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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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 優奈が会ったのは、去年が初めて。でも、実際にはそれよりも何年も前に、ネオン姉さんは店に来ている。自分が幼稚園の年長組だったから、八年前ということになる。よく覚えているのは、健が事故で右足首を骨折し、自分がシールをダッシュボードに隙間なく貼っていたデミオも廃車になった年だったから。病院の壁の色とか、灰色に見える健の顔色とか、色々な記憶が断片になって漂っている。このとき助けてくれたのが中林環境サービスのトラックで、剛がその場で止血していなかったら命を落としていた可能性もあったと、医者が言っていた。それが秋の話。ネオン姉さんは、健が無事退院して続けざまに雀荘が臨時休業に入った後、冬に現れた。
 三人が何を話していたのは、知らない。楽しくない話だということだけは、伝わってきた。なぜなら、ネオン姉さんが帰っていった後の両親は、今までに見たことがないぐらい、感情のボリュームが絞られた表情をしていたから。丸川夫妻には、家族の前で喜怒哀楽を隠すという発想がない。どれを表現するときも、全力だ。だから、あの変な表情を引き出してみせたネオン姉さんのことは、今ひとつ好きにはなれない。
 ただ、その年の暮れに雀荘がそのまま廃業したことだけは、よかったと思う。あの独特な暗い雰囲気は、正直苦手だった。それからは喫茶店の雰囲気も明るくなった気がする。
 礼美すら自分の世界に入り込み、会話の輪に自分だけが取り残されていることに気づいた優奈は、手拍子をするように両手を胸の前に合わせて、甲高い破裂音を鳴らした。修哉が顔を向けたタイミングで、優奈は言った。
「後藤くんの周り、夜バイクとかうるさくない? うちの近くはたまにうるさいんやけど、昨日やっと見てん。赤のバイクと緑のバイクやった。カップのうどんみたいな組み合わせやろ。とんだ地獄のライダーやで」
 正門の目の前を横切る横断歩道の前で立ち止まると、修哉は愛想笑いを返した。短い通学が終わり、正門をくぐったらその空気は一変する。生活指導の川茂に挨拶し、校舎の中に入る直前、修哉はようやく相槌を打った。
「うちの周りにも、おるかもしれん」
 赤のバイクと並走する、緑のバイク。その『地獄のライダー』は多分、拓斗のことだ。修哉はスマートフォンを鞄からこっそりと出して、メッセージを打った。
『夜中走ってるん、中学校でクレームになってる様子です』
 不肖の兄へ素早くメッセージを送ったとき、自転車置き場の手前で同級生数人が逸れてきて、修哉はスマートフォンの画面を見つめたまま自転車ごと右に大きくずれると、誰とも触れることなくやり過ごした。その様子を見た優奈は、声を上げて笑うと言った。
「レーダーついておわす?」
「おわさんけど、なんとなく分かる感じかな」
 修哉は足を止めると、顔を上げた。優奈と礼美とは、ちょうど自転車置き場のところで一旦会話を打ち切らなければならないし、再開するのは教室だが、今日は二人ともテンションが高く、ペースが狂っているように見える。いつもは優奈を抑え込むはずの礼美ですら、足を止めていつの間にか輪になっている。
「優奈、絶対によけへんもんな。鞄ベコベコやもん」
「わたしはマジで鈍いから、悪気はないんやけどほんまごめんって感じ。でも、後藤くんが急によけたりできんくなって、ぶつかりまくったら面白いな」
 優奈が重力に任せるように早口で言い、修哉は笑った。
「生きて卒業できんわ。こっちの反射神経を鍛えて回避した方が、コスパいいでしょ。じゃ、また教室で」
 そう言って自転車置き場に入ると、修哉は前輪をスタンドに入れた。ついてきた優奈と礼美が様子を観察していることに気づいて、苦笑いを浮かべながら振り返った。
「多分やけど、二人とも寝てないよな?」
 
 
 三国は通学路からようやく抜け出して、少し高鳴る心臓の上に手の平を当てた。ちょうど後ろを歩いていたから、例の女子中学生と友達と思しき男子生徒の会話は嫌でも耳に入り、今は頭の中に意味のない単語が詰め込まれている。その混雑ぶりは、本来の用事が通り抜けられないぐらいだ。T8000とクロスワードパズラーカジキは、おそらくカウンターの二人。ゴウとマリは、大声で話していた男と、その妻。娘は、女子中学生の明るい方。苗字は『ナカバヤシ』で、名前は『ユウナ』。喫茶店の娘は『マルカワ』。そして、合流した男子生徒は『ゴトウ』。ふと頭に浮かんだのは、愛実が育った姿。まだまだ先に思えるが、十年などあっという間に過ぎるのだろう。そのころには、自分と雪美は四十歳になっている。
 なれるのだろうか。朝日を横顔に浴びながら、三国は歩くスピードを上げた。吹谷と柿虫が朝飯を食べに行ったチェーンの食堂の隣には、ホームセンターがある。早く、セフィーロの車内に撒く漂白剤を買う必要がある。ひと通り証拠を消したら、もう一度積荷を探して今度こそ見つけ、この仕事のために用意した拠点の倉庫に電車で向かい、それぞれ車を回収する。誰が積荷をトミキチへ持って行くはさておき、そこまで来れば、仕事はほぼ終わったも同然だ。段取りを考えながら無意識に路地に入り込んだ三国は、食堂の裏口から駐車場を覗き込んだ。現場の人間がひと通り立ち寄った後らしく、車はまばらだ。鮮やかなターコイズブルーのトラックが一台停まっていて、荷台には丸ゴシック体の白文字で『中林環境サービス』と書かれている。喫茶店で大声で話していた、終わらない人生の春をずっと謳歌しているような男。情報を組み合わせるなら、名前は中林剛で間違いないだろう。これが家業だとしたら、あの自信満々な態度も納得できる。運転手が店から出てきて運転席に飛び乗り、エンジンをかけるのと同時に発進させた。前のめりな雰囲気は、社員まで徹底しているらしい。車体を激しく揺すりながら中林環境サービスのトラックが出て行ったとき、入れ違いにダイナルートバンが入ってきて、三国は思わず電柱の後ろに体を隠した。九十七年型で、あちこちに雨の跡が黒い筋となって残っている。
 モッサンの車だ。電柱の陰から様子を窺っていると、助手席からうんざりした表情のヤマタツが降りてくるのが見えた。背が高い上に全体的に体格が大きいが、その顔はあちこちに子供のころの面影を残していて、かなりの童顔だ。そして、その出で立ちは機械のように変わり映えしない。上着は必ずミズノのジャージで、色違いを何着も持っている。関心がないことには、コンマ一秒も気を遣わないタイプの人間。実は博学で、トミキチからは頭脳と体力の両方を持つバランス型として重宝されている。だから単体なら、まだ話は通じる。
 しかし、モッサンも一緒だと話は別だ。枠をほとんど無視して停まったルートバンのエンジンが止まり、モッサンが運転席からひょいと飛び降りるのが見えた。ヤマタツと並ぶと親子に見えるぐらいにしわが刻まれた老け顔で、その視線は野生動物のように忙しない。スポーツ刈りで額が狭いヤマタツと並ぶと、まばらに禿げあがったモッサンの頭は事故現場のようにすら見える。福笑いのようにあべこべな特徴を持つ、身長百八十センチ、体重八十キロ越えの大男コンビ。三国は息を整えながら、ふと思った。あの二人は、一体どうやってここに来たのだろう。 
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ