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娘と蝶の都市伝説5

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『電話が不通なのでメールにする。徳欽の町の警察で訊ねた。遺体は、アメリカの領事館に収容された。死体は三人とも裸だった。所持品とともに身ぐるみを剥がされたらしい。三人は一ヶ月近く、行方不明だった。ガイドの関係者全員が事故で亡くなっていたからだ。気温が上昇し、雪が融けだし、探索中の村人に発見されたのだ』

『三人の名前は、湯川尚之(ゆかわなおゆき)、ジェフ・エリック、そしてもう一人の若い女性は相原ひとみ。ところで高虹(ガオハン)という中国人が三人の宿代を支払っている。高虹は一行のために荷物を運び、ヤクやガイドを用意した。高虹は常連ではないとホテルでは言う。なお、高虹が雇ったガイドは明永村の男たちだ』

「相原ひとみ、だって?……」
ユキは、日本人が多く住んでいた上海の虹橋(ホンチャオ)の古北(クーペ)の喫茶店を思い出した。
日本語を習った場所だ。

そこでユキは、自分の出生について相原ひとみに告白した。
『じつは自分は、どこのだれなのか、分からないんです。気がついたら梅里雪山(ばいりせつざん)の麓(ふもと)の、明永村に近い氷河の裏路にある洞窟の中にいたんです。でも曖昧な記憶なので確かではありません。はっきりしているのは、麗江(れいこう)から上海(シャンハイ)にきたということだけなんです』と。

すると相原が『自分はジャーナリストだから、時間ができたら、その洞窟に行って調べて見る』と答えた。
でも相原は日本にいる自分に一度も連絡をくれなかった。
もしかしたら同姓同名か……でもまさかあの人が……なぜ……と騒がしくなった周囲を無視し、スタジアムの空に顔を向けた。

しばらくしたら、落ち着いてきた。
次のメールに目をやった。
『明永村の村長に挨拶にいく。三人を案内した四人の荷物運び兼ガイドは、全員が事故死した。四人のガイドは、高虹のよこした車に乗り、運転手とともに崖下に墜落。村長は、それ以上はなにも知らない、と嫌な顔をした』

『案内人とともに三人が凍死した場所まで登る。そこは平らな岩場で、右手は斜面と斜面に挟まれた谷状の地形だ。吹雪けば危険な場所である。未知の村があるのかと見回すが、なにもない』

『下山の途中、ユキがいた洞窟に寄る。きれいに掃除をしてあったので痕跡はない』
『山から降り、明永村をぶらつく。軒と軒の路を歩いていると子供が上着の袖を引く。ついていくと、路地にしゃがんでいた一人の中年の女が訴えた。

(漢人の高虹にいってください。あれでは全然足りません。夫は崖から落ちて死んでしまったんです。言う通りにやったのに、ひどいじゃないですか。あと五百ドルほしい。そうすれば、夫がいなくても新しい土地を買って野菜の苗を植え、何とか生きていけます。お金くれないと、夫から聞いた話、全部しゃべりますよ)と。百ドル札を二枚だした。

(夫は高虹の命令で三人をわざと凍死させるようにテントに工夫した)と女は告白した。高虹という男がガイドたちに金を渡し、三人を凍死させたのだ。同時に運転手を含め、ガイドの四人を口封じのため、転落死させたようだ。ユキコ、妙な具合になってきた。もしかしたら私の命も危い。すぐにここを脱出する』

『途中、車が崖から転落もせず、無事徳欽に着く。命を狙われるなんて、考えすぎか』
『徳欽(とくきん)の派出所の前で警官を捕まえた。以前、雲南省の省都、昆明(こんめい)の博物館に行け、と命じた警官だ。五十ドル払っていろいろ聞けた。三人の死体は、四川省の省都である成都のアメリカ領事館の職員が収容。凍死体の発見情報とともに、三十人ほどがバスできた。連中は現場にいき、死体を徳欽に運ぶ。日本人の二つの死体は公安に預けられた。

アメリカ人たちは急いで立ち去る。そのあと日本の役人と家族がきて、身元を確認され、遺体は荼毘に付された。お骨は無事、家族とともに帰国。ガイドたちは、三人に危険な場所にテントを張らせ、テントが吹き飛ばされるのを確認してから山を下りたのだ。下山したガイドたちの明永村の住民への説明は(食料もたっぷりある。あとは自分たちで調査をするから帰れ、じゃまだと、そう命じられた)ということだった。

不思議なことに、これらの件でアメリカ側や、中国当局、あるいは日本が調査をする様子はまったくなかった。とくに中国が、国内でのアメリカ領事職員の行動を黙認したのは、ばればれの民間団体を装った救助隊としても、やはりは背後に多額の賄賂があったからだろうか。また、高虹という男は明永村や徳欽の生まれではない。いつのまにか姿を消し、行方は分からない。徳欽の公安の局長にも、アメリカ人から多額の裏金が渡されたとの噂だ』

『これから夜行バスに乗り、香格里拉(シャングリラ)にいく。明日の午後には日本に帰れる』
『ニューヨークに行くだって? ニューヨークヤンキースは大賛成だ』
 打っておいたメールへの返事だった。
『こっちも雲南を脱出する。乗り継いでニューヨークまで飛ぶから、ホテルの名前と電話番号を教えてくれ。ニューヨークで会おう。ニューヨークヤンキース、万歳』

ユキはすぐに自分のホテルの名前や部屋番号、部屋のロックキイの暗証番号を送った。
秦は飛行機の直行便で、今日の午後にはニューアーク空港に着く。
香港・ニューアーク間は十五、六時間の飛行である。
ニューアークはハドソン川を挟んだニュージャージー州にあるが、ケネディ空港よりもニューヨークに近い空港だ。
香港はニューヨークより、十三時間進んでいる。



三番バターは、七球もファールで粘ったあげく、見事にスリーランホームランを放った。
ピッチャー交代のアナウンスがながれた。
でてきた若いピッチャーは、いきなりフォアボールをだした。

次の五番バッターが打席に立ち、バットをかまえる。
一球めのストレートを狙った。これもホームランだ。
七対二になった。試合はこれで決まりそうな気配だ。
ユキは席を立ち、通路に向かった。
球場をでて、タクシー乗った。

川沿いの道から橋を渡り、あとは一直線だ。
少しだけニューヨークの街を歩きたくなり、タクシーを止めた。
AREホテルは目と鼻の先だ。迷うはずもなかった。

歩道を歩きだしたとき、ユキはシークレットサービスの存在に気づき、ちらりと振り返った。
目の端に人影が二つ、しっかりついてきていた。
ホテルのドアマンは、ヤンキースのユニフォームのユキを覚えていた。
「後ろからついてくる二人は、シークレットサービスです。通してやってください。わたしが安全に部屋に入ったところで、彼らの任務は終わります」

はあ、と二人のドアマンはユキの背後に目をやり、怪訝(けげん)な顔をした。
ロビーを横切り、ユキはエレベーターに乗った。
客は五人。その中に、後から乗ってきたAREの高級ホテルにふさわしくない顔つきの二人の男がいた。
先にいた客のうち、一人が五階、もう一人が八階でおりた。

開いたドアのむこう、広い廊下にホテルのセフテイガード係はいなかった。
AREホテルは一階の警備を厳重にし、客室エリアの警備はひかえていた。
客のプライベートを尊重しているのだ。
あとから乗ってきた二人の男とユキが残った。
作品名:娘と蝶の都市伝説5 作家名:いつか京