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娘と蝶の都市伝説4

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ゴーグルもヘッドホーンもマスクも外された。
病室には片側に仕切りが作られ、映写カメラが四ヶ所にセットされた。
精神科医たちは、小窓が穿たれた仕切りの内側で待機した。
ワインスターは上半身を起こした。またたき、部屋を見回した。

じじっと、室内の映写カメラが稼動した。
『さあ、豚になったところを見せろ』
キャロン博士は、仕切りの内側で急かした。
ワインスターの頭がぐらっと動き、ベッドから足を下ろそうと、体をかがませた。
だが、足が床に着くまえに転がり落ち、床にうつ伏せになった。
ワインスターはゆっくり顔をあげ、鼻に皺《しわ)を寄せ、ふ、ふ、ふ、と息を吐いた。

『ぶ、ぶ、ぶ、と鳴け。それじゃあ、豚とは分からんだろう』
キャロン博士が心で叫ぶ。
ついでワインスターは、前足を突っ張り、鼻で臭いをかぐ仕種《しぐさ)をした。
いまにも、耳がぱたぱた動きだしそうな気配だった。
甲高《かんだか)い声と低い声が混じった、妙なうめき声だった。
目が潤《うる)み、今にも涙があふれそうだ。

歩きだす四本の足が、右に左によろけかかる。
『いいぞ、そのまま手と足で歩け』
キャロン博士には豚になったワインスターが、馴れない四本足に途惑っていると映った。
開いたドアの外は、廊下である。
ワインスターが尻を振りながら、よたよたと四本足で出ていく。

廊下では、三脚の上にセットされた映写機が、その姿をしっかり捕らえようとしている。
キャロン博士は、仕切りの外にでた。
豚の後を追い、病室の出入り口から外を覗いた。

十歩先にいるワインスターの尻と足の裏が見えた。
廊下のすぐ先には急ごしらえの小屋があり、中で豚が鳴き声をあげていた。
スタッフの一人が、棒で豚の尻を叩いているのだ。

だが、豚のワインスターは、じっとしていた。
『どうした。その先におまえの仲間がいるだろう。ブウブウ鳴いてるだろ』
キャロン博士は、ワインスターが豚小屋にもぐりこみ、安心しきった顔でごろんと横になる様を思った。栄光の一瞬だった。

と、ワインスターが、コンクリートの床に腹部を密着させるようにずるずるっと手足を広げ、一気に崩れた。
バンザイをした格好で、腹這ったまま動かなかった。
白衣をひるがえし、キャロン博士が駆け寄った。
ワインスターの横にひざまずき、投げだされた手首をとった。

脈はかすかだった。
「心臓マッサージ」
スッタフに命じた。患者の健康診断はきちんとしていた。
異状はなかった。
「強心剤」
必死の救命作業がつづいた。



後年、アラン研究所のキャロン博士に資金を提供したCIAは、元患者たちの家族に訴えられ、多額の賠償金を支払らわされた。
告訴人のリストの中には、ワインスターの妻のエミリの名前もあった。
だが、告訴され、敗訴したCIAは、これらの実験に重要な情報の存在を探りだしていた。以下がその結論である。

『独房に入れ、耳栓をし、頭巾を被せ、手枷足枷をする。考えたり、話したり、人間らしいふるまいはいっさいさせない。これらは自己防衛力を弱め、思考や記憶、感情のコントロールを失わせる』

『電気ショック、殴打、大音響、強烈ライトなど、または言葉などで人の心に混乱を引き起こせば、極度の恐怖心のため、理性的な判断能力が失われ、自己の利益が守れなくなる』
『ショック状態の継続で、麻痺《まひ)、仮死状態と進行すれば、暗示にかかりやすく、命令に従いやすくなる。尋問者の要求のままに自白し、信念を放棄する』



アメリカのシカゴ大学経済学部の教授、マルトン・フラードマンは、キャロン博士と同じように、より自由で活動的な経済状態を作りだすためには、政府の規制、貿易障壁、既得権などすべてをなくし、社会を白紙状にすればよいと考えた。
白紙状態になった自由経済こそが、経済をより発展させる最良の方法であると。

フラードマンの提案は、アメリカの巨大企業や資本家たちに歓迎された。
この方法を用いれば、資本力のある彼らは、いくらでも他国から利益が追求できた。
ここで唱える自由とは、自分たちに都合のよい自由であり、利益とは個人とその関係者の利益であり、その国の国民の利益とはほとんど関係がない。

『以上が《人間を作り変え研究)のあらましです。最後にマルトン・フラードマンの説も加えておきました』
サンチャゴの超粘菌の口調が、重苦しく感じられた。 
作品名:娘と蝶の都市伝説4 作家名:いつか京