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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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「基本、上から下に行きます。私らは、この森から行きますんで。梨沙子はんは、一旦入口の方まで向かって、反対側におってくらはい。流れ弾に当たったら、洒落にならんので」
 我妻は言い終えると、慣れた足取りで梶木と森の中を動き始めた。梨沙子は入口の方へ向かった。底でスマートフォンが震えるハンドバッグの中から、剛が託したS&WM37を取り出し、木々が左右に割れて少しだけ明るく見える方向に進んだとき、足がすくんだ。自分はプロの殺し屋でもなければ、我妻や梶木のように場慣れしているわけでもない。言われた場所までは来たが、二人が提案した安全な場所であっても、小雨を受けて生き物のように揺れる無数の木の葉は、自分を歓迎していないように思える。
 一体、どのように始まるのだろうか。梨沙子は一度、森の中を振り返った。二人が言っていた、上から下へ狙える場所。そこには、まだ人影が見当たらなかった。
 トミキチは、入口側から現れた人影に気づき、更衣室の窓からその様子を眺めていた。暗い場所に耐えられないのか、光が当たるギリギリの場所を雨に濡れながら歩いてくると、人影はそこで止まった。積荷に発信機が入っているのを見つけたときは、どんな強者かと警戒していたが。主婦がひとり、ハンドバッグを持って現れただけだった。
 トミキチが更衣室の中から勢いよく飛び出したとき、梨沙子はまだ森の方向を向いていた。前に向き直って目が合ったとき、驚いて手の力が抜け、まず手に持っていたM37を地面に落とした。そのとき、トミキチが構えるVz61の銃口がオレンジ色に光り、洪水のように吐き出された弾が梨沙子の右太ももから下腹部、肩までを裁断するように貫いた。その場に崩れた梨沙子の周りを飛び跳ねながら、トミキチは雄たけびを上げた。雨水が喉に入って激しくせき込んだ後、ゴリラのように自分の胸を叩きながら、森に向かって叫んだ。
「このレディ、なにー? 小手調べ? なめとんのかい!」
 声がこだました後、十四発の32口径で体を斜めに引き裂かれた梨沙子は、反対向きになった視界に映る森に、目を凝らせた。『上から下へ』。その言葉だけが頭の中で反響していたが、現実にはその言葉を打ち消すように、森の中には誰もいなかった。
「森、めっちゃ見るやん。おい、こっち見ろ」
 トミキチはVz61の弾倉を替えると、梨沙子の顔を見下ろした。
「何を辿って、ここまで来た?」
 梨沙子は血を吐き出すと、トミキチの目を見返した。
「私が死んでも……、中林家が殺す」
「へー」
 相槌を打ったとき、梨沙子が持つハンドバッグの中でスマートフォンが光り、トミキチはそれを回収すると、更衣室の中へ戻りながら通話ボタンを押した。
「はいはいー」
 電話の相手は言葉を何も発さなかったが、雰囲気で男だということが分かった。トミキチは耳からスマートフォンを離した。着信画面には『お父さん』と表示が出ている。もう一度スピーカーを耳に当てたトミキチは、よそ行きの声で言った。
「お父さんって、登録されてるけど。ガチのパパ? それともあれ? 夫をお父さんって呼んだりするタイプ?」
 相手は、まだ黙ったままだった。トミキチはVz61をテーブルの上に置くと、言った。
「ほな、夫やと仮定するけど。奥さんは私が蜂の巣にさせていただきました。ちょっと待ってな」
 回線が死んだように黙っているのが夫だとすると、余計に腹が立つ。トミキチはVz61を手に持って更衣室から飛び出すと、スマートフォンを梨沙子の前に差し出して屈みこみ、胸の上に空いた銃創に細い銃口を突き刺した。断末魔の悲鳴が上がり、それを数秒間聞かせたトミキチは、立ち上がってから言った。
「分かった? おい、あのな。なんか言えや。コミュニケーションスキルとかゼロ?」
 相変わらず、返事はなかった。根競べをするように一分間の沈黙に耐えた後、鼻から大きく息を吐き出して、トミキチは言った。
「あー、あとな。中林家がお前を殺すって言われたわ。なんか、マニフェスト持ってはるみたい。聞いてる? もー、ひとりで喋るん疲れるんやけどな!」
 トミキチはスマートフォンを地面に叩きつけると、すでに死んでいる梨沙子の方へ蹴り飛ばした。当てずっぽうに森の方向へVz61を一連射してから残りの弾をスマートフォンへ叩き込み、視線を下ろしたときに梨沙子が持っていたS&WM37に気づいて、地面から拾い上げた。
「凝ったグリップやなー、象牙か?」
 そう言うと、トミキチは銀色に光るリボルバーを点検しながら、更衣室の中へ戻った。
    
    
 二回目の発信で、通話が始まった。一回目は、五分前。
 少なくとも一回目のときには、梨沙子は生きていた。西川はサービスエリアの入口で、スマートフォンの画面を眺めた。通話時間は、一分三十七秒。知らない男が電話に出て、一方的にまくし立てた後、おそらく梨沙子を殺した。昌平を殺した人間と、同じなのかもしれない。
 昌平が家出をした後、どこで生活していたのか。梨沙子が、渡していた生活費を途中で止めたのは、何故なのか。今は、中林家という単語を頭につけることで、全てが腑に落ちる。おそらく梨沙子は、昌平を剛のところへ預けたのだろう。中林家は、どんな手段を使ってでも金を生み出す、機械のような家だ。
 梨沙子は、中林家のやり方に戻った。自分には、それを責める資格はない。昌平が家出したときもそうだったが、それを止めるチャンスがあったとき、自分はトラックの運転席にいた。だから梨沙子も、常に同じ場所に聳え立つ『中林環境サービス』と銘打たれた建物を選んだという、ただそれだけのことだ。今さら誰かに聞くこともできないが、昌平は剛の下で働いていて、殺されたのだろう。梨沙子は、中林家のルールに則って、その仇を討とうとしたのだ。
 その間に自分がやってきたこと。それは相変わらず、運転だった。終わりの見えない渋滞を回避して山を抜け、残り三百キロのところまで辿り着いて、さっきは遅い夕食を食べていたところだった。こちらが発信した時間から推測すると、梨沙子の身に何かが起きたのは、返却の棚に空いたラーメンの鉢を返していたときだ。
 自分が生きようとしているときに、相手は死に向かっていた。
 西川家を表わすのに、これ以上の総括はないように思えた。そして、その間の悪さを実現するにあたっての中心人物が、自分だったのだ。クラッチ、アクセル、ブレーキ。サイドブレーキとシフトレバー。ハンドル。指示器、ヘッドライト。それが自分を囲む狭い世界で、これ以外の生き方は知らなかった。おそらくこの生き方すら、もうすぐ自分のものではなくなる。新藤から何度も着信が入っていて、最後の連絡には留守電のメッセージが残されていた。
 西川は、新藤の着信履歴を辿った。事務所で待ち構えていたらしく、通話が始まるなり加湿器やプリンターの雑音が耳に入った。
「お前、終わりな。トラック返しに来い」
 新藤が言い、西川はうなずきながら言った。
「今まで、お世話になりました」
「待てや。待てって。マジで、どうしたわけ?」
 新藤が言い、西川は自分でもその答えを見い出せずに、ナトリウム灯の周りを囲む雨粒が帯になってオレンジ色に光る様子を見上げた。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ