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娘と蝶の都市伝説5

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「相原ひとみです。上海で日本語の教師をしております。村々をめぐる調査でしたら、私も行ってみたいです。通訳のお手伝いぐらいならできますけど」
相原は自己紹介をするついでに、湯川とエリックに許可を求めた。

「いいですね。調査に関わる学術的な場面では、遠慮してもらうかもしれませんがね」
湯川が答え、エリックとうなずきあった。
「ところで高虹さん、あなたの故郷の山には豹がいるとか、秘密の部族が住んでいるとか、そんな噂を耳にしたことはありませんか?」
湯川が、さっそく質問した。

「私は五歳で都会にでたので、今の梅里雪山や麓の村については詳しくありません。確かに雪の上に残された人や動物の足跡は、昔から噂になっています。でも、いまだはっきりはしていません。もっとも、正式に調査したわけではありませんがね」



終点の徳欽のバスターミナルには、高虹の知り合いが三人を待っていた。
さっそくケイタイで連絡をし、手配をしてくれたのである。
高虹は用があり、そこで別れた。
三人は、予約をしていたホテルに車で案内された。

次の日の朝、三人は迎えの車で梅里雪山の氷河と登山の入口にある明永村(みんえい)に移動した。
高虹はその日も急用で姿を見せなかった。
だが、予想外のもてなしに三人はおどろいてしまった。
ホテルでも、料金はいらなかったのだ。

二頭のヤクと、背は低いが、筋肉質で頑丈そうな四人の男が三人を待っていた。
ガイドである。
「わしが、頭(かしら)のガツマリです」
足の短い年配の男が挨拶をしてきた。

頭のガツマリは明永村に住んでいて、代々ガイドを職業にしていた。
「とりあえずどこにいきましょうか。本人に直接聞いてくれと言われています」
梅里雪山の白い峰々をあおぎながら、頭のガマツリが訊ねた。

梅里雪山の詳しい地図は、どこにも売っていなかった。
雪の積る岩場の山の麓に村は存在していないのだが、例外的な何かがきっとあると、二人は秘めた期待を抱いていた。
「人が暮らせるぎりぎりの場所まで行ってみたいです。もしそういうところに村があったら非常におもしろい」
湯川が浅黒い顔で要望を伝えた。

背の高い茶髪のエリックも補足する。
「ほかの村と付き合わないとか、そこに行ってはいけないとか言われている、孤立した村はありませんか。そういうところで、こっそり雪豹を飼育している可能性があります」
相原の通訳に、ガイドたちは狐につままれた面持ちだった。
梅里雪山の雪豹の生息域は、山裾(やますそ)をすこし登った常時残雪のある岩場だと二人は断定していた。

「お嬢さん、さっきから雪豹と言ってますけど、それはどんな動物なのですか?」
ガツマリが相原に聞いてくる。
湯川がキルティングの内ポケットから十センチ四方ほどの毛皮をとりだし、ガツマリに見せる。
このとき相原の頭脳が、なにかの記憶を引きだそうと、びくっと反応した。
ユキコのポシェットだったが、思い出せなかった。

「この毛皮の動物がいるはずなんです。どこかで密かに飼育されているかもしれない」
四人の案内人は、怪訝(けげん)な顔を見合わせた。
ガツマリが代表し、きょとんとした目で小さく首を傾げた。
湯川とエリックは、白銀の梅里雪山を見上げた。
鋭い峰がそびえ、岩の露出した急峻(きゅうしゅん)な頂の中腹にガスが棚引いていた。

「高虹さんに頼まれました。ご要望どおりにします。とりあえず、行先はどこにしますか?」
ガマツリの赤銅色の額には、何本もの皺が刻まれていた。
「とにかく、一度上のほうにいって、それからゆっくり下りてくるというのはどうだろう」
湯川の提案だ。

「もしかしたら、今日は荒れるかもしれませんよ。いまの季節、気候は気紛れですからね。少し上に行きますと、いきなり吹雪いたりします」
梅里雪山を見上げたガマツリが、額に手を当てた。
湯川もエリックも梅里雪山の気紛(きまぐ)れな気候は心得ていた。

「でも、テントも寝袋も用意してあるので、突然の吹雪ぐらいはなんでもありません。どのコースをいきましょうか」
ガマツリが、エリックと湯川から相原のほうに顔を向けた。
「登るコースになにか希望がありますか?」
相原があらためて二人に訊ねた。
だが、二人とも即座に応じられる答えは持っていなかった。

「それなら、ここのコースから登りたいんですが」
きっかけをうかがっていた相原は、ポケットから地図を取りだした。
ガマツリは地図を眺め、洞窟の路か、とつぶやく。
湯川もエリックも、なんだろうという面持ちで地図をのぞいた。

地図には梅里雪山や氷河や洞窟などが漢語で書かれ、×印が描かれていた。
麗江の薬屋で書道家でもある楊が、描いてくれた地図だ。
秦が持ってきたコピーの図面を写したものだった。

「上海にいたとき、氷河の脇にこんな路があると雑誌に書かれていたのを、コピーしておいたんです。わたしは氷河を見物するのと、この路を歩くのが目的だったんです。この×印には洞窟があります」
洞窟と口にしたとき、相原の胸がかすかにざわめいた。

二人は、雑誌に載っていた地図という説明に、ああそうという反応で相原の案に乗った。
曲がりくねった単調な路だった。
「この路には雪が積もらないのかね」
湯川がガツマリに訊ねた。
「四,五年前はともかく、いまは積もりません、この辺は岩場になっています」
ガツマリの答えを聞き、二人は顔を見合わせ、肩をそびやかした。

テントや炊事道具や主食類の荷物は、二人の係りが目的の場所までラマで運び、三人は必需品を入れたナップサックだけを背にした。
その他の荷物は、ガツマリの一人の部下が篭(かご)で背負い、あとについてきた。
羊歯(しだ)が生い茂り、石楠花(しゃくなげ)の花が咲いている。
見たこともない肉厚の葉の植物や色のどぎつい花弁に守られた雄蕊雌蕊(おしべめしべ)が、大小の昆虫類を呼び寄せていた。

「この先に、洞窟があるのか?」
植物園の通路のような路を歩きながら、湯川が訊く。
「雑誌にそう書いてありました。行ってみたいんです」
「急ぎましょう。天候が悪くなるようだったら、途中で引き返すこともありますよ」
ガツマリの言葉に、もしかしたら天気が悪くなるんだな、と三人は軽く受けとめた。

灰色の瓦礫(がれき)の沢にでると、脇に小川が白い泡をたてて流れていた。
しばらくして、ガツマリが相原に告げる。
「ここです」
とうとうやってきた。相原は胸を高鳴らせながらも、素知らぬ顔でポケットからだした地図と照らしてみた。

斜面の上、頭の高さほどのところに入口があった。
半分が崩れた瓦礫(がれき)で埋まっている。
麗江の薬屋の資料によれば、遠い遠い時代に一人の女が入っていった洞窟だった。
そして、ユキコが目覚めたとおぼしき洞窟でもあるのだ。

「雑誌の観光案内に載っているくらいだから、野生の動物も人も住んでいる訳がないな」
湯川が断言した。野生を専門にしている動物学者には一目で分るのだ。
「ちょっと、中に入ってみます。懐中電灯ある?」
相原が案内人のガマツリをふり返った。

部下が運んできた籠から、ガツマリが懐中電灯を取りだした。
作品名:娘と蝶の都市伝説5 作家名:いつか京