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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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 剛とマリは、もう生かしておけない。

 
「なんて、言うてはりました?」
 梶木が言うと、我妻は缶コーヒーを飲みながら目だけで苦笑いを浮かべた。
「仕事の話やて。これで最後やと」
「それは、話が違うんちゃいます?」
 梶木の憮然とした表情に、我妻は同意を示すようにうなずいた。中林家のゴタゴタには、付き合い切れない。愛想は、何年も前に尽きていた。寧々の依頼で高遠を殺して馬の背に埋める辺りまでは、良かった。それから今日にいたるまで、ずっと尻尾を掴まれて振り回されてきたのだ。その報酬は、引退後も悠々自適な暮らしをするためには到底足りない額だった。せっかくの『事情通』が、何年も運び屋の手伝いだけをして生きてきたのだ。
「そおら、お前。中林の人間が言うことや。筋なんか、一本も通っとらへん」
 我妻はそう言うと、アコードのドアにもたれかかった。馬の背は雑木林だが、小屋と材木置き場といった屋根のある建物が点在している。今、アコードとジムニーを停めているのは、空になった材木置き場のひとつだった。
 我妻と梶木は、梨沙子が撃たれる瞬間すら見ていなかった。最も明るくて目立つ通り道に送り込んだだけで、銃声が鳴るころにはアコードに戻っていた。その決断をさせたきっかけは、今日の昼。廃墟でモッサンを突き落とし、吹谷を捕まえたときだった。セフィーロのトランクの中には高校生の片割れがいて、だらんとした姿勢で意識を失っている様子を見た我妻は、その時点で計画を軌道修正した。それ以来、女子高校生はずっとアコードのトランクの中にいる。静かだが、わざわざ空気穴を空けてあるトランクの中で窒息することはないだろう。
 この女子高校生は、しかるべき人間の下で働かせれば、金を生む。これから何をさせるにしても、二人の年金代わりにはなるだろう。梶木も、海外に出る気を失くすかもしれない。我妻はトランクの前で、梶木に言った。
「中林んとこは、もうほっとけや。こっちは、ええ値がつくぞ。えらい美人さんやあ。あの男の方も、かわいそうになあ。あんなもん、即死やろ」
 梶木はうなずくと、言い渡されていた用事を思い出して、眉をひそめた。
「寧々さんは、迎えに行くんですよね? 中林の工場におるんですかね?」
「工場や。そら、ここに連れてこな、お前。その辺で野良犬みたいに片せるかいな。オート5は置いてけよ」
 我妻が言うと、梶木は素直にオート5をアコードの車体に立てかけてから、ようやく頭の中を共有したように、折り畳み式ナイフをポケットに押し込みながらうなずいた。
「まあ。それは、連れてこなあきませんね」
 そう言うと、梶木は待ちきれないようにジムニーに乗り込んだ。我妻は缶コーヒーを飲み干すと、車体を左右に揺らせながら出て行くジムニーの後ろ姿を眺めた。
「人生、何があるか分からんもんやのお」
 トランクの中で、水島は首をすくめた。聞こえてきた会話の内容で分かった。自分は、誘拐犯と一緒にいる。ひとりは『中林の工場』へ戻ったが、足音からすると、もうひとりはまだここにいるはずだ。まるで、薄い鉄板を隔てたかくれんぼをしているようで、弟もかくれんぼが好きだったことを思い出した。弟は隠れるよりも探す方が好きだったから、敢えて見つけてもらうために手加減していたし、自分を見つけたときの表情はこの世の何よりも可愛かった。
 陸人。
 弟の名前を呼ぶことは、もう怖くない。自分は死を超えるような、とてつもなく悪いことに近づいている。今、気になっていること。それは、仮に自分が今晩死んだ場合、どこに向かうにせよ、陸人が通り道で待っているのかということ。もしそうなら、今のわたしのように本当に疲れ切っていて、まだ小さな子供だから、どうしていいか分からずに泣いているかもしれない。
 そして誘拐犯の会話を聞いている限り、ノブは死んでしまった。
 だから、陸人の隣にはノブがいて、『なんで泣いてんの』と焦りながら、それでも放っておけないでいるのだ。
 わたしの大好きな人間は、もうみんなあっちに行ってしまった。だとしたら、余計な手順は全部飛ばして、会いに行きたい。どの道、自分はこの真っ暗闇から逃げられない。外に出て電気が点いた部屋に案内されたとしても、捕まっていることには変わりないのだから、トランクの中にいるのと何も違わない。
 わたしの人生は、トランクの中で目が覚めたときにはもう終わっていた。
 水島は、ほとんど習慣になったように居場所を更新すると、スマートフォンを体の下に隠した。現在地をチェックインするこの作業にも、疲れてきた。誰かが気にしてくれている可能性もあるけど、もう時間を費やしたくない。
 だから、これで最後にする。

 
 暗い山道を走っている間、ハンドルがぶれるのに合わせて動く視界に、優奈は言った。
「これ、毎日塾の帰りに通るん? 怖すぎん?」
 修哉は笑った勢いで微かによろめき、だぶつく上着を引っ張り上げながら言った。
「塾の帰りは、普通に町の中を通るよ。ここは、行きの余った時間に寄るだけやで」
「やんな。夜にここ通って帰るのは、ヤバすぎ」
 優奈は言い終えたとき、肝試しのような今の状況に、ペダルが突然重くなったように感じた。剛とマリが何をしているのかは分からないにしても、それがボランティア活動でないことぐらいは分かる。そんな、口には出そうとも思わないような事情があって、好きな人の兄がそこへ巻き込まれることを恐れている。広い意味での初デートが、自分の場合はこれだったのだ。次は二回目だ。もう、一回目はない。
「あと、二年ない」
 優奈が呟くと、修哉は頭の中で何パターンか計算を繰り返した後、『中学校を卒業するまで』という言葉を補って、言った。
「もうちょっとで、折り返しかな? 高校とか、そろそろ考えとかなあかんのか」
 優奈は、霧のような細かな雨がカーテンのように続く道路の先を見つめた。照らされていたり、真っ暗だったり。照明の色ですら、オレンジ色と白が混ざっていて、ばらばらだ。
「どこに行くの?」
 優奈が訊くと、下り坂に差し掛かってペダルから足を離した修哉は、首を傾げた。
「なんも決めてないんやけど、決めた方が楽なんかな。中林さん、進路もう決めてるん?」
 優奈は、修哉の質問に対する答えを編み出すための隙間を頭の中に求めたが、今は色々な心配事が断片になっていて、せっかく空けておいたはずの隙間は埋め尽くされていた。そういうときはいつも、耳の先が熱くなる。進路というか、レールというか。決めてすらいない。昌平が死んだことを知ってからは、自分が抜け出せるのだろうかということだけが、頭にある。なぜなら自分が乗っているレールの先には、不死身に見えた従兄弟が殺されるような終点以外、存在しないのかもしれないから。
 もし、剛とマリ以外は勝てないように、できているのだとしたら。
 わたしは、そのために存在しているだけだ。
 そこまで考えたとき、間が空きすぎたことを案じたように、修哉が締めくくった。
「いずれ、そういう話もしたいな。お互い、頑張ろう。時間だけは平等にあるし」
「ないよ」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ