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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 今回であれば、昌平が最も危険な輸送を担当する『足』。トラブルが起きたときに対処する我妻や梶木のような人間が『手』。そして、剛とマリが『頭』。寧々は薄い唇を震わせながら、歯を食いしばった。そして、『目』と呼ばれる見張りがいる。
 剛は、ついに優奈を仕事に巻き込んだのだ。屋上でキャンプをする理由なんて、ひとつしかない。寧々は田んぼの間を通る農道を早足で歩き、車庫の手前で立ち止まった。ヘルメットを被って自転車にまたがる少年が、何かを待っているようにこちらを見ている。寧々は小さく会釈をしてから敷地の中へ入り、クラウンが停まっていないことに気づいた。二人が外へ出て行くこと自体が珍しいが、ジムニーとアコードもいない。梨沙子に『どこにおるん?』とメッセージを送ったが、既読になっただけで返信は送られてこなかった。
 中林家は、総出で何かをしようとしている。
 帰ろうとして踵を返しかけたとき、自転車のスタンドを下ろす大きな金属音が真横で鳴って、寧々はびくりと肩をすくめた。トラックの陰から自転車を押しながら出てきた優奈は、フードがついた上着の襟を立て直してから寧々に気づき、目を丸くした。
「わー、マジで? こんばんは」
「あ、お久しぶり……」
 寧々はかろうじて呟くと、喉が塞がったように苦しくなった胸を押さえて、細く息を吸い込んだ。今は、目を見ることすらできない。
「シャレードでもめっちゃレアキャラやから、こうやって会うの、ずっと妄想してたんですよ。会社の用事ですか? うちの専務なんですよね」
 早口でまくし立てた後、優奈は自分の口から出た言葉を取り返すように、大きく息を吸い込んだ。
「すみません、真面目な話ですよね」
「ごめん。うん、仕事の話」
 寧々が声のトーンを調節しながら言うと、優奈は冗談を混ぜてもいい空気を感じ取ったように、口角を上げた。
「こわー、大人の話や。でも、両方外に出てるんですよ」
「おらんのやね、残念。外出するん?」
 寧々が呟くと、優奈は小さくうなずき、小脇に抱えたもう一着の上着をカゴへ入れた。そのまま自転車のスタンドを立てようと足を振りかけたが、その動作すらもどかしいように、寧々に顔を寄せた。
「彼氏できたんです」
 寧々が目を丸くして顔を引くと、優奈は同じように驚いた表情で、慌てて否定した。
「いや、できてない。まだです! 待って、それもおこがましいわ。まだって、何。あの、親交を深めてます。お付き合いを前提に。うわーヤバイ、言ってもうた!」
 寧々は呆気にとられたまま、優奈が話す様子を見つめた。その言葉ひとつひとつに、優輝の声が被って聞こえる。慌てたときの早口も、自問自答しながらその過程がバラバラの順番で全て口に出る、気の早さも。優奈は、あの人の娘なのだ。
 寧々が静かになったことに気づいた優奈は、案内するように階段を手で示した。
「あ、お風呂は壊れてます。わたしの部屋が一番綺麗かも。中にめっちゃでかいソファあるんで、ゆっくりしてってください。じゃ、失礼します」
 優奈は頭を下げて自転車に飛び乗ると、車庫から出て行った。寧々はがらんとした車庫の中で立ち尽くすと、トラックの車体に体を預けた。今は、誰もいない。その言葉が足に新たな力を与えて、寧々は階段を上り始めた。屋上をこの目で見ないと、今頭の中で起きている微かな火花をどう扱えばいいか、決められない。
 修哉は、車庫から猛スピードで出てきた自転車に乗る優奈を見て、笑った。優奈は急ブレーキをかけて修哉の目の前で停まると、湯気が出そうなぐらいに紅潮した頬に手を当てて、言った。
「待たせてごめん。世界で四番目は、逃したかも」
「車庫から出てくるスピードが、世界記録やったで」
 修哉が言うと、優奈は笑いながらモスグリーンのウィンドブレーカーをカゴから引っ張り出して、差し出した。
「これ、着てほしい。めっちゃ水弾くから」
「マジ? ありがとう」
 修哉は袖を通してから、裾が余ってコートのようになっていることに気づいて笑った。
「雨に絶対濡れなさそう」
「ジャストサイズはなかったわ。それ、めっちゃでかい従兄弟のやつやから」
 優奈はそう言うと、ペダルに足をかけた。昌平とは、あまり喋ったことがなかった。だから、いい思い出も、嫌な思い出もない。でも、昌平がここに初めて来たときに持っていた上着だったことは、覚えている。それが巡り巡って修哉の体を雨から守っているのを見るのは、不思議な感覚だ。今まで当たり前のように存在していた壁が崩れて、自由に歩いていい空間が広がっている。その最初の足跡を残すのが多分、今日なのだ。優奈は深呼吸をしてグリップを握りしめると、言った。
「着くまで、お兄ちゃんのケータイに鬼電できる?」
     
    
 雨が降っていたら、スリップの心配。夜が遅くなったら、次の日の心配。心配ばかりだ。三国雪美は、メッセージの画面に表示された『また戻れるようになったら教えて。買い物合わせるから』という自分の言葉を見つめた。その返事は『了解、遅くなってごめん』で、絵文字はなし。忙しいときの返事と思えば、それだけの話。ただ、こちらが少し責めたようなトーンになっていたかもしれないということが、気にかかる。でも、速人は基本的にあっさりとした性格で、その印象は昔から変わっていない。だから、この妙な勘もおそらく、こちらの取り越し苦労だ。
 三国速人と出会ったのは、五年前だった。友達の友達という形で引越しの手伝いに来ていて、自分も同じ立場だった。それとなく合コンのような雰囲気になって、引越し主を主賓にした飲み会をそのまま開いた。そこで向かいの席に座ったのが、速人だった。何もない顎をしきりに触っていて、その手つきを思わず真似ていたとき、目が合ってお互いに笑った。速人の言葉も覚えている。
『二年前まで、ヒゲ伸ばしてて。手の癖だけが抜けないんです』
『わたしもです』
 ウケ狙いでもなく適当に返事をしてしまい、周りが先に笑った。仕事のサイクルが独特だということに気づいたのは、交際が始まった数ヶ月後だった。最近はずっと白のフォレスターに落ち着いているが、当時はデートの度に車が変わっていることもあった。一度だけ上司と会ったことがあって、速人がやり過ごそうとしたのは、その空気ではっきりと分かった。
 上司は、ビジネス用語を流れるような早口で連発する強烈なキャラクターで、富田と名乗った。速人より少し年上なぐらいで若々しく、業種を商社と言った時点で、速人が仕事の内容を話したがらないことと、前のめりな空気を纏う上司の印象が頭の中で結びついた。
 速人がやっている仕事は、おそらく合法ではない。別れようなどとは、思わなかった。今もその気持ちは揺るがないが、怖くなったのはたった一度だけ、お腹の中に愛実がいるということが、分かったときだった。
『仕事のことは聞かんから』
 全ての免罪符のようにその言葉を乱発してきたのは、自分自身だ。速人がやっていることは、あくまで一貫していた。それに揺られて変化してきたのは、あくまでこちらの話。
 仕事を辞めて専業主婦になっても大丈夫なぐらいのお金と、新築の一戸建て。
 不意に仕事用のスマートフォンが鳴ったときの、速人の険しい表情。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ