小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

娘と蝶の都市伝説4

INDEX|7ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 




4-3 白い侵略者は神とともに



BATARA《ば た ら)の蝶と知り、地上の超粘菌たちがいっせいに情報を送ってくる。
それを長老やBATARAの仲間が、ストーリーにまとめていく。
まずはインカ帝国の話である。

──ある日あるとき、そそり立つアンデスの岩壁《いわかべ)の路を一人の男が走っていた。
つづら折りのインカ路である。かなりの慌てぶりだった。
男は、首都のクスコに向かう王の飛脚《ひきゃく)である。

インカ路はアンデスの山々を縦走し、海抜3、400メートルの天空都市、クスコまで続いていた。
今のエクアドルのキトからチリのサンティアゴまででえある。なんと5、120キロの距離である。(日本の北海道から九州までは1、500キロ)
人々は王を尊敬し、太陽、稲妻《いなづま)、海、山、大地、川、湖などを神とした。

「王の統治により、ここには衣食住の行き届いた、飢える者のいない素晴らしい国があった」
紋白蝶《もんしろちょう)の前頭葉《ぜんとうよう)の襞《ひだ)に陣取ったBATARAの長老は、蝶の複眼が集めた光の景色に目を細めた。

インカ路を走っている男は、やがて山間の中継所にやってくる。
「伝達だ。白い人間が現れた。大きな動物に乗って、人殺しの筒を持っている」
 伝令は中継所の小屋の前でよろめき、両手を突いて倒れた。

中継小屋にいた男はおどろいて飛び跳ね、もう走りだしていた。
口の中で、白い人間だ、白人だ、と伝達事項をくりかえした。
1532年11月である。

「たかが鉱物の金《きん)のため、人々が豊かに平穏に暮らしていたこの偉大なる伝統の帝国を、連中はためらいもなく滅ぼした」
BATARAの長老は、むっと唇を引き結び、前方の山の峰を睨んだ。
アンデスの山陰に生息する超粘菌たちが、反応してきた。

『やってきたのは500年ほど前だ』
『たった168人だった』
『隊長の名はピサロ』
「おまえたちは金《きん)を隠しているだろう。持っていてもたいして役に立たないのだから、よこせ。金はおまえたちにはただのお飾りであっても、われわれには国の繁栄にかかわる大切なものだ。金はわれわれが所有すべき神からの贈り物だ」

スペイン人の隊長、ピサロは、その地が噂のエルドラド、黄金卿であるという感触を掴んだ。
そして、あらためて多くの部下を国から引き連れ、再上陸した。
金の収奪は、自国経済の復興を願うスペイン国王に命じられた公的なお役目でもあった。

白人たちは男だけでやってきた。
もともと本国で食い詰め、一攫千金《いっかくせんきん)の夢を見、乗り込んできた連中である。
別の言い方をすれば、武器と生殖器を携《たずさ)えた盗賊集団である。
女を目撃し、大人しくしている訳がなかった。
人殺しも金の強奪も強姦も、みんな競争だった。

それが、以降五百年間にもわたる南米・中南米、そして北米大陸における強奪者たちの長い歴史の始まりだった。
大航海時代は『神の名のもとに海賊の一団が、船に乗って世界を巡り、金目のものを漁り、人を殺し、その地で暮らす人々の生活基盤を徹底的に破壊した時代』である。



物語はここで分かりやすくするため、中南米を飛ばし、北米アメリカ大陸に進む。

「さあ、手強いぞ」
前頭葉《ぜんとうよう)に鎮座《ちんざ)した長老の緊張した声だった。
蝶の翅《はね)やからだが、一瞬びくっと反応した。その震動を捕らえるかのように、アンデスを囲む国々が、しんと静まり返った。

1620年9月16日、巡礼者と称した人々の一派がイギリスのプリマスを出航した。
船の名はメイフラワー号。乗客は120人。
天候不順で、二ヶ月間の荒れた旅だった。
メイフラワー号の本来の目的地は、ハドソン川河口のジェームズタウン、現在のニューヨークである。

荒れる海で400キロほど南に流されてしまったのだ。
陸地から奥につづく新大陸の森に、横殴りの雪が舞っていた。
そんな吹雪の中を、三十歳前後の鉤鼻《かぎはな)の男が数人の仲間を引き連れ、上陸した。
一行は、留守中のインディアンの村を発見し、貯蔵してあった玉蜀黍《とうもろこし)を盗んできた。
鉤鼻の男とその仲間たちは、それを『神の恵み』と勝手に称した。

新大陸初の入植生活は、船の中だった。
海は荒れ、吹雪が舞った。入植者は凍りつき、次々に死んでいった。
彼らは、自らをピルグリム、または巡礼者と呼ぶピューリタンだった。清教徒《せいきょうとある。
清教徒といえば、厳格で信心深い人々想像するが、そもそものいきさつは、どっぷり肉欲と物欲に浸った世俗的な話からはじまる。

1530年、イギリスの国王ヘンリー八世は若くて美しい女性、アンに惚れた。
そこで容色の衰えた古女房と決別するため、当時のしきたりで、ローマ法王に離婚の許可を願い出た。
そして、だが、要請は脚下された。
怒ったヘンリー八世はローマ教会から独立し、イギリス国教会を設立した。
そしてめでたく古女房を追いだし、アンと結婚した。

しかし、王はその横暴性がゆえ、気に喰わない家臣や国民を次々に処刑した。
また、さらに若い女に惚れたため、男の子を生まないアン女王の首も断頭台ではねた。

1600年ころになると、イギリス国教会の腐敗に反抗する信者があらわれはじめた。
彼らは清教徒と呼ばれた。国教会内部で改革を目指すグループと、新たに教会を設立するグループとに分かれた。
後者の分離独立派が、イギリス各地で迫害を受けたた。
そのため、新天地に渡り、理想の国を造ろうとしたのである。

新大陸の冬が去った。
生き残った者は120人のうち、53人だった。
一行は、海岸にテントや仮小屋を建て、空き地を耕しはじめた。

すると、若葉の森の奥から30人ほどのインディアンが現れた。
みんな逞《たくま)しく、堂々としていた。
このとき、インディアンの村から玉蜀黍《ともろこし)を盗んできた鉤鼻《かぎはな)の男が物怖《ものお)じする気配もなく、中央で仁王立ちになったインディアンに歩み寄った。
そして握手をしたのである。

幸い、インディアンには、飢えた者を助ける、という習慣があった。
この地に住む者はみな仲間であり、対立し、争い、奪い合う対象ではなかったのである。
彼らはマサソイト族、酋長はトマホンと言った。
「畑を耕すのを手伝ってやれ。食料があったら、分けてやれ」

もしこのとき、インディアンが白人を助けなかったら、全員が餓死していただろう。
やがて夏が過ぎ、収穫の秋がきた。
清教徒たちは、実った収穫物に感謝する祭を11月の最終木曜日におこなった。

その日は十頭の鹿の贈り物とともに、マサソイト族の酋長《しゅうちょう)であるトマホンと部下のインディアンたちも加わった。
しかしそれは、収穫をもたらしてくれた神に対する祭りであり、自分たちの命を助けたインディアンとは関係がなかった。

白人たちは土地に狂った。
ガラス玉やウイスキーなどと土地を交換し、インディアンをじりじり森の奥に後退させた。
その後、白人たちが毎年移住してきて、農園がどんどん広がり、インディアンたちは僅かな贈り物で場所を譲った。
作品名:娘と蝶の都市伝説4 作家名:いつか京