も高まってくる。
試合はまだ前半で、ユキは絶好調だ。
ケイタイを取りだし、アクセスしようとしたが、指が止まった。

もしかしたら、情報は国家機密になっているのではないのか。
この結果を検索すると探知機能がついていて、スマホを特定されないか。
用心したほうがいい。
そうだ、どこかのネットカフェのパソコンならいいだろう。
でも、ネットカフェってあるのだろうか。
とにかく探しにいてみよう。

秦は席を立った。背後にまた歓声。
ユキが三振を取ったのだろう。
このままいけば、パーフェクトゲームの可能性がある。
すぐに戻ってきて、試合を見届けたい。

秦は緊張感を胸に、ゲートから外にでた。
何気ない素振りであたりを見回す。
自分をつけ狙うような怪しい人物はいない。
秦は球場の正門脇に出た。
客待ちしているタクシーの運転席をのぞき、近くにあるネットカフェまで、と告げてみた。
スマートフォンの普及で、なくなったと聞いていた。
たが、黒人の運転手はちょっと考え、OKと答えた。

ヤンキーススタジアムは、ハーレムリバーを挟んだブロンクスにあった。
車は真っ直ぐハーレムリバーの方向に進んだ。
五分もいかないうち、止まった。
「ここの通りの奥ならどこかにあったはずです。一方通行なので歩いていってください。移民の貧乏人が住む街だから気をつけてくださいよ」

たしかに、スマホが買えない貧民が住む雰囲気だった。
通りを奥に入った。だが、悪い目つきでこっちを窺う暇そうな男たちの姿はなかった。
しかし、雑多な人間が住む裏町らしく、様々な人種で賑わっていた。

スーパーがあった。
ネットカフェが近くにあると判断し、手袋、サングラス、ブルーの長袖のシャツを買った。
指紋と店内の監視カメラ対策である。
梅里雪山で高虹(ガオハン)という漢人は三人を凍死させ、明永村の四人の村人まで自動車事故で殺している。
作品名:娘と蝶の都市伝説6 作家名:いつか京