娘と蝶の都市伝説4
4-4 奪われた中南米カリブ海諸国
1
アメリカがメキシコから奪ったカリフォルニアで、金《きん)が発見された。
1849年から始まったゴールドラッシュだ。
一攫千金《いっかくせんきん)を夢見る男たちが、東海岸から西海岸に押しかけた。
しかし、広大なアメリカ大陸を幌馬車《ほろばしゃ)で横切るのは、命がけの冒険だった。
そこで彼らは、船でカリブ海をパナマに渡り、そこからもっとも幅の狭い五一キロのアメリカ大陸を横断した。
そして再び船で太平洋を北上し、カリフォルニアを目指した。
これに目をつけたアメリカの船会社が、パナマ横断鉄道を計画する。
五年をかけて鉄道が完成したとき、アメリカは『自国の財産と国民の保護』といういつもの手を考えた。
同時に鉄道沿いに、運河の掘削《くっさく)も計画した。
当時、パナマはコロンビアの領土だったが、コロンビアはパナマ運河の建設権をアメリカに与えなかった。
するとアメリカは、パナマに独立運動を起こさせた。
その独立運動を助けると見せかけ、最後は自分たちが乗っ取るのである。
とにかく、独立運動を起こした一派が、コロンビア政府に独立を宣言する。
アメリカが承認すれば、新生国家パナマが誕生してしまうのだ。
運動員が少なければ、陰の主催者はいくらでもアメリカから派遣するつもりだった。
ところでアメリカは、ここでもう一枚企んだ。
独立運動のリーダーとの間に介在人を作ったのだ。
そして、パナマ運河運営の契約を勝手に交わしてしまうのである。
『運河地帯の両岸16キロはアメリカの主権の範囲、期限は永久』という内容だった。
条約内容を知ったパナマの新政府側が抗議をした。
しかし、これらの内容を認めなければ独立の承認を取り消すと脅した。
1904年、パナマはこうして完全にアメリカの属国となった。
2
ユナイテッドフルーツ社は、パナマの鉄道沿線のバナナ園で成功した。
ついで他の中南米、キューバなど、カリブ海諸国に次々とフルーツ農園を拡大していった。
1898年、グアテマラでエストラダ・カブレラ将軍が大統領に就任する。
ユナイテッドフルーツ社によって賄賂《わいろ)漬けにされたカブレラ将軍は、ユナイテッドフルーツ社に有益な法律改正を次々に行った。
バナナの販売権、郵便事業、太平洋岸のプエルト・バリオス港の使用権、鉄道沿いにバナナ農園を開拓する権利などを無償で与えた。
1931年、ユナイテッドフルーツ社は、前大統領のカブレラよりも、もっとアメリカ寄りの独裁者、ウビコ将軍を大統領に就任させた。
ウビコは、進出するアメリカ企業に免税特権を与える一方、秘密警察を組織し、反政府を唱える住民を捕らえ、処刑した。
また外国の土地の所有は認められていないはずなのに、ユナイテッドフルーツ社は次々に土地を購入し、グアテマラ一の土地所有者になっていた。
1944年、民衆がついに立ち上がった。
大統領のウビコはアメリカに亡命し、グアテマラ革命が達成される。
翌年、大学教授のアレバロが選挙で当選し、民主政権が誕生する。
アレバロは早速、労働環境の改革に乗りだした。
アメリカの新聞や金を掴まされた地元の新聞が書きたてた。
『アレバロ大統領は共産主義者で、資本主義の敵である』
今まで、アメリカの介入を苦々しく思っていたアレバロ大統領は、アメリカ大使を国外に追放した。
即座にニューヨークタイムスが報じる。
『アメリカは、グアテマラの社会や経済の発展に貢献してきた。グアテマラ政府の態度は侮辱的である。アレバロは《共産主義者)の正体を暴露した』
アレバロに代わり、ハコボ・アルベンスが大統領職を引き継いだ。
アルベンスは民主的な政策をさらにおし進めた。
手始めに、アメリカの会社が経営する鉄道に沿って、高速道路を建設する計画を立てた。
そして、独占的な価格を設定しているアメリカの鉄道会社に、運賃を下げるよう勧告した。
さらにユナイテッドフルーツ社には、税金をまともに払え、と当たり前の要求を突きつけた。
前政権が計画していた農地改革も、積極的に進められた。
改革法の適用で、ユナイテッドフルーツ社は、八割ちかくの土地を没収された。
ユナイテッドフルーツ社は怒った。
アメリカ政府がユナイテッドフルーツ社に代わり、グアテマラ政府に補償金を要求した。
だが、拒否された。
グアテマラはアメリカの巨大国家と比べれば、砂粒のような国である。
「グアテマラなんか、ひとひねりで潰してやる」
アメリカ政府は鼻で笑った。
3
1946年、アメリカはパナマに『アメリカ軍学校(SOA)』を開設した。
そこに南米、中南米カリブ海諸国の優秀な軍人を集めた。
大掛かりな計画だった。資金はアメリカの国防費からでていた。
中南米カリブ海諸国の貧しい若者にとって、経済格差のある大国、アメリカは憧れの国だった。
しかもエリートとしてアメリカ軍学校に入学し、卒業して帰国すれば出世コースが用意されていた。
選ばれた者は天にも昇る気持ちだった。
まず、アメリカは自由の国、正義の国、民主主義の国、人権の国、アメリカンドリームの国、共産主義や社会主義は悪であり、規制のない自由でグローバルな社会経済が自然な姿であり、社会に繁栄と幸せをもたらす──と学校は教えた。
基本的な軍事訓練を終えると、いよいよ本格的な教育に入る。
『デモやストを行う者を取り締まる方法』『反政府側の鎮圧《ちんあつ)と弾圧の方法』『政府を非難する者を取り締まる方法』『心理作戦』『尋問方法』『クーデターの起こし方』『クーデターの後の統治方法』『反政府市民の拷問《ごうもん)と暗殺方法』『狙撃手《そげきしゅ)の訓練方法』『諜報機関の作り方』などのテーマが並ぶ。
なんだこれは、とつぶやきが聞こえてきそうだ。
アメリカ軍学校は、中南米カリブ海諸国の軍人を、アメリカの意のままに動かす人材養成機関だったのである。
選ばれたエリートたちは自然に悟る。
自分たちは出世コースを歩んでいる、やがては自国の大統領も夢ではない、背後にはアメリカがついていると。
こうして育てられた軍のエリートたちは、自国の国民ではなく、アメリカのために働く。
もちろん軍人ばかりでなく、アメリカに留学する一般の優秀な学生も同じである。
アメリカ陸軍学校の卒業生で、ラテンアメリカ九ヶ国で十四名の大物が活躍し、その他、暗殺集団や麻薬取引集団、私的秘密警察集団などを組織する者は数知れない。
南米・中南米に放たれた訓練済みの生徒のほとんどが、CIAとの密接な関係を持ち、陰でデモ、クーデター、ゲリラ、麻薬、暴力、汚職、殺人、誘拐などに関係している。
2001年には、ラテンアメリカの軍幹部を対象とし、アメリカのジョージア州に学校を移転させ、『西半球安全保障研究所』(WHINSEC)と名前を変え、現在も存続している。
卒業生たちはラテンアメリカだけではなく、世界で活躍中だ。
4
さて、民主主義の国、グアテマラはどうなったのか。
アメリカはマイアミに放送局を設け、グアテマラは共産主義の国だと中南米諸国に訴えた。
グアテマラを解放せよと国民に呼びかけ、解放軍の兵士を募った。