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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 思わず廊下に足を踏み出したとき、細いワイヤーのようなものに足首が引っ掛かり、三国は前のめりに転倒した。こんな調子では、雪美と愛実を起こしてしまう。そう思って立ち上がろうとしたとき、釣り糸のような仕掛けが足に食い込んで、全く身動きが取れないことに気づいた。さっきと同じ低い音が鳴り、それは少しだけ近づいていた。三国は体を起こして足を強く引いたが、その行動はさらにワイヤーの締め付けを強くしただけで、足首から細く血が伝った。
 状況を理解できないまま直感的に頭が思い起こしたのは、頭をサッカーボール代わりにされていた紺野の顔だった。あれは、モッサンの殺しじゃない。そう思ったとき、目の前でドンと音が鳴った。思わず目を閉じたとき、何かが自分の頭にぶつかって、止まった。
 柿虫は、水を切るように血まみれの手を振った。ヤマタツには、自分が好きなことをやれと言われた。だとしたら、思いつくことはひとつしかなかった。廃墟で三国の財布をすったのは、本職がスリだからというだけではない。もしかしたら、チャンスが訪れるかもしれないと、どこかに期待があったからだ。スリだけでなく、殺しも自分にとっては天職だ。特に力で負けようのない小動物や女子供が相手だと、歯止めが利かなくなる。
「おかえりなさい」
 柿虫の言葉に、三国は目を開けた。切り離された雪美の頭と、目が合った。柿虫はベッドの上に横たわっている愛実の顔を頭に浮かべながら、恥ずかしそうに笑った。
「もう一個ありますんで。はい」
     

「まあ、高校は行かしたろや」
 剛はそう言うと、高速道路の出口を猛スピードで通り抜けた。マリはドアグリップを掴みながら、パーラメントをくわえたまま口の隙間から煙を吐き出した。
「ほんまに、やらすつもりなん」
「優奈は、目がええねん。あいつは絶対伸びる」
 密輸稼業は終わった。喫茶シャレードも使えないだろうし、我妻と梶木も消えた。しかし、仕事はあちこちに散らばっているものだ。剛は手足のように記憶している地元の道を走らせながら、考えた。生まれたのは隣町だが、どちらかということこの町の方が故郷のように感じる。思い返せば、ずっと人の面倒を見てきた。不思議だったのは、恩を感じた人間がそれを返して貸し借りなしにしたがることで、それは、剛自身には理解できない行為だった。みんな、こちらが頼んでもいないのに、わざわざポケットの中に入り込んで来ようとする。それを利用すればいいと考え始めたのは、小学生高学年のころだった。今でも、恩という概念については、よく分からないままだ。
「あとは、また声掛けて回りますわ。得意先に、食い詰めた奴がひとりおるねんけどな」
 剛が言うと、マリは窓を開けてパーラメントの吸殻を投げ捨てた。 
「また、人集めかいな。次は、何すんの?」
「それを、これから考えるんやないかい。とりあえず、今回の残党狩りはするど。全員、いてこましたるわ」
 剛は中林環境サービスへ続く道に折れると、赤信号でクラウンを停めた。
「片付いたら、寧々は中に戻ってもらう」
 マリは肺に残った煙を薄く吐き出すと、気まずそうに肩をすくめた。
「今度こそ、出られへんのちゃう?」
「それが狙いでんがな」
 剛は歯を見せて笑った。後続のトラックが反対車線に入って追い越していき、赤信号を無視して走り去ったとき、笑顔を一瞬だけ消した。
「危ないのー、赤やっちゅうねん。マリ、優奈に愛着湧いてるんちゃうか?」
「まだ、子供やからな。加減したってほしいわ」
 マリは呟くように言うと、窓の外を見つめた。剛はハンドルをこつこつと叩きながら、言った。
「可愛い子にこそ、旅をさせよ。って、ちゃうか」
「梨沙子を見殺しにしたやん。あれが、気になってるんよ」
「昌平が死んだ以上、梨沙子はいつかおれを刺しにくる。んなもん、自分がプッスーいかれんの見えてて、ほっとけるかい。寧々が吹き込んだら、あいつは何でもしよるからな」
 剛は早口でまくし立てた後、トラックが大回りしてUターンするのを見て、感心したように小さくため息をついた。
「法は守らんけど、運転は上手いの」
 ふそうスーパーグレートはクラウンと向かい合わせになると、スピードを上げ始めた。西川は、ギアを次々に上げた。五速に入り、時速八十キロを超えたとき、確信した。家族から選ばれることはなかったが。
 自分はいつだって、梨沙子と昌平を選ぶ。
 スーパーグレートがクラウンと正面衝突したとき、すぐ後ろに建っていた電柱と車体の間に挟まれてマリが即死し、剛は、勢いよくクラウンに乗り上げた巨大な車体に押し潰されて死んだ。田んぼに転落したスーパーグレートのキャビンから火が噴き上がったとき、電線が火花を散らしながら切断されて、周りの建物から電気がふっと消えた。
 最初の消防車が到着したのは、西川が焼死してから十五分が経ったときだった。
   
   
 朝の七時。常連客がいなくなった喫茶シャレードには、一見さんが二組。京美はメニューの改変を考えている。四人の内二人が、スクランブルエッグがメニューにないか、確認してきたからだ。追加されれば卵は三種類から選べるようになるが、健は全く面倒そうではなく、むしろ乗り気だ。礼美は、向かい合わせに座る優奈の顔を見ながら、言った。
「早起きは、三文の得」
「うーん、却下」
 優奈が眠そうな目で言い、礼美は笑った。
「三文は受け取ったりーや。九十円やっけ?」
 地元全体がひっくり返るような一日から、一週間が経った。目の前の電柱が折れたことで中林環境サービスは停電し、電気が再び通ったのは昨日のことだった。電気が消えている間に寧々が新しく取締役社長となり、すでにホームぺ―ジも書き換えられている。
「お母さん、社長なんやな」
 礼美が言うと、優奈は誇らしげに口角を上げた。今日、一週間の休みから学校に復帰する。周りは両親を『失った』という体で接してくるだろう。実際には『見つけた』ことになるが、そんなこと言えるわけがない。全てがあまりにも突然すぎて、剛とマリのことをちゃんと嫌いになるチャンスすらなかった。二人と話していて笑ったことや、ご飯を美味しいと思ったこと。そういう記憶は消えないし、ずっと覚えておきたい。鈴が鳴るのと同時に『コーヒーツー』と大声で言う下品な男と、その飼い主のようにミスコン立ちで店内を見回す女。その雰囲気自体は、苦手だった。でも、もう何にも手が届かないのだと思うと、やはり胸は苦しくなる。優奈は、カウンター席を見ながら呟いた。
「社長、かっこいいよなあ。わたし、生きている内になれる気がせん」
 コーヒーを飲んでいる寧々は、視線に気づいて優奈の方を見ると、口角を上げた。右手には包帯が巻かれていて、薬指はまだ自分の力で動かせない。
「交際、一週間ですかあ」
 礼美が言うと、優奈は笑った。
「それ、毎週言われそう」
 外で聞いていたようなタイミングでドアが開き、修哉が店内に入ってくるのと同時に鈴が鳴った。
「おはようございます」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ