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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 トランクから離れるのと同時に、ヤマタツは落ち葉の山へ向かってオイルの缶を投げ、片手に持った散弾銃の銃口を向けながら真横へ伏せた。相手は、落ち葉の中に隠れている。そう結論付けるのと同時に銃声が鳴り、乾いた葉が爆発したように周囲へ舞い上がった。横に動いたヤマタツに合わせて我妻がオート5の銃口を振ろうとしたとき、そこにオイルの缶が激突し、二発目は大きく逸れてアコードのリアタイヤを破裂させた。水島が悲鳴を上げ、ヤマタツは立ち上がって散った落ち葉の跡に銃口を向けたが、すでに人影はなくなっていた。
「すばしっこいな」
 思わず呟いたとき、ほとんど猫のように静かな足音が聞こえ、その影が材木置き場の中に一瞬だけ映った。ヤマタツは元々辿ってきた木々の間へ入り込み、岩の後ろを通って材木置き場の反対側へ回り込んだ。
 後ろを振り返った我妻は、自由になった水島がトランクから体を起こしたのを見て、苦笑いを浮かべた。
「どいつもこいつも、ちょこまかしよってからに……」
 自由の身になった以上、全力で逃げるだろう。しかし、地の利があるこの森の中で捕まえるのは簡単だ。問題は散弾銃を持ってやってきた方で、あれは消去法でいけば山井達也だ。まずはそちらを片付けないと、どうしようもない。襲撃は、上から下へ。腕に覚えのある人間なら、森の中へ入り込んで岩の後ろから狙う。だとしたら、こっちは誘い込むだけだ。我妻は体を低く下げたまま後ろへ下がると、岩の隙間に目を凝らせた。一発でも撃たせれば、場所は分かる。
「どこ行きよったんじゃ……」
 呟いたとき、岩よりも少しだけ左側で木の枝が揺れて、我妻はその方向へ銃口を振り、銃身の先端が見えたところを狙って引き金を引いた。銃口の光で目が見えなくなり、反動で跳ねあがった銃口を元の高さに戻した後、我妻は位置を変えて片膝をついた。目に残るフラッシュのような光が落ち着いたとき、後ろで風を切る音が鳴り、我妻は振り返った。水島は、持ち上げた小型の発電機を真上から振り下ろした。呆気に取られて、我妻は自分の頭に向かってくる発電機の赤い筐体を眺めた。逃げないだけでなく、まさか自分の方へ向かってくるとは思ってもいなかった。考えを改める前に頭へ発電機が直撃し、我妻はオート5を手から離して前のめりに倒れた。水島は肩で息をしながら、その背中に向かって叫んだ。
「ノブはもう帰ってけえへん。なんで、こんなことするんよ!」
 我妻は頭に受けた衝撃に朦朧としながら、飛んでいったオート5を掴みなおす時間がないことに気づき、体をくるりと仰向けに翻した。
「ノブって誰やあ」
 その右手にM1903が握られていて、銃口が自分をまっすぐ見つめていることに気づいたとき、水島は凍り付いた。真っ黒な、恐ろしい穴。そこから、何かが飛び出してくる。覚悟を決めて目を閉じかけたとき、我妻の頭に真上からシルバーの銃口が当てられ、ヤマタツが言った。
「見るな」
 水島が目を閉じるのと同時に、ヤマタツは我妻の頭頂部に357マグナムを撃ち込んだ。銃声と共にその頭が地面に勢いよく叩きつけられ、糸が切られたように我妻の体は動かなくなった。ヤマタツは、震えながら目を閉じている水島の体を百八十度反転させると、言った。
「開けてもいいぞ。振り返るなよ」
 パンクして傾いたアコードをやり過ごし、ヤマタツは無言で水島の背中を押し続けた。真っ暗な林道脇に停まっているチェイサーに気づいて水島が足を緩めたとき、背中から手を離して言った。
「水島さんで、合ってるな?」
「はい」
 水島は振り向いて、それが自分の名前であることを初めて知ったように、何度もうなずいた。ヤマタツは言った。
「おれは山井」
「どうやって、分かったんですか?」
 水島は、右手に持っていたスマートフォンを習慣のようにリュックサックのポケットへ仕舞いこんでから、言った。ヤマタツはチェイサーの運転席のドアを開いて、エンジンをかけながら答えた。
「緑のバイクの連れが、ずっと探してた」
 拓斗だ。水島は思わず微笑んだ。サユリでもなければ、法子でもない。いつも、退屈そうに机に突っ伏しながら自分の話を聞き流していた拓斗が、見つけてくれたのだ。その笑顔を見たヤマタツは安心したように小さく息をつくと、続けた。
「丸腰で入っていこうとしてたから、止めたんや」
「ありがとうございます……」
 それ以外にかける言葉が見つからず、水島は俯いた。自分が助けてもらったからなのか、拓斗が危険な目に遭わずに済んだからなのか、その言葉の持つ意味は、頭の中で繰り返すたびに、その表情を変えた。ヤマタツが運転席に乗り込み、水島は慌てて助手席のドアを開け、シートに腰を下ろした。
 ヤマタツは待避所で大きく車体を振って転回させると、アクセルを踏み込んだ。勢い良く動く景色の中で、ずっと気にかかっていたことを思い出した。
「もうひとりは、どこへ行ったか分かる?」
 水島は目を少しだけ細めて記憶を呼び起こしてから、言った。
「中林の工場って、言うてたと思います」
 ヤマタツはしかめ面のままハンドルを握り直した。どこから辿っても、最終的には中林環境サービスに繋がるようにできているらしい。
「ほっとくか?」
 ヤマタツは、県道に出る直前の曲がり角で、呟いた。水島はカーブミラーに反射する青白いヘッドライトの光を見ながら、言った。
「殺したいです」
 ヤマタツはうなずくと、返事をすることなくチェイサーを発進させた。水島が何かに身構えるようにシャツの袖をまくったとき、苦笑いを浮かべた。
「なに、気合い入れてんねん」
 水島は袖が下りてこないよう器用に折り曲げると、鼻息を吐き出してから言った。
「殺すんですよね?」
 ヤマタツは肩を揺すって笑いながら、砂利敷の待避所に折れた。水島は、そこに明るい緑色のカワサキニンジャが停まっていて、すぐ傍で拓斗が蓋すら開いていない缶コーヒーを持ったまま、立ち尽くしていることに気づいた。
「タク……」
 水島が丸めた袖から手を離して呟くと、ヤマタツはチェイサーを急停車させて、砂煙でもやがかかったようになった窓の外を見ながら、言った。
「おれは今から、そのもうひとりを殺す。信じるか?」
「はい」
 水島が即答すると、ヤマタツは初めてその目を見て、歯を見せて笑った。
「ほな、降りろ」
 その有無を言わせぬ口調に圧されて水島が助手席のドアを開け、缶コーヒーを取り落とした拓斗が駆け寄ってきたとき、ヤマタツは中林環境サービスを地図に登録し、水島が降りてドアを閉めるのと同時にアクセルを踏み込んだ。まだ意識は鮮明だが、時間がないということだけは分かる。ヤマタツは、脇腹の真下で少しずつ広がる濡れた感触に顔をしかめた。落ち葉の中から放たれた最初の一発。真横に避けたことで真正面から食らわずには済んだが、その狙いは正確だった。
 つまり、水島の耳打ちがなければ、あの場で死んでいたのは自分だった。
 この業界で一番怖いのは、老人だ。自分は、間違っていなかった。
    
  
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ