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娘と蝶の都市伝説5

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5-4 CIAフロントカンパニー



江宇航(コウユーハン)は、雲南省の地域を担当するCIAのケースオフィサーだ。
アメリカ生まれである。
四川州(しせんしゅう)の四川大学を卒業後、一旦アメリカに帰った。
両親の故郷の雲南州にビジネスマンとして戻ったが、実はCIAの要員でもあった。

海外のCIAの活動は、ケースオフィサーを中心にエージェントを使って行われる。
今回の作戦の実行責任者、王棐(ワンヒ)は、高 虹(ガオホン)という名で動いた。
今回はその男が持っているB5で二十ページの書類の奪還だった。
対象者はジェフ・エリック。
エリックは、国家に抹消されなければならない罪を犯したのだ。

雲南省、昆明の人民中路通り。
古びた五階建てのオフィスビルの三階。
江宇航の活動拠点であるオフィスのドアの表札には『江宇航投資顧問相談会社』と書かれている。
CIAのフロントカンパニーだ。

表向きの主な仕事は投資。
共産党幹部や地域の役人が得た不正な金を、投資という名目でアメリカの銀行に蓄財する手助けをしている。
おかげで江宇航自身が妙な尻尾をださない限り、当局の手入れを受ける恐れはほとんどなかった。

オフィスにスタッフはいない。正確には掃除のため、午前中だけ現地のおばさんがやってくる。
午後、江宇航はすこしだけ忙しくなる。
何人かと電話のやり取りをし、パソコンのメールを確かめる。
地域の共産党幹部や役人たちの投資相談や送金依頼である。

今日、江宇航は四川省の省都である成都(せいと)の領事館に拠点を置くケースオフィサーから、報告を受けた。
成都のケースオフィサーは、四川省、雲南省をはじめ、中国南部の数州を管轄している。

『元US歴史科学研究所の炭素年代測定技術者、ジェフ・エリックの遺体を確保。顔写真との照合完了。指紋も採取。本人と確認。死体収容のため現場に到着したとき、死体は全裸だった。同時に遭難した他の日本人男女も全裸である。

備品や所持品が失せ、半解凍した氷の地面に三つの遺体が重なり合っていた。
調査の結果、三人は凍死直後、何者かに身ぐるみを剥がれたものと推測された。
エリックが所有しているはずの目的の書類も失せていた。
しかし、盗賊たちは書類ではなく、三人の外国人が所有するありとあらゆる品物、下着までをも欲しがる単純な盗みと断定できた』

江宇航はここまで読み、舌打ちをした。
テントを吹き飛ばし、三人を凍死させるという高虹の案にOKをだしたのは自分である。
確実に三人を現場に誘導し、計画を見事に成功させた。
登攀(とはん)途中、荷物を預かったとき、待機していた高虹の直属の部下がエリックの持ち物を検査したが、目的の書類はなかった。

エリックは書類を直接身につけていたのである。
焦る必要はなかった。死体を収容するときに回収すればよかった。
だが、三人は身ぐるみも失せ、書類も行方不明になった。

このとき、にわか盗賊たちが取り残した二枚の小さな紙切れがあった。
それは横たわったエリックのからだの下からでてきたもので、半ば氷り付いたまま薄氷に閉じ込められていた。
その二枚の紙切れには、文章がつづられていた。
二十行ほどの文章の内容は、以下のとおりである。

(……いまはテントの中だが、いよいよ明日から調査を開始する。少し前から風が吹きだし、雪も激しくなり、テントを叩き続けている。もし今回の探索で、目的の人々が発見できたらと思うと胸が高鳴る。はたしてどんな人間が目の前に現れるのか。とんでもない遺伝子群を持った人々よ。はやく姿を確かめたい。あなたがたは人類に大革命を起こすに違いない。そして私は……)

紙切れは左右に並んだ二枚が、綴(と)じ代(しろ)の部分から千切れていた。
吹雪の中で、広げていた手帳をそのまま伏せて置き、堪えているうち、意識を失ったものと思われる。
しばらくして風が弱まり、略奪者がエリックの死体の下の手帳を発見し、背表紙を掴んで引き剥がしたため、氷りついたページだけがそこに残されたものである。

多額の賄賂で捜索活動に協力した州公安局の捜索隊が、テントを発見した。
嵐で飛ばされ、斜面の下の壁の麓に丸まっていたのだ。
底の裂けた妙なテントは誰にも知られず、そのままアメリカ領事館側の捜索隊に引き渡された。

ヤクの背中で運ばれた三人の荷物も行方不明だった。
ガイドたちに持ち去られたのである。
とにかく、賄賂のお蔭で地元の公安や役人の介入もなく、遺体の回収に成功した。
だが、目的の書類は行方不明だった。
江宇航は雲南省の省都、昆明(こんめい)に自宅を構えている高虹を再び徳欽の親類の家に潜ませていた。その高虹にメールを送る。

『ジェフ・エリックが身につけていた書類は紛失した。書類の形態はB5、紙の枚数は二十。書類は(ガイドたちが麓の明永村に持ち帰り、今もどこかの家に存在している可能性がある)。ガイドたちは自動車事故で全員死亡したが、書類の有無の確認のため、事故現場も再調査すること』

江宇航はパソコンを開き、ニューヨーク市警の警部補、コルビー・ジョンソンの報告書を呼びだした。



ニューヨーク市警の警部補、コルビー・ジョンソンが帰り支度を始めていると、受付から電話があった。
すぐに、婦警に案内された青白い顔の若い白人男性が入ってきた。
男はコルビー警部補に告げた。

「先日、うちの会社を辞めた人間がいるんです。その男はコンピュータのデータを消し、メインのサーバーとサブのサーバーにまで進入し、その顧客の情報のすべてを無しにしてしまいました。顧客に依頼されていたはずの検体(けんたい)も失せていました」
コルビー警部補はすぐに聞き返した。

「データを消していったというのに、どうしてそんな事実が分かったんだ?」
「会計係が一週間前にチェックした顧客の売り上げを再び集計してみたら、金額が違っていたというんです。データ一件分が、それに伴う料金とともに失せていたんです」
この場合の意図的なデータ削除は犯罪である。

「顧客からキャンセルでもあったのかと調べたのですが、なかったんです。もっともうちでは検査依頼は前金だし、キャンセルという事態はほとんど発生しないんですがね」
コルビー警部補は男に応接用の椅子を勧め、あなたの会社はどんな会社で、あなたはだれで、検査とはなんなのか、そして、いなくなったのはだれなのか、と訊ねた。

社名は『25&ME(トゥエンティファイブ・アンド・ミイ)』。
男はそこのセキュリティ部門の主任だった。名前はモレイ・ヘイツ。
いなくなった男は、分子遺伝学者で名前はゴードン・ブライアン。
25&MEという会社は、個人のDNAを検査する民間の会社である。

「差額は三百ドルです。その金額は、新しくはじめたゲノムを対象とした検査料なんです」
DNAの検査会社は、将来、依頼人がどんな病気にかかりやすいかを調べ、本人に教えてくれる。
病気などを主に、五十種類ほどが基準である。
最近の研究とコンピユータの性能の飛躍的な向上で、以前には考えられなかった人間一人分のDNA──ゲノムのチェックが短時間に安価で可能になった。
作品名:娘と蝶の都市伝説5 作家名:いつか京