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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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「電話は鳴らしたか?」
「呼び出しはするけど、出えへん」
「メッセージもか?」
 ヤマタツが矢継ぎ早に質問する勢いにたじろぎながら、拓斗はうなずいた。ヤマタツはジャージのファスナーを首元まで引き上げると、続けた。
「でも、SNSには位置情報が出てるんか。それが、ここなんやな」
 拓斗は、スマートフォンの画面を見せた。ヤマタツが自分のスマートフォンに位置情報を登録するのを見て、言った。
「一時間前ぐらいに、更新された」
「トランクの中やな。通知を切って居場所を発信してる。機転の利く友達や」
 地図と景色を結び付けたヤマタツはそう言うと、呆気にとられた拓斗の方を向いて口角を上げた。
「この手のことは、クソダサジャージに任せとけや。名前は水島やったな?」
 拓斗は、初めてひとりの人間として、『クソダサジャージ』の全身を眺めた。背は高いが童顔で、見た目にさほど迫力はない。ただ、何を見ても顔色ひとつ変えなさそうな冷気だけを纏っている。
「どうやって、ついてきた?」
 拓斗が訊くと、ヤマタツは呆れたように笑った。
「こんなうるさいバイク、地球の反対側におっても分かるわ。よう、捕まらんな」
 言いながら、ヤマタツは柿虫や他の連中を放って『この道』を選んだのは正しかったと、改めて自分に言い聞かせた。バイクが消え去る前に後を追わないと、ここへは来られなかった。そして、やはり自分には役割が残されていた。ヤマタツは自販機の前まで行くと、ホットの缶コーヒーを買った。荒っぽく逆さまに落ちてきた缶を引っ張り出すように取り上げると、拓斗に投げて渡し、言った。
「それ飲んで、待っとけ。三十分待って帰って来んかったら、通報しろ」
 ヤマタツは返事を待たずにチェイサーの運転席に乗り込むと、砂利を弾き飛ばしながらバックで出て転回させ、私有地の看板が立つ分岐路まで戻ったところでヘッドライトを消した。地図の縮尺からすると、私有地の看板から一キロほど。運転席から降りると、ヤマタツは枯葉と土が入り混じった細い道を見つめた。タイヤの痕は二種類あり、それぞれ軽自動車と普通車のようだった。確証はないが、シルバーのジムニーと白のアコードだとすれば、辻褄は合う。普通車のタイヤの痕は一方向だが、軽自動車の方は二重になっていた。ということは、軽自動車の方は出ている可能性が高い。チェイサーのヘッドライトはジムニーと形は違うが、キセノンだから色合いは似ている。ヤマタツはトランクを開けると、ウィンチェスターを取り出して後部座席に置いた。運転席に戻ると、スマートフォンの地図を表示したまま助手席に置いて、ヘッドライトを点けたまま私有地の看板を越えてアクセルを踏み込んだ。真っ暗だが道はよく整備されていて、木々の隙間に廃棄されたゴルフカートが見える。木の間隔が少しずつ広がっていき、建物が遠くに見え始めた。
 位置情報を示す点に現在地が少しずつ近づき、材木置き場の近くに停められた白いアコードのシルエットが木々の隙間に見えたとき、ヤマタツはヘッドライトを消してチェイサーを停めた。静かにドアを開けてウィンチェスターを引っ張り出し、予備の散弾がポケットに入っていることを確認してから、森の中へ足を踏み入れた。ほとんど干上がった細い川の跡があって、それがアコードの停まっている材木置き場の手前まで続いている。
 人の気配はなく、目が慣れてくるにつれて、死んだ土地であることはなおさら強調された。トミキチがバラエティ広場を抱えているのと同じで、ここは水島を誘拐した人間が好き勝手にできる場所だ。ヤマタツは林の中を大きく迂回すると、少しずつ高い場所へ移動して、大きな岩の後ろで足を止めた。ウィンチェスターの先台をゆっくりと動かして静かに散弾を装填してから、タイヤが転回した痕とアコードの周りに残る足跡を確認した。出て行ったのはジムニーで、単純に考えるなら残っているのは年寄りの方だ。ヤマタツは充分に待った後、材木置き場へ向けて静かに木の間を下り始めた。この業界において、老人は最も恐ろしい人種だ。大抵の人間は、そもそも年を取るまで生き残れない。
 ヤマタツは材木置き場の裏までたどり着くと、息を殺した。遠目に見る限り、建物の整備は行き届いていた。落ち葉は数ヶ所に固められて巨大な山になっており、保管されている材木自体は古いが、地面に置かれている赤色の小さな発電機は新品に見えた。この状況で建物の中へ入るのは、自殺行為だ。それは分かっているが、今は自殺行為からしか始められない。ヤマタツはできるだけ身を低くして、材木置き場の中へ入り込んだ。
 コンクリートの床は綺麗に掃除されているから足音が鳴らず、好都合だった。材木置き場を抜けた先にアコードが横向きに停まっていて、こちら側から見えるのは運転席。窓越しに見える限りでは、中に誰も乗っていない。ヤマタツは落ち葉が集められた山の隣を通り抜けると、アコードの助手席側に回り込んでドアを開き、手を伸ばしてトランクのレバーを引いた。そして、小さく息をついて呼吸を整えてから、身を低くしたまま車体に沿って移動した。同じ場所に留まっていると、いい的だ。
 目の前でトランクが持ち上げられたとき、水島は眩しさに目を細めた。手が伸びてきて口元からテープが剥がされたとき、大きく息を吸い込んでから、自分を見下ろす顔に向かって呟いた。
「陸人……?」
 ジャージ姿の男は童顔で、顔自体は似ていないのに、その気弱そうな表情は陸人に瓜二つだった。陸人はいつも、自分がかくれんぼの相手を見つけてしまったことでゲームが終わったのが残念なように、少し気まずそうな顔をしていた。水島はその顔を見つめながら、力なく笑った。
「姉ちゃん、見つかってもうた……」
 ヤマタツは、水島が自分を誰かと勘違いしていることに気づいて、首を横に振った。
「助けに来た」
 生きていて安心はしたが、肝心の実行犯がいない。ヤマタツが辺りを見回したとき、水島は頭の中がようやく冴え渡ったように、目を大きく開いた。これは現実だ。誰かが助けに来て、トランクを開けてくれたのだ。自分の身に起きていることを否定するために頭の片隅へ追いやってきたことが、一斉に押し寄せて危険信号を鳴らし、水島は言った。
「ひとり、どっか行ったと思います」
 ヤマタツは体を起こしてトランクの中へ手を伸ばすと、水島の手を縛っているロープを引っ張って千切った。あまり体を起こしたくはないが、それでは到底届かない。トランクの中は綺麗に整理されていて、車用オイルの四リットル缶が水島の足先に寝転がっているだけだった。
「足は自分でいけるか?」
 ヤマタツが言うと、水島は返事の代わりに、自由になった手を足へ伸ばした。テープの端に触れたとき、ほとんどくっつきそうなぐらいにヤマタツに顔を近づけて、水島は囁いた。
「ずっと、近くでシャカシャカ鳴ってました」
 ヤマタツはその情報を頭が認識するのと同時に、オイルの四リットル缶を掴んで言った。
「伏せろ」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ