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娘と蝶の都市伝説4

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4-2 サンチャゴに雨が降る



BATARAの蝶は、太平洋の海岸からチリ国の首都、サンチャゴを目指した。
そしてついに、古色蒼然《こしょくそうぜん)とした石造りの建物と、近代的なビルが居並ぶサンチャゴの上空にやってきた。

新旧入り混じった建物の一画に、煉瓦造《れんがずく)りの古びたモネダ宮殿があった。
紋白蝶は宮殿前庭の林の上空から、木々の枝の間を抜け、細かい葉の茂る雑草の上に落下した。

「カナダのキャロン博士の話をありがとう。人間改造計画とは恐れ入りました。で、話にはまだ続きがあるんでしょう?」
BATARA《ば た ら)の長老が問いかけた。

「もちろん。陰で研究資金をだしていたアメリカのCIAは、大いに利用価値を見いだした。シカゴ大学の経済学者、マルトン・フラードマンの主張どおり、これらの研究成果を利用し、他国経済の乗っ取りを図った。新自由主義経済と称し、他国の社会制度や永年つちかってきた文化を破壊し、自分たちが利益を上げやすいようにすべてを作り変えてしまうのです。

もちろんそのためには、相手国の役人や政治家にたっぷり賄賂《わいろ)を渡してあります。
現在、色々なかたちで貿易制度などを相手国に強要していますが、基本的な内容は同じで、その国の法律よりも貿易の条件の方が優先する国際条約を交わし、相手国から金をむしり取る仕組みを作りあげるのです。

さてチリ国を狙った彼らは、まず初めにモネダ宮殿の広場の向こうから戦車を連ね、空からは飛行機で宮殿に攻撃を仕掛けたのです。1969年にアメリカ大統領に就任したリチャード・ニクソンとCIAとシカゴ大学のマルトン・フラードマンたちが検討を重ねた結果、国家改造計画の最初の実験場として、社会主義国としてスタートしたばかりの国、チリを選んだのです」



1973年九月九日、アメリカ海軍は、チリ海軍との合同演習を行うという名目でサンチャゴ沖に集結した。チリ海軍も演習に参加するため、サンチャゴ沖に向かった。
だが十一日の朝、にわかにとって返し、自国への上陸作戦を開始した。
上陸した陸戦隊は山間の国道を一気に進み、サンチャゴ市内に突入した。

同時に、チリ中のラジオから『サンチャゴに雨が降る』の合言葉がながれた。
軍事クーデター決起の合図だった。
首謀者は、アウグスト・ピノチェト将軍。チリの国の陸軍、海軍、空軍、警察の共同作戦であった。
このとき、大統領官邸のモネダ宮殿には、サルバドール・アジェンデ大統領とその警備隊、そして官僚と事務方のスタッフなど、総勢五十人しかいなかった。

アジェンデは空爆と正面からの戦車の攻撃を受けながら、敵に占拠されていないラジオ局を探しあて『わたしは降伏しない』と最後の演説をおこなった。
大統領は自ら銃を手に戦った。しかし、軍の力に粉砕され、ついに自決し果てた。
クーデターはその日の午後、あっけなく終わった。

チリは、三年前の1970年、国民投票で成立した民主国家だった。
社会党、共産党、その他の少数政党が連合し『人民連合』を結成したのである。
民主的な手段で社会主義国家が出現したと、世界は驚嘆《きょうたん)した。

もともとソ連や中国の共産主義国家は、実際には理想とは裏腹であった。
国家が国民から搾取し、異をとなえる者は抹殺した。恐怖のシステムである。
世の中の仕組みの不思議さを物語るように、この共産主義国家の指導者を裏側で援助していたのが、アメリカやヨーロッパの金融資本家たちだった。

アジェンデは、偽善の社会主義者ではなかった。
独裁や暴力を嫌い、議会制度による国民のための本物を目指したのだ。
大統領になったアジェンデは、年金を増額し、医療費を引き下げ、スラムに病院と学校を建てた。労働者の最低賃金を引き上げ、大農場を接収し、土地のない農民に農地を与えた。
それらの財源を確保するため、国内の主な企業の国有化をはかった。

アジェンデの前政権が『進歩のための同盟』をアメリカと結び『よりよい開発と発展のために』とうたって外資を導入した結果、企業のすべてを外国に持っていかれた。
もちろんそのために、膨大《ぼうだい)な賄賂が動いた。

国家を運営するスタッフの一人が賄賂を受け取った瞬間、国家はその目的と機能を失う。
国の目的が国民の利益ではなく、特定の団体や個人の利益の追求に変わってしまうのである。
そうしてチリの労働者たちは、劣悪な環境の中で低賃金の労働を強いられるようになった。

アジェンデには、改革後の国家体制を平穏に導く責任があった。たやすい仕事ではなかった。同じようにアメリカ資本に占領された南米・中南米の国々、そして世界中が息を凝らし、その行方を見守っていた。

アジェンデ側には、当初から選挙妨害の計画があった。その筆頭はアメリカの国際電信会社、ITTだった。チリの電話会社の七十パーセントの株を所有するITTは、国有化に対する危惧から、CIAに資金を渡し、アジェンデが勝利しないよう依頼していた。
だが、アジェンデは当選した。するとITTは、アメリカ大統領のニクソンに、得意技である経済封鎖をうながした。

銀行間の取引や信用拒否、チリへの輸出禁止、資金貸し付け禁止、経済援助の削減などである。さらにニクソン大統領は、国家安全保障担当のヘンリー・キッシンジャー補佐官とCIA長官のリチャード・ヘルメスを呼び、チリの政権転覆《てんぷく)を命じた。

CIAは、反アジェンデ派に十億円の資金を与え、クーデターの下準備をにとりかかった。
もともとチリの国軍は、アメリカの援助で成り立っていた。
軍部はアジェンデ政権の三年間で、六十億円もの大金を受け取っていたし、軍の幹部たちはアメリカ軍の軍事顧問から、共産主義者・社会主義者たちはソ連のスパイだ、などと洗脳《せんのう)教育も受けていた。

アメリカはまず、チリの主力産業である銅価格の市場操作で対抗した。
アメリカにストックされていた銅をいっせいに売り出し、価格を下落させたのである。
また、すべての輸出禁止措置《そち)で、チリ国内の生活物資を制限させた。
必然的に悪性のインフレーションが起り、チリ国民は生活に困窮《こんきゅう)しはじめた。

国家を経済面から不安定状態に落としこむ、という狙いどおりの進行である。
大統領補佐官のキッシンジャーが、大統領命令としてさらにCIAに指示する。
「アジェンデの民主連合と協定を結んだキリスト教民主党政権の離脱工作、反アジェンデ派への強力な支援、そしてデモ、サボタージュ、ストライキの決起などを促せ。迅速《じんそく)に計画を実行せよ」

CIAは万遍なくドルをばらまき、人々の信念を買い漁った。
同時に、アジェンデ支持派と思われる労働者たちを密かに連れ去り、大量殺害をおこなった。
サンチャゴ市民は不気味な勢力の暗躍に、ふくらんでいた明日への希望の芽を掻きむしられた。
さらに、一ヶ月以上も続いたトラック業界のストライキが、鉄道のないチリの市民生活から食料物資を奪った。

追い討ちをかけるように、前代未聞の資本家のストライキも起こった。
すべてITTと組んだCIAが、金で行わせた計画的行為である。
作品名:娘と蝶の都市伝説4 作家名:いつか京