小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Sandpit

INDEX|7ページ/58ページ|

次のページ前のページ
 

 窓に映る顔を見て、三国は険しい表情を意識的に緩めた。トミキチに『お前は目つきが悪い。髭を剃って、襟のある服を着ろ』と言われたのは、七年前。そのころにはすでに、二人殺していた。無精ひげに、襟首が歯型のようにぐちゃぐちゃになったバンドTシャツ、色褪せたジーンズという組み合わせが基本形だった。吹谷の腕にはまだ刺青がなく、柿虫とは面識すらなかった。三国は昔の関係性を思い出しながら、コーヒーを飲み干した。当時、人を殺したことがあるのは自分だけだった。今となっては、吹谷も数人殺しているから、その力関係は昔ほど一方的ではない。
 だからこそ、色々と急がなければならない。
 空っぽになった皿に紙ナプキンを置き、三国は伝票を掴んで立ち上がった。会計を済ませて外に出ると、中学生の波を避けて歩道の端に寄った。路上駐車したままのアコードから視線を逸らせたとき、ずっと大声で話していた小男が、待ち構えていたようにテーブル席からカウンターに移るのが見えた。よそ者がいなくなったから、これから本当の『会話』が始まるのだろう。頭を切り替えて、中学生の波に合わせて歩き出すタイミングを見計らっていると、さっき開いたばかりの扉から女子中学生二人が飛び出してきて、ちょうどのタイミングで前を通った男子生徒にひとりが声を掛けた。
「後藤くん、おはざます!」
 後藤修哉は、優奈の目をまっすぐ見返せずに、やっとの思いでうなずいた。ヘルメットをかごに乗せて自転車を押しているのは自分だけで、ただでさえ浮いている。波に乗れずに歩道で立ち止まっている男を大げさに避けると、隣に並んだ優奈と礼美の方を向いて、改めて頭を下げた。
「おはよう……、ざます。丸川さんもおはよう」
「おはよざます。緊張してるなあ」
 礼美が言うと、優奈が笑いながら庇うように手を横に振った。
「でも、ざますはちゃんと合わせた」
「中林さん、いつも挨拶それやもんな」
 修哉が言うと、優奈は誇らしげにうなずいた。次の話題に移る直前に、礼美が修哉の方に顔を向けて言った
「優奈のは、ざますじゃなくて。ございますを省略しただけなんよ」
「あー、そっち? お嬢様言葉やと思ってた」
 修哉が言うと、優奈は体を折って笑い出した。
「あはは、朝からこんなテンションブチ上がってるお嬢様おらんわ。そうやとしたら、わたしがお嬢様の平均ブチ下げてる」
 礼美が笑いながら、優実の背中をぽんと叩いた。
「自分はブチ上がってんのに、平均の足は引っ張ってるんかい」
 二人が笑うペースに乗り遅れた修哉は、ぐるりと見回して周りの目を確認した。二人と話すようになったのは去年の冬で、校外グループ学習で同じ班になったことがきっかけだった。中林と丸川は見えない線で繋がっているように仲が良く、簡単には割って入れない。そう思っていたが、気づいたら見えない線の内側にいた。三人での通学も二月から始まり、すでに二ヶ月。もはや日常だ。
 学年が上がって、一年生のときに仲が良かった友達はほとんどが違うクラスになってしまったから、今のクラスの中で一番深い関係を築けているのは、お嬢様の平均を下げる話でまだ笑っているこの二人ということになる。いつも八時に喫茶シャレードの前で出くわすが、特に待ち合わせているわけではない。ただ、八時に出てくることが分かってからは、その時間に合わせて十分ほど早く家を出るようにしている。二人が自分のことをどう思っているのかは、正直分からない。
 そもそも、学校では成績や学校用の立ち振る舞いしか見えない。実際の後藤修哉は、変なものが好きな、風変りな中学生だ。兄の拓斗にすら、変人扱いされている。昔から、何かの跡地や廃墟のような、誰も立ち寄らない場所が好きだった。そう言う意味では、町を抜けると急激に寂れるこの街は絶好の立地だ。それだけでなく、今はクラスの誰とも話が合わないような外国の音楽が好きで、拓斗にも聴かせたところ、すぐにヘッドホンを外して『拷問』と結論付けた。問題は、どこから嗜好の火花が発するのか、自分でも全く分からないということだった。
 ようやく笑い終えた優奈は、後ろを振り返った。修哉は考え事をすると、電車のように黙々と動き続ける機械になる。そういうときは、無駄に話しかけるより礼美と話し続けた方がいいと学んだ。修哉は自分だけが会話の輪の外にいても、全く気にしない。優奈は礼美に言った。
「今日、T8000、クロスワードパズラー梶木、剛とマリ、常連みんな揃ってたな」
「こういうとき、絶対にお父さんお母さんって言わんな」
 礼美が言うと、優奈は肩をすくめた。
「あの店におるときは、ほんまに嫌い。まあ好きなときも、あんまりないんやけど」
 修哉がふと顔を向けて、苦笑いを浮かべながら言った。
「家庭の話? 耳塞ごか?」
 優奈は大げさにため息をつくと、修哉の肩からぶら下がる鞄を引っ張った。
「はい、また一歩引いたー。そこで距離空けるん、なしやで?」
「そこだけ距離詰めても、なんかイヤな奴やん」
 修哉が言うと、礼美が深くうなずきながら、優奈の体を修哉から遠ざけた。時間切れに滑り込ませるように、優奈は早口で応じた。
「聞いてて。なんにも知りませんって顔で。でもな、共感してて実は。しくしく泣いてほしい、夜に。わたしの代わりに」
「朝から、倒置法どんだけ使うねん」
 礼美はそう言うと、修哉が耳を開いていることを確認するように、その横顔をちらりと見てから言った。
「ネオン姉さんがおったら、完璧やったな」
「あー、会いたい。でもあの人は、夜しか来んよね」
 優奈は、宙に向かって呟いた。礼美はうなずきながら、相槌を打つことなく会話のボールを離した。優奈が修哉のことをどうしても放っておけないのと同じ気持ちかは分からないが、修哉もある程度、優奈のことが好きなのだろう。見守る立場としては、今よりもずっと仲良くなってほしいし、優奈が好きなことはちゃんとメモして、今後の参考にしてもらわないと困る。だから、ネオン姉さんも覚えていてほしい。
 ネオン姉さんの本名は、岡安寧々。去年、優奈と二人で文化祭の準備をやっていたとき、十八時半のラストオーダーぎりぎりで、ネオン姉さんは現れた。母とは顔見知りらしく、同い年。コマーシャルに出てくるような黒髪のワンレングスに、三十九歳とは思えない若々しい身のこなし。おまけに、優奈と同じで絵の才能があり、教室に貼り出すポスターの配色を手伝ってくれた。優奈が会ったのはその一回だけだが、すぐに『ネオン姉さん』というあだ名をつけて、それ以来憧れの存在になっている。
 礼美はネオン姉さんの立ち振る舞いを頭に呼び起こした。優奈にとっては憧れの人でも、自分の将来像とは百八十度異なる。目が大きくて全体的にキリっとしているから、外見には憧れる。でも、とにかく声がよく通って上品さはあまりない。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ