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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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「すごい、知ってるんや。あと、シンプルに出づらいってのもある。梶木とネオン姉さんが、車庫で仕事の話してるから。私、ちょっと梶木が怖くなってて」
 健は京美の方をちらりと見て、目が合わないことを確認してから姿勢を正した。梶木は我妻と一緒に出て行ったはずだ。どうして帰ってきている?
「梶木だけが、帰ってきてるんか?」
「そう、迎えに来たっぽいよ。馬の背? に行くらしい」
「礼美」
 健は名前を呼ぶと、上着をひっかけてフライパンを片手に持った。壁に両面テープで貼り付けられたスズキソリオの鍵をひったくるように取り、京美に言った。
「京美。誰か来ても、絶対に入れるな」
「お父さん?」
 京美は服の裾を掴もうとしたが届かず、健は車庫に走り込むとソリオの運転席に座った。二度と乗らないと決めた車だが、その理由は今思えば情けない。一度殺されかけたことで、単に怖がっていただけのことなのだから。電話の向こうで礼美が待っていることに気づき、エンジンをかけながら健は言った。
「絶対に、屋上から出るな」
 馬の背は、我妻と梶木のホームグラウンドだ。高遠もおそらく、そこに埋まっている。その目的は、後腐れなく人を殺すという、ただ一点だけ。
 だとしたら梶木は、寧々を殺すつもりだ。


 修哉は、梶木と寧々がこちらに気づいたとき、スマートフォンのロック画面を見ていた。拓斗からメッセージが届いている。ロック画面を解除しようとしたとき、隣に立つ優奈が頭を下げて、寧々に言った。
「仕事の話ですか?」
 寧々はうなずくと、修哉の方にちらりと目を向けた。
「うん、お帰り。さっき、外におった子やね」
「こんばんは。後藤です」
 修哉は失礼にならないよう、スマートフォンを一旦ポケットに仕舞いこんで、頭を下げた。梶木は皮手袋を作業着のポケットから引き抜くと、寧々に言った。
「入れ違いになりましたけど、行きますか?」
「そうやね。優奈ちゃん、ちょっと出かけてくるわ。大事な用事があって」
 寧々が言い、優奈は言いたかったこと全てを遠慮したように、一歩引いた。
「行ってらっしゃい」
 修哉は、優奈の悲しげな横顔を見て、目を伏せた。ここでテンションが下がるのは、正直見たくない。でも、中林家にいる大人というのは、自分が知っている両親と違って、どこか独特なオーラを持っている気がした。目を見れば、色々なことが頭の中を渦巻いているのが、すぐに分かる。でも、核心に触れそうなことは何も言わない。梶木がジムニーの運転席に座り、寧々が助手席のドアを開けたとき、修哉はスマートフォンを再びポケットから取り出して、メッセージを眺めた。
『水島、車のトランクにずっと閉じ込められてたらしいわ』
 自分の勘は当たっていた。修哉は、助手席のドアが閉められたジムニーを見つめる優奈を誘い込むように、画面を見せた。顔を近づけてきた優奈は、目を大きく開いた。修哉は返信を送った。
『誘拐やん』
 すぐに既読がつき、長めの返信が画面に表示された。
『実行犯は二人おって、ひとりは中林の工場? ってとこに行ったらしい』
 優奈が息を呑んだとき、追伸のように短いメッセージが届いた。
『これって、優奈ちゃんの家のことか?』
 ジムニーのヘッドライトが点いたとき、修哉は何も言うことなくその前に立った。シートベルトを締めた梶木が気づいて、寧々の方を向いた。二人が顔を見合わせたとき、優奈は修哉の肩を掴んだ。
「後藤くん、危ない」
「こいつが、誘拐犯や」
 修哉は、静かにアイドリングを続けるジムニーを見つめた。青白いヘッドライトは冷たくて異様に明るく、ほとんど脅迫のように感じられる。だとしたら、今回だけは絶対に道を譲らない。この男は水島を誘拐した犯人で、優奈の母親をどこかへ連れていこうとしている。そんなこと、許すわけがない。
 梶木が、転回する場所を求めるようにジムニーを後ろへ下げて右へハンドルを切ったとき、修哉は車に近づいて運転席の窓をコツコツと叩いた。梶木がうんざりした表情で窓を下ろしたとき、言った。
「水島さんを誘拐しましたか? 兄の友達です」
 道を尋ねるような口調に、優奈は首を横に振りながら修哉の背中を掴んで、言った。
「ほんまに危ないから、車から離れて!」
 シートベルトを締めようとしていた手を止めて、寧々が言った。
「梶木、何の話?」
「なんでしょうな」
 梶木はクラッチを踏み込んでシフトレバーを一速に入れると、ドアをロックした。このまま急発進すれば、もしかしたら優奈の体を多少引っかけることになるかもしれないが、外へは出られる。寧々がどれだけ騒いだとしても、狭い車内での抵抗など、すぐにねじ伏せられる。
 後ろでタイヤの軋む音が鳴り、優奈は振り返った。青色のスズキソリオが一度下がって軌道修正すると、車体をがくんと沈ませて猛然と加速し始めるのが見えた。優奈が修哉の体を強く引いて真横に避けたとき、ソリオはジムニーの運転席側にまっすぐ突っ込んだ。シートベルトを締めていなかった寧々は助手席の窓を頭で割り、ドアロックを解除して転げ落ちるように車外へ出た。
 礼美は、屋上から信じられない光景を見た。家のソリオが猛スピードで車庫に入っていき、衝突音が鳴り響いた。屋上から出るなと言われたが、こんなことになるからとは、聞いていない。ついさっき、通話していた健の後ろでは『ETCカードが挿入されていません』というアナウンスが聞こえていた。だとしたら、ソリオを運転しているのは健だ。礼美は、階段を二段飛ばしで下り始めた。
 運転席とセンターコンソールの間に挟まれた梶木は、ほとんど引きちぎるような勢いで、折れた右足を引き抜いた。エアバッグが展開したソリオから降りた健は、ふらつきながら立ち上がった寧々に言った。
「ついていくな。そいつ、殺す気やぞ」
 頭から血を流す寧々の手を掴んでトラックの方へ移動させようとしたとき、優奈が叫んだ。
「危ない!」
 健は咄嗟に振り返り、目の前まで近づいていた梶木が振ったナイフの刃を避けた。バランスを崩した梶木の頭が無防備になり、健はそこへ力任せにフライパンを振り下ろした。鋼材が落下したような大きな音が鳴り、健は振りかぶると、二発目を叩き込んだ。うずくまるように倒れ込んだ梶木の右手が横に素早く動き、健は右足首に刺すような痛みを感じて後ずさった。そのまま優奈と修哉の方を向くと、柄が曲がったフライパンを持ったまま叫んだ。
「逃げろ!」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ