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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 柱に後頭部をぶつけて止まった柿虫の顔を見て、ヤマタツは撃鉄を下ろした。生きている以上、何らかの意思表明は必要だ。人が向ける銃に運命を委ねるなんてことは、ばかげている。落ちているガラス片でも拾ってこちらの首を切ろうとしてきた方が、よほどせいせいする。それをしてこない奴は殺せないし、ひとり殺せなかったら他も同じだ。そして、仲間に引導を渡すこと自体がこれだけ難しいということは、自分にもいよいよ潮時がやってきたのだろう。早い話、この仕事を長くやりすぎたのだ。
 ガチャンとギアを入れる音が鳴り、ずっと聞こえていたバイクのアイドリング音が、籠ったように低くなった。ヤマタツは言った。
「解散や。達者でな」
 柿虫は転がりながら不器用に立ち上がると、正気を取り戻したように辺りを見回した。ヤマタツはマグナムキャリーをベルトに戻すと、チェイサーまで走った。運転席に乗り込んでエンジンをかけたとき、柿虫の言葉を思い出した。好きなことをやれとは言ったが、『やったら、あかんのです』というのは、一体どう意味なのだろう。
    
    
 エントランスにいた柿虫とヤマタツの両方が、どこかへ消えた。従業員通用口に続く厨房の中で様子を窺っていた三国は、顔を上げた。できるだけ足音を鳴らさないようにロビーを歩き、フロントまで辿り着いたとき、開きっぱなしになったエレベーターから漆喰のような粉がパラパラと落ちてくるのが見えて、カウンター前に放置されて折り重なっている毛布の陰で身構えた。充分に間を空けてからナイフを後ろ手に持ってエレベーターに近づき、カゴの中を見上げたとき、外れた天板から顔を出すモッサンと目が合った。一度引っ込めかけた頭を再度出して、モッサンは言った。
「三国」
「上から、落ちたんですか? 大丈夫ですか」
 三国はシースケースにナイフを仕舞いこみ、カゴの中へ入って天板の奥を見通そうと目を細めた。
「大丈夫や」
 相変わらず、人に弱みを見せると死ぬと思っているのかもしれない。三国は言った。
「フロントの傍に毛布めっちゃ置いてあるんで、持ってきますわ」
 モッサンの返事を待つことなく、三国はカゴから出て、丸められた毛布を引きずって転がしながら、エレベータの中へ入れた。
「これの上やったら、まだ大丈夫ちゃいますか」
 モッサンの頭が遊園地のアトラクションのように天板から出てきて、福笑いのような歪んだ笑顔に変わった。
「気、利くやんか」
 頭が引っ込んだ代わりに足が出てきて、その片方はかなり酷い折れ方をしているようだった。三国は毛布の形を調整しながら、言った。
「できるだけ、まっすぐ下りたほうがいいです」
「分かっとるわ」
 モッサンはそう言うと、最後に右手を滑らせて勢いよく毛布の上に落ちた。衝撃に顔をしかめたが、それは想像していたよりもはるかに軽いもので、団子になった毛布の上でバランスを取りながら言った。
「助かったわ。お前、顔どないしてん」
「色々ありまして」
 三国が手に残った血を拭いながら言うと、モッサンは毛布の山から滑り落ちる方法を模索するように、鼻の下を伸ばした。三国は言った。
「事故の話、地元民の間で話題になってますよ」
「あのヤンキーやろ。ガツンといわしといたで。吹谷の車は廃車やけどな」
 いつものモッサンだ。三国は歯を見せて笑った。
「変わってなくてよかったです。いつも、殺すのは元原さんですから」
「苗字で呼ぶな。おれは、人なんか殺したことないけどな。あの高校生が初めてや」
 モッサンはそう言って、毛布の上で笑った。三国は呆気に取られて、言った。
「そうなんですか?」
「おれみたいなんは、見た目でビビらせるだけや。ヤマタツみたいに優しい顔して殺しまくってたら、捕まったときに即死刑やろが」
 モッサンと言えば、ボコボコに殴られて殺された人間とのツーショットしか思い浮かばない。頭をサッカーボール代わりにされた紺野だけでなく、他にも数人の顔が浮かぶ。
「そうか……」
 三国は呟くと、自分の手を見つめた。こんな凶悪な顔をしたモッサンに殺人の経験がなくて、自分みたいな普通の見た目の人間が、七人も殺しているなんて。
 馬鹿みたいだ。
 三国は手を差し出し、モッサンが手を掴むのと同時に強く引いた。バランスを崩して頭から床に落ちたモッサンの折れた足を蹴飛ばすと、シースケースからナイフを抜いて、その頬に突き刺した。
「こんなことも、したことないんすか?」
 ほとんど手遅れになってから手が顔を庇ったとき、三国は手の平を構わず刺し貫いて引き抜くと、体重をかけてモッサンの顔面にナイフを振り下ろした。手を動かしている感覚だけが残り、頭で無意識に数えていた回数が三十回に達したとき、真っ赤なボロ雑巾のようになったモッサンの顔を見ながら、三国は立ち上がった。血の泡が気管から漏れていて、まだ息があるのが分かる。
「難しいっすよね。人間はしぶといから、これでも死なんっていう」
 三国は、モッサンの腰にぶら下がるウェイストポーチのファスナーを開けてM640を取り出すと、血の塊のようになった顔に向けて五発全てを撃ち込んだ。その体が生命活動を終えたことを確認してから、拳銃の指紋をふき取ってポーチの中へ戻した。エントランスから外に出ると、最後の生き残りのような、どこか冷え切った気分になった。これを待っていたのに、いざやってのけるとあっけない。
 自分がぶつかった柱の根元に財布が落ちていることに気づいて、三国はそれを拾い上げるとジーンズのポケットに押し込み、血まみれの上着を脱いで丸めてから、駅までの道を歩き始めた。
 できることは、全てやった。あとは、家に帰るだけだ。
    
   
 真っ暗な夜空の中、オレンジ色に浮かび上がる町が見える。修哉はペダルを漕ぐ足を緩めて、振り返った。ここまで来たら大丈夫だと優奈に声を掛けようとしたが、その表情を見てすぐに、大丈夫ではないと思い直した。優奈は同じペースで後ろをついて走りながら、泣いていた。ずっと、立ち漕ぎで息を切らせているのだと思っていたが、見当違いもいいところだった。
「怖かったよな、変な奴らおったし。町まで来たで」
 そう言うと、川にかかる大きな橋の欄干まで辿り着いて、修哉はようやく自転車を停めた。ここまで来れば、人通りもある。隣に並んで足を止めた優奈は、首を横に振った。
「巻き込んで、ごめん」
「何にも、巻き込まれてないよ。やっぱ昼に行かなって思った」
 元の道に軌道修正できない。修哉は、優奈の顔を覗き込むように見ながら、言った。
「親の知り合いって言ってたやん。結構ヤバいことになってんの?」
 一歩を踏み込んだつもりはなかった。むしろ、そんな段階はとっくに過ぎていると思っていた。優奈は顔を上げると、呟いた。
「ほんまにヤバいのは、中林家やねん。家族総出でやってて、わたしが見張り役やねんで。うちの両親に比べたら、あんな中年ヤンキー、子供みたいなもんやわ」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ