娘と蝶の都市伝説5
「とにかく画期的です。現地に行ってその村の人たちに会ってみたいです」
「でもそんなに画期的だとしたら、他の地域の人たちに気付かれない訳がないでしょう」
「単なる憶測ですが、自分が二百歳ということも知らず、ただの年寄りだという認識で生活しているのかも知れません。もしかしたら体力も容貌も衰えにくいのかもしれません」
この最後の一言が、二十ページの変異遺伝子の意味を湯川にはっきりさせた。
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「旅立つ前に湯川は、秦さんからあずかった毛皮の端切れに、陰毛がついていやしないかと調べました。でも、ありませんでした。いずれ湯川さんに連絡し、陰毛を手に入れるつもりでした。とにかく、急ぎ登山の装備を整え、二人ともあわたただしく出発しました」
「エリックさんの言っていた、人間にとって有益な異変をおこす遺伝子についての具体的な内容になにか心あたりはありますか?」
二百歳や衰えない肉体はともかく、目的に合わせ、規則正しく組み合わせて並べられたATGCの四種の塩基のDNA遺伝子記号である。
ただ単純に生命の秩序を保っているのではなく、互いに複雑に作用しあっている、とエリックは言った。
これは薬屋の秦にもよく理解できた。
エリックが問題にしているその陰毛は、三万年前の毛皮に付いていた。
ユキコ以外の者の陰毛とは考えにくい。
ユキコは、古文書(こもんじょ)の地図に記された洞窟の中にいて、自分を待っていた。
ユキコの記憶力や運動能力も抜群であり、普通ではない。隠れた能力をもっともっと内に秘めているのだ。その秘めた内側を確かめるためには、自分もユキコの陰毛をDNA検査にだし、分析結果を手に入れればいいのだ。ユキコの陰毛なら、風呂場の排水溝にいくらでもある。
「もう一人、日本人の女性がいましたよね。湯川さんの知り合いでしょうか。ご存知ではありませんか?」
興奮をおさえ、秦が声を殺して訊ねた。
「湯川からの連絡によりますと、梅里雪山にもっとも近い町、徳欽(ダーチン)に行く香格里拉(シャングリラ)という町のバス停で知り合ったそうです。なんでもその女性も登山が趣味だったそうです。その女性の名前までは分かりません」
ごく普通に出会っていたようである。
「湯川さんからは、ときどき旅先からメールが届いていたとおっしゃいましたが、そのメール見せていただく訳にはいきませんか?」
「じつは外務省の人が見えて面会を求められたとき、湯川との約束を思い出して、消してしまったのです。すみません」
滝川の申し訳なさそうな顔色に、嘘はないようだった。