娘と蝶の都市伝説4
『変調をきたした人間の精神は、白紙の状態にもどしさえすれば、意図する情報をインプットするだけで思いどおりになる』
重ねてフラードマンは主張する。
『政府規制や貿易障害、既得権などで歪んだ社会は、それらを取り除き、純粋な資本主義の姿にもどせば、経済は自然に活性化する』
『自由市場は科学的であり、人々の利益追求や欲望のままの行動が、社会全体の利益を自然に生みだす』
これらの考え方を、グローバル主義と名付けた。
しかし、社会全体の利益を独占する者がいれば、この論理は成り立たない。
1982年、チリ経済は見事に破綻する。
ピノチェトはアジェンデがやったように、売り渡した企業を国営化し直した。
そして政府の閣僚や官僚の職にあったフラードマン一派を解雇した。
5
BATARAの長老はモネダ宮殿の前庭で話を聞き、あきれ果てた。。
「でもこれは、四十数余も前の話ですよ」
モネダ宮殿の超粘菌がつけ加える。
「今でもあちこちで、そういうことがやられているじゃないか」
「政治家や役人が賄賂《わいろ)で簡単に国を売ってしまう」
「自分は国民の幸せのために政治家や役人になった、という信念を持った者はいないのか」
BATARAの超粘菌たちが怒った。
「もしかしたらあなたたちは、金と権力欲の固まりの代表的な国にいくのですか?」
モネダ宮殿の前庭に生息する超粘菌だ。
「まあ、そんなところかな」
BATARAの長老が、頭のなかを探るように答える。
すでに出発の準備を終え、全員が集合していた。
「いくならニューヨークがいい。金融ビジネスの都市だから、金の亡者がうようよしている。そこで活躍するみなさんは、金のためなら大量殺人だって平気だ。民主主義と平和のためだとか、独裁者を征伐するだとか言って戦争をしかける。その独裁者は、その日のために自分たちが育てた独裁者だったりしてな。
もっとも最近では、秘密の貿易協定をその国の役人と結んで、言いがかりをつけるだけで利益をあげるやりかたに徹しようとしている。そのとき、当事国の売国奴の役人は、タックスヘブンに口座を設けるほどの賄賂をもらう。いろいろ策略を巡らせている人がいるよ、そこには」
モネダ宮殿の超粘菌のリーダーが、ニューヨーク行きをすすめた。
そういわれたとき、長老の頭にパルスが走った。
⦅ニューヨーク……ニューヨーク⦆
「ちょっと失礼。みんな、上のほうに移動してくれるか」
BATARAの蝶は、雑草の葉の裏側から表側に這い上がった。
頭上にはチリの青い空が広がっていた。
その空の彼方から、パルスが呼びかけていたのだ。
⦅ニューヨーク……ニューヨーク、そこが目的だ⦆
長老はその声をしっかり捉えた。
「みんな、われわれはニューヨークに行く」
長老が、BATARAの全員に告げた。