Sandpit
「家族の急用です。一旦、家に戻らせてもらいます」
新藤が何かを言いかけたとき、西川はスマートフォンを耳から離して、通話を終えた。微かに『分かった』と聞こえた気がするが、そんなことはどうでもいい。そもそも、許可を求めるために事情を共有したわけではない。
それに、実際には家族の急用ではない。誰もいないのだから。言葉遊びのような嘘だけが、抜けない棘になって頭の中に残った。色々と誤魔化してきたが、これが最後だ。もうその必要はなくなった。西川はスーパーグレートの運転席に乗り込むと、エンジンをかけた。二十四時間営業のガソリンスタンドで軽油を満タンにして、耳が麻痺するような大音量で長渕剛の『乾杯』を再生しながら、本線に合流した。
昌平に渡していた生活費の内訳を見たとき、ホッとしたことを覚えている。そうやって支える方法もあったのに、梨沙子には気づいてない振りをして誤魔化してきた。思い返せば何とでも言えるが、自分はあまりに意固地だった。
だから、何十年もかけて意地を通しきったように、遂にひとりになったのだ。