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娘と蝶の都市伝説4

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なにも知らない国民は、アジェンデを信じていいのかどうかと迷いはじめた。
そこへデマが流れる。武装した人民連合軍が、人民に武器を向けようとしている。

それは、いつ蜂起《ほうき)するかもしれない人民への先制攻撃であると。
もちろんCIAの宣伝工作である。『民主連合は人民連合軍を使い、人民を抑圧しようとしたが失敗に終わった。
もうアジェンデは人民の味方ではない』とマスコミがいっせいにフェイクニュースを発信する。

 

『経済は混乱し、回復はない』『もうすぐチリの国民は飢餓《きが)状態におちいる』『チリは世界一貧乏な国になった』『地方では一〇万人の餓死者がでた』『多くの町や村の人々がアジェンデに反対し、殺し合いが起こっている』
フェイクニュースは目的どおり、国民を不安状態に落としこんだ。

どこの国でも国民は、マスコミから情報を得、物事を判断しようとする。
まだインターネットが普及していない時代だ。
チリの国民はCIAの作戦どおり、混乱状態となり、アジェンデ政権の支持率は低下した。
アジェンデの味方であった国軍総司令官のレネ・シュナイダー、そうして次の司令官であったプラッツもCIAに暗殺された。

あらたに選ばれたのがホセ・ラモン・ピノチェトだった。
大男で、人一倍権力志向の強いピノチェトは、前任のプラッツの考えを引き継いでいるとアジェンデに信じ込ませた。
そしてクーデターが決行される七日前のアジェンデとの会談で、こう言ってのけた。
「私があちこちの部隊を廻っているのは、クーデターの徴候がありやしないかと心配しているからです。とにかく連中への警戒を怠らないように勤めます」

ほかの二十一人の将軍たちも、アジェンデを騙していた。すべて金のためだった。
一度賄賂を受け取った者は、もう相手の言いなりになる。
永遠に売国奴《ばいこくど)の道を歩くのである。
『言うことを聞かないと殺される』という恐怖との抱き合わせだ。
アメリカは、この単純な方法で『自由と民主主義のために』と謳《うた)い、他から富を奪う。

こうして彼らは、金のためならばなにをしてもいいという観念を、世界の人々にばらまいた。
あたかもそれが、この社会で生きていくための本能に根差した正当な行為であるかのごとくふるまい、敷衍《ふえん)させていった。

労働者に対する右翼テロも激しくなった。
軍が出動するが、工場などの労働者ばかりが捜索を受けた。
大量の虐殺《ぎゃくさつ)もはじまった。軍がどちらの味方であるかは、もう明らかだった。

アジェンデの政治顧問、ホアン・E・ガルセスが提案する。
「政府は首都を軍事的に把握《はく)しなければならない。サンチャゴの労働者を武装させ、軍事的行動で民主国家を守っていく以外にありません」
しかしアジェンデの結論は、軍事的な手段ではなく、政治的な解決であった。
それは平和主義者おちいる大いなる錯覚であった。



大統領の執務官邸であるモネダ宮殿は、反乱軍の手に落ちた。
アジェンデ支持者の左翼系市民や労働者、学生たちは軍や警察に捕らえられた。
そして、サッカー場であるサンチャゴスタジアムに集められた。
逮捕者処理の責任者である、エスピノーサ大佐に与えられた使命は『容赦《ようしゃ)してはならない。逮捕後、ただちに全員を惨殺刑《さんさつけい)に処せ、チリ全市民に絶対的な恐怖とショックを植えつけろ』だった。

国立競技場の銃声が、円形スタンドの屋根を越え、サンチャゴ市内に響き渡る。
捕らえられた人民連合の労働者やアジェンデ支持派の幹部たちには、凄惨《さいさん)な拷問《ごうもん)がまっていた。
手足の切断、腹部の切開、眼球の抉《えぐ)りだし、舌の引き抜き、ペニスの切断、女性器の破壊など、思いつく限りの残虐《ざんぎゃく)な方法が用いられた。
その状況が意識的に外部に伝えられる。

アジェンデ政権の要員や幹部、労働者の指導者、学者、ジャーナリスト、大学生などの主導者たちには精神改革の拷問《ごうもん)がまっていた。
電気ショックはもちろん、頭巾を被せ、耳栓をし、外部との遮断《しゃだん)。暗闇の独房生活。ゴキブリや鼠《ねずみ)と一緒の長期監禁。轟音や強烈なライト攻め。糞尿攻め。薬物による長期昏睡《こんすい)。強音スピーカーのメッセージ攻め。

国民を、ぐうの音がでないほど痛めつけなければならなかった。
国民全体がショックで放心状態におちいり、思考停止状態になった。
そのとき、CIAにたっぷり金を掴まされたチリの傀儡《かいらい)政治家や役人に、アメリカの利益になる政策を実施してもらうのである。

例によってそれらの政策は、チリ国民にとって有利であるという報道を新聞、ラジオ、雑誌を通じ、いっせいにながす。
その一方で、アメリカの素晴らしさが伝えられ、チリ国民は知らぬうち、アメリカの優越性を認め、抵抗を放棄してしまう。

アジェンデからピノチェト政権に移ったとき、シカゴ大学の経済学者、マルトン・フラードマン一派は大喝采《だいかっさい)を送った。
すでにチリを新自由主義経済の実験場とする承認を、ニクソン大統領や補佐官のキッシンジャー、そしてCIA長官のヘルメスから得ていた。
そしてCIA要員とは別に、多数のシカゴ派の卒業生を経済顧問としてチリに送り込んでいた。

フラードマンも急ぎサンチャゴに飛び、ピノチェトに主張する。
「市場は全面的に自由化すべきである。経済危機を救うためには、思い切った療法が必要です。長期的解決方法はそれ以外にはありません。政府による規制や経済介入には絶対反対です」

フラードマンの一言一言が新聞に大々的に報道される。
マスコミは、さながらにフラードマンの広報機関のありさまだった。
CIAに金で買われた評論家たちは、チリの未来は明るい、新自由主義経済は素晴らしい、とフラードマンを絶賛した。

早速ピノチェトは、アジェンデに接収された銅鉱山や農園など、主な自国の企業を補償金つきでアメリカの企業に返還した。
しかし、コルデコという銅鉱山だけはそのまま国営企業として残した。
これが九年後、徹底的にダメージを受けたチリ経済を、かろうじて救うのである。
意図的であったのか、偶然であったのかは分からない。

だが、その他の五百ほどの国営企業や銀行を民営化し、ただ同然でアメリカの企業に売り払った。
また、多くの貿易規制が廃止され、チリ国内に安い外国商品があふれた。
チリの企業は次々に倒産し、失業者があふれた。
規制撤廃で利益を得たのは、アメリカの企業と一部の投資家たちだけだった。

インフレ率は三七五パーセントにも達し、食物が買えず、飢える国民がでてきた。
その上、フラードマンの唱える正真正銘の資本主義ユートピアを目指した。
『国民は政府に頼らず、自分のことは自分でやる』という考えに従ったのだ。
結果、社会保障のすべてが撤廃された。医療費や薬、バス代や電気代が即値上がりとなった。
外国資本に売り渡された病院も福祉の精神を放りだし、利益の追求に走りだした。

国民は、呆然としているばかりだった。
チリの国民は電気ショックで痙攣《まひ)をおこし、頭が白紙状態になったのだ。
アラン研究所のキャロン博士は提唱した。
作品名:娘と蝶の都市伝説4 作家名:いつか京