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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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「どした?」
「水島と、連絡取れてるか?」
「あー、りのっぺ? 今日は話してない。あの子、結構一匹狼なところあるやん。前にプリ撮ったときも、ひとりだけスンッてしてて、色も白いしなんか生気が感じられへんかってん。写真やとなんか、うまく笑えんのやって。暗いとまでは思わんけど、影があるやんな。そういうところがモテるんやわ。あーでも、ショックやろなー、ノブと夫婦みたいな感じやったもん」
 髪の毛を指に巻きつけながら早口で話す法子から離れて、拓斗は立ち上がった。法子の呪文のような言葉には、最後にだけ聞き逃してはならない要素が含まれていた。
「ちょっと、帰るわ」
「帰るのに、ちょっととかあるんかい」
 ハゲピが言い、内田が笑った。拓斗は上着を着ると、場に残った三人に手を振って外へ出た。メッセージを送ってからはまだ一時間だが、修哉が事故現場を発見してからは、もう四時間が経っている。未だに連絡が取れない水島は、事故現場にいたのかもしれない。ニンジャのエンジンをかけた拓斗は、スマートフォンで地図アプリを開いた。あの、ホテルの廃墟。修哉が言っていた。
 例のセフィーロは、そこに停められている。
      
    
 ドアが開いて、鈴がカランと鳴った。寧々は振り返ることなく、健だけが目線を入口に向けた。京美は言葉を発することなく目を合わせて、『いつもとは違う』ことを示した。健は小さくうなずくと、寧々に言った。
「今日は、飲まんね」
「せやね。シラフでおりたい」
 その掠れた声を聞いて、礼美は無意識に優奈の顔を思い出した。一度聞いてしまった情報は、もう頭から消せない。これから先、自分の大好きな友達の母親だということを、その声を聞く度に思い出すことになるし、回数を重ねるごとに自分だけが知っているという重圧が増していく。そして、自分が高遠の件を知っているということも、健だけが知らない不安定な状態だ。少しずつ強くなっていく引力に、いつまで耐えられるのだろうか。礼美が俯いたまま二階に上がろうとしたとき、京美が言った。
「礼美、ちょっと待って」
 礼美が立ち止まって振り返ったとき、京美は健の方を向いて、言った。
「さっきの会話、聞こえてたから。高遠のことも、話したで」
 健はテーブルから手を滑らせて、よろめいた。寧々は二階で鳴った音を思い出したように、天井に目線を上げた。大人が沈黙する間の長さに耐えられなくなった礼美が口を開こうとしたとき、健が言った。
「礼美、申し訳ない」
「なんで?」
 礼美はそう言うと、京美の方を向いた。
「そのままにしとったら、お父さん死んでたやんな? そんなん、絶対イヤなんやけど」
「なんとも言われへん」
 健が呟いたとき、礼美は拳を固めた。
「そこは死んでたって、言ってよ!」
 健に向かって飛んでいった言葉に、寧々が気圧されたように居住まいを正し、京美は礼美の背中に手を置いて、言った。
「死んでたよ。すぐに助けが来んかったら、あの事故で死んでた」
 助けたのは剛だったが、この会話の中でその名前を出さないという合意は、ひとりの子供を囲む三人の大人の中で、静かに生まれつつあった。中林家の持つ引力は、ほとんどブラックホールだ。何にでも関わっているし、どこにでもその名前がある。
「やったら、どっちか選ぶしかなかったんやんか。私は、高遠みたいなセクハラオヤジなんか、どうでもいいわ。むしろ、お父さんの足の骨を返してほしい」
 礼美が言うと、健は事故の記憶を呼び起こしたように、顔をしかめた。京美も同じように険しい表情に変化したことに気づいて、礼美は続けた。
「ちゃんと生きてるから……。車は乗らんようになったけど。生きてるからいいやんか、もう。でも、そのときに言ってよ」
 健は首を縦に振りかけたが、思い直したように手で否定した。
「六歳やぞ」
 礼美は京美を顔を見合わせて、俯いたままくすりと笑った。ほとんど記憶が届かないぐらいに昔から、高遠はこの世にいなかった。今の二人が、自分の知っている丸川夫妻と地続きであることは、何よりも大切なことのように感じた。だとすると、大きな転換点を控えている優奈が受ける衝撃は、計り知れない。礼美は寧々の方を向いて、言った。
「あの、優奈のお母さん……、なんですよね?」
 寧々はうなずいた。その様子はどこか気が抜けたようで、礼美の目には、重い鎖が一本消えたように映った。
「色々と事情があって、自分の手では育てられへんかった」
 寧々が目を逸らせながら言うと、礼美は少しだけ口角を上げた。
「でも、似てるってすごくないですか。まず、左利きですよね? 絵、めっちゃ上手いし。もうちょっと優奈の背が伸びたら、そっくりになる気がするんです。ほんまに、一回も会ったことないんですか?」
 健と京美が代わりにうなずき、寧々はそれでようやく勢いがついたように、自分もうなずいた。
「知ってるのは、生まれてから一歳のときまで。色々あって、話したんは去年が初めてやわ」
 礼美は、自分の印象が正しいことを証明するように、寧々が傍らに置くハンドバッグに目を向けた。
「ハンドバッグ、めっちゃぶつかった痕ありますよね? 優奈の鞄も、ベコベコですよ」
 京美が抑えた笑いを表情に浮かべて、言った。
「寧々、人が歩いてきても避けへんから」
「悪気はないんやけどね」
 寧々がハンドバッグに謝るように答えたとき、礼美は言った。
「ほら……、お母さんやんか。めっちゃ似てるやん、同じこと言ってるし。優奈には、言わないんですか?」
「今日が、その日になるはずやったんやけど。色々と、時間がかかってる」
 収拾がつかなくなったまま、そのドアは永遠に閉じられそうだ。寧々が自分の言葉を噛みしめていると、礼美は言った。
「知ってくださいよ」
 健と京美が顔を向けて、寧々が注目したとき、礼美は続けた。
「優奈が好きなこと。好きなバンドとか、ユーチューバーとか。あのインドアな雰囲気で、実はキャンプ好きやったり。屋上にテント立てて秘密基地みたいにしてるんとかも、知らないですよね?」
 寧々は眉をひそめた後、不器用な苦笑いを浮かべた。
「屋上に、優奈のテントがあるん?」
 礼美はうなずいた。寧々は、名前を呼んだときに服の裾を力いっぱい掴んでいた。そこには、共通の知り合いを話題に出すときのような、距離を詰め切れないぎこちなさがあった。
「本格的ですよ。私もお邪魔したことあるんですけど」
 礼美が言うと、寧々は笑顔でうなずいた。その表情が変化する様子を見た礼美は、自分の表情が釣られて変わってしまわないよう、顔に力を入れた。自分には分からない何かがあって、寧々はそれを、笑顔の下にサッと畳みこんだ気がする。
 今、明らかに何かが、おかしくなった。
        
 
 産業廃棄物を扱う業者なのに、社屋のゴミ捨て場はバッカンがひとつだけ。優奈は力を籠めて黒いゴミ袋を持ち上げると、中へ放り込んだ。剛とマリに呼ばれたのは数分前で、車庫にはゴミ袋が何個も置かれていた。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ