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娘と蝶の都市伝説5

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「そのゲノムを検査すると、自分の寿命がどれくらいあるとか、いつごろ死ぬとかも答えがでてくるのか?」
「生命の終焉(しゅうえん)は、むずかしいですね。とにかく遺伝子を検査して、自分が持っている病気や、その他の変異遺伝子をいちはやく知ることができます」

「おれだったら三百ドルもだして、いちはやく知りたいと思わないね」
コルビー警部補はことさらに強調してみた。
「でも変な遺伝子があるからといってすぐに病気を発症させるわけではないんです。いつ活動を開始するかは、今のところ、神のみぞ知るとしか説明できないんです」

「説明できないものを、25&ME社はどうしようというのかね?」
「わが社は、変異遺伝子を発見したら、特許をとるんです」
「特許? DNAで特許が取れるのか?」
鑑識(かんしき)のDNA検査は常識だったが、それ以外の知識はほとんどない。

「はい。その遺伝子がどんな意味を持っているのか、どんな病気をひきおこすのか、あるいはどんな特徴があるのか、それがはっきりしなければなりません。将来、ストックした遺伝子が解明されるようになったとき、効力を発揮する訳です」
25&MEという会社は、病気治療に役立ちたいのか、明日の投資のためにゲノムのストックをしているのか。

「ところで、検体(けんたい)がなくなったといったな」
「とにかく、顧客の三百ドルの検体の袋を勝手に開封し、鑑定検査をした。報告書にはなにも記載せず、本人とデータと検体が消えてしまったのです。ケイタイも不通ですし、メールアドレスにもコンタクトできません。この件について、まだ会社にはなにも報告していません。その前に刑事さんの意見を聞かせてもらいたかったのです」

「勝手に開封したと言ったが、どういう意味なんだ?」
「受付を通さず、横取りしたようなかたち、という意味です。でも検査料はきちんと経理に届き、経上されていたんです。これは検体とは別に、個人識別番号と名前でネットで振り込まれていたからです。しかし、これも消されていました」

「横取りだって? どうやって?」
「たとえば、受付の部屋に届いた検体を整理していた係がトイレのために席をはずしたとき、部屋に入って持ち去ったとか……」
「とにかく考えていること、もっと率直に話してみてくれないか?」
コルビー警部補は、肉付きのよい顎でモレイをしゃくった。

モレイは一瞬の沈黙のあと、切りだした。
「きっと、価値のあるとんでもない変異遺伝子(へにいでんし)を発見したんです。もしかしたら海外に逃げているかもしれません」
「とんでもない遺伝子? どんな?」
コルビーには少しもイメージできなかった。

「たとえば癌を治してしまうとか、すごく頭が良くなるとか、ずっと若いままでいられるとかです。会社を辞め、姿を消した男は分子遺伝学者でした」
「しかしその変異遺伝子がどんなふうに作用するかが解明されなければ、特許は認められないんだよな」

「そうです。しかし、いちばん簡単なのは、その遺伝子をもった人間に会ってみることです。いまは特異な例をあげましたが、すごい力持ちだとか、背が高いとか、百五十歳でも若いままだとか、特徴が身体的にでてくる場合であれば、外見上で即判断できます。その人間の遺伝子を調べれば、ある程度メカニズムも解明できるはずです。急に行方をくらました理由は、その人間に直接会いに行ったのではないかと」

「ちょっと聞くが、消えたその男、サーバーのデータを消していったというんだな?」
「人事課で調べてみるとMIT(マサチューセッツ工科大学)のコンピュータ学科で学位をとっています。学生時代にハッカーとして警察沙汰になり、遺伝子工学のほうに方向転換したんです」

ほう、とコルビー警部補はデスクに肘をついた。
「あなたはこの件を、はやく会社に報告したほうがいいでしょう。専門家にデータの復元を頼んではっきりさせたらまた相談しましょう」



コルビー警部補はさっそく市警のサイトにアクセスし、ゴードン・ブライアンが、誤射で死亡していることを確認した。

『201X年3月25日、ニューヨーク市ブロンクス170ストリートのアパートメントで、ゴードンという男が射殺された。ゴードンはアパートメントの借主であるジェフ・エリックに強盗とまちがわれ、射殺されたものである。部屋の借主であるエリックは、その三日前に強盗にドアをこじ開けられ、危うく命を失いかけた恐怖から拳銃を玄関脇の引き出しに忍ばせておき、それを使用したのである。

その日、外出から帰ってドアを開けると、一人の男が奥の部屋から飛びだしてきたので、エリックは引き出しに入っていた拳銃を反射的に取りだし、射ってしまった。電気もついておらず、屋内は薄暗かった。威嚇(いかく)のつもりだったが、引き金にかかった指が動いてしまったのだという。ブロンクス42分署の担当刑事サミル・マリオは捜査の結果、ジェフ・エリックの正当防衛を認め、翌日に釈放』

コルビー警部補は、ジョン・F・ケネディ空港の出入国管理事務所に電話をかけた。
すると、本人は二日前に出国しており、行き先は日本と判明した。
飛行機のチケットは東京の羽田空港まで。
誤射事件で釈放された数日後である。

次にコルビー警部補は、US歴史科学研究所の炭素年代測定技術者の炭素年代測定というものが、どういう仕事なのかをネットで調べた。
地球上の動植物のすべてには炭素『C14』が含まれている。
動植物が死亡すると、内部に蓄積されたC14は、一定の期間で濃度を半減させる。
それを炭素の半減期と呼ぶ。
その半減期を調べれば、年代が測定できるのである。
たとえば三千年前の古代人の骨だとか、二千年前の器だとかである。



午後八時半。
コルビー警部補は帰宅をあきらめ、ブロンクスの170ストリートのジェフ・エリックのアパートにおもむいた。

表通りから一本入った一車線の通りに、煉瓦造りの古いアパートが連なっていた。
左右の歩道には、樫の木がほどよく枝をひろげている。
コルビー警部補は、すぐ、エリックの家のドアの前にしゃがみこんだ一人の女性を発見した。
紺のセーターにジーンズ姿の若い女だった。

コルビー警部補は車から降りた。
女の前に立ち、市警バッジを見せた。
「ちょっと話を聞かせてください」
女は、目の前に突きだされた市警のバッチを見、息を飲んだ。
「ここでなにをしていますか?」

女は、ふうっと大きく息をついて答えた。
「私はこの家に住むエリックの恋人です。今回の旅行から帰ったら結婚する予定です」
いきなりの図星だった。
「私の車の中で、お話し聞かせていただけますか?」
「はい」
女は素直に従い、助手席に座った。

アンナという名前で、そのストリートを歩いて十分ほど先のアパートに住んでいた。
「あの人、知人を誤って射殺し、取り調べのあった警察から釈放された三日後『旅にでる、一ヶ月か二ヶ月か分からないが、帰ってきたら結婚しよう。それまでは自分の家でおとなしく待っていろ』と言ったんです」

「なるほど、それでそのとき、彼はどこへ行くとあなたに告げたんですか?」
コルビー警部補は、緊張するアンナに柔らかな口調で問いかけた。
作品名:娘と蝶の都市伝説5 作家名:いつか京