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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 礼美が言い、優奈は笑った。体がふわふわする。本当に体が軽くなって、宙に浮けそうに感じるぐらいだ。自分の中でずっと引っ掛かっていた、剛とマリの持つ雰囲気。おかしいとまでは思わなかったが、二人とは本当に共通点がないし、どう贔屓目に見ても全く似ていない自分に、常に違和感があった。
「そんなん、滑らん方がおかしいって。わたしやったら、知った瞬間に大声出してる。どうやって分かったん? てかネオン姉さんって、もしかして剛と血縁あるんかな?」
 優奈が言うと、礼美は誰にも聞かれたくないように小声で答えた。
「大人同士の会話を、小耳に挟んだんよ。お父さん? の妹やって」
「それ大耳。あはは! ヤバい、レミたんの小耳デカすぎ。いや、剛って血の繋がりめっちゃ重要視するから。それで分かったわ。ネオン姉さんって、うちの専務でもあるんよ」
 優奈はひとしきり笑うと、目に浮かんだ涙を拭って、言った。
「なあ、マジでわたしは大丈夫。てかさ」
 礼美が静かになったとき、優奈は中林環境サービスの建物を見上げながら、言った。
「これ、レミたんから聞けたんが、ほんまに良かった。他の誰から聞いても、素直には喜べんかったと思う」
 その言葉を聞いた礼美は、返事の代わりに出てこようとする涙をこらえて、上を向いた。そのまましばらく沈黙が流れた後で、優奈が言った。
「あ、ごめん。話の腰バキバキやんね。梶木さんがおるん?」
 礼美は現実に引き戻されて息を整えると、抑えた声で言った。
「今日、うちの両親と昔話をしてて。色々聞けば聞くほど、梶木が怖くなってきてさ」
 梶木が怖いのは、雀荘のオーナーである高遠を殺しているからだ。でも、自分の口からは到底言えなかった。ただ、危険人物だということだけ、分かってくれればいい。礼美は唇を噛んでこらえると、続けた。
「なんとなくやけど、ネオン姉さんと話してるのが、心配になる」
 やっと頭を起こす勇気が出てきて、礼美は立ち上がって道路を見下ろした。優奈は首を傾げていたが、礼美の姿に気づくと細長い腕をぶんぶんと振った。
「レーミたーん。いや、そこは大丈夫やと思うけどなー。梶木は、今でも剛に頭上がらんし。あー、でも大人の話に割って入ったら、怒られるかな? 知らんふりして近づいて、いきなり驚かせたいわ」
 修哉は、優奈が大げさなジェスチャーを交えながら早口で話す様子を見惚れたように眺めていたが、スマートフォンがポケットの中で震えたことに気づいて、手に取った。拓斗からで、朗報だった。
「中林さん」
 修哉はそう言って、スマートフォンの画面を掲げた。
「水島さん、見つかった。無事やって」
「マジで? お兄ちゃんカッコ良すぎん?」
 優奈はスマートフォンから顔を離して言うと、感極まったように泣き顔の寸前まで辿り着いたところで、笑顔に切り替えて通話に戻った。
「レミたん、今日めっちゃいい日。ちょっと屋上まで行くわ。まず、うちらで話そ?」
「オッケー、分かった。私が待ってるん、なんか変な感じ」
 礼美が言い、優奈は通話を終えると修哉に言った。
「レミたんと三人で、屋上で話さん?」
「オッケー。混ざっていいの?」
 修哉が自転車をゆっくり押し始めながら言うと、優奈は同じように歩き始めて、口角を上げた。
「うちらの仲ぞ。今さら、何を遠慮してるん」
 押している自転車のチェーンがチリチリと音を立てて回る中、優奈は続けた。
「一日で、こんな変わることってあるんや。 わたし、マジで取り返せる」
 そう言いながら、優奈は礼美との会話を思い出していた。なんでも竹を割ったようにはっきりと言う性格だから、濁しているときはすぐに分かる。中林家の一員だからこそ、我妻や梶木が危ない人間だということは、よく分かっている。そしてあの手の人間は、頼まれさえすれば、どこにでも巣を作って、辺りに毒をまき散らす。剛やマリがいるから、その姿を見ても安心していたし、礼美と冗談のネタにすらしていた。
 それが笑えなくなったということは、今日、礼美も大人の世界に足を突っ込んだのかもしれない。優奈は少しずつ近づいてくる中林環境サービスの建物を見ながら、思った。自分が知っているのは、見張りとして見下ろしていた町の景色だけ。ただの夜景のようで、それは見落としてはならない情報が隠れている『仕事場』だった。今の礼美が見ている景色とは、意味が全く違う。だとしたら、喫茶シャレードの持つ意味が礼美の中でがらりと変わったとしても、全く不思議じゃない。
「後藤くん、うちら結構ややこしいかも」
 優奈が言うと、修哉は苦笑いを浮かべた。それとなく、物思いにふける優奈の横顔を見ていたが、その表情は目まぐるしく変化していた。『高林』のように見えた瞬間もあれば、暗い感情に押し潰されそうになっている『低林』のときもあって、でも今こうやって言葉を交わしているときは、そのどちらでもない表情に落ち着いている。
「おれも、ややこしいで」
 修哉が胸を張って言うと、優奈は肩を軽くぶつけて笑った。
「ややこしトリオ結成やな」
 車庫に入ったとき、奥に停められたジムニーの前で、梶木と寧々が話しているのが見えた。優奈は自転車をトラックの隙間に入れてスタンドをかけると、隣に自転車を置いた修哉に言った。
「ひと言だけ、声掛けていくわ」
「お母さんって、言うん?」
 修哉がひそひそ声で言うと、優奈は笑いながら首を横に振った。
「言わんし。後藤くんを紹介したいねん。一緒に来て」
 修哉は、ポケットの中でスマートフォンが震えたことに気づいたが、早足で駆けだす優奈に遅れないよう、その背中についていった。
   
  
 ノックをしても返事がないことは、これまでに何度もあった。京美はカスタードで覆われたタルトが乗った皿を持って、もう一度ドアをノックした。
「礼美? 夜食あるで。ご機嫌伺いのやつ」
 もう小さな子供ではないし、まさに今日、無理やり大人の話に巻き込んでしまった。こうやってお菓子で釣ろうとしていること自体が、子供だましだ。一度引き返そうとした京美は、ドアの真下から隙間風が吹いたことに気づいて、立ち止まった。恐る恐るドアを開けて、窓が半分開いている上に礼美の姿がないことに気づき、タルトを皿ごと床に落として一階へ駆け下りた。
「お父さん、礼美がおらん!」
 健はカウンターの後ろで立ったままさらに飛び上がり、店の電話機を掴み上げて、礼美の番号を鳴らした。通話が始まるなり、弁解するように礼美が言った。
「今、優奈の家の屋上におるねん。ごめん、抜け出して」
「優奈ちゃんのとこか。びっくりするやろ、なんで表から出んかってん」
 健は、京美に状況が分かるよう、情報を声に出して繰り返しながら言った。胸をなでおろした京美が椅子に縋りつくようにへなへなと崩れ、健は続けた。
「お母さんが、腰抜けたみたいになってるぞ。戻って来れるか?」
 空気が静まり返って、健が痺れを切らせかけたとき、礼美は気まずそうに言った。
「優奈と後藤くんが来るから、ちょっと話そうみたいな感じになってる。もうちょっとだけ、いい?」
「それはええけど。後藤くんって、いつも店の外で合流してる子か?」
 健が言うと、礼美は明るい声で笑った。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ