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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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 河川敷の遊歩道と川を挟んで対岸に見える、中林環境サービスの社屋。距離は百メートルほどで、中からはジムニーが出てきた。JB23と呼ばれる型で、色はシルバー。あちこちカスタムされていて、ヘッドライトは青白いキセノンタイプに換えられている。運転席と助手席にそれぞれ男女が乗っていて、後部座席は空っぽだった。運転は落ち着いていて、ナンバープレートを書き留める時間は十分にあった。敷地の外に停めてあった白いアコードは、平成初期のCB型。運転手はかなりの高齢だった。
 目撃者の家。これを状況や耳に入った会話から掘り当てた三国は、いい目をしている。ヤマタツはチェイサーの運転席で、ヘッドレストに頭を預けながら考えた。どれだけ目が良くても、いざというときには遠くから見守るだけで、おそらく三国は何もしない。結局は、その程度だ。
 吹谷とモッサンを探しに行くと伝えたとき、トミキチは何も言わなかった。弾の装填が終わったVz61を猫のように撫でながら、口角を上げただけだ。もう見つからないと踏んでいるのだろう。もしかしたら、見つからなくても構わないとすら思っているかもしれない。
 トミキチは、人を見切る天才だ。こちらからすれば、早すぎるのではないかと思うときすらある。おそらくトミキチの中では、連絡がつかなくなった面子はもう数に入っていない。もしかしたら自分ですらこの瞬間に、消えた仲間を探しに行くような奴はお役御免だと思われている可能性すらある。正直、それでも構わない。どんな人間関係にも、満期がある。どれだけ続くと思っていても、そのタイミングというのはふと訪れて、全ての鎖を無理やり千切ってしまう。それが今だというのはこじつけが過ぎる感じもするが、お気に入りの短機関銃を手に満足そうな表情を浮かべるトミキチからは、どことなくいつもと違う雰囲気が感じられた。
 自分たちがトミキチを失望させたとしても、無理はない。たったひとつの案件に、時間をかけ過ぎた。この仕事が『金魚すくい』と呼ばれているのは、網が破れることを前提にしているからだ。
 朝、食堂の前で三国が『静かになるのを待ってます』と言っていたとき。そこでやめさせなかったのは、途中で諦めたらモッサンが何をしでかすか分からなかったからだ。特に三国と吹谷は、思い切り可愛がられただろう。そのときは、物分かりのいい『上司』として時間を稼いだつもりだったが、逆効果だった。結果、積荷は見つかったが、反対に吹谷とモッサンが姿を消すという、あべこべなことが起きている。
 失敗が決定的になったのは、五分ほど前のことだ。アウトランダーの脇で死んでいる男が見つかったと、ネットニュースで記事になった。つまり、あの三人は運び屋を殺したのだ。誰ひとりとして、そのようなことは言っていなかったが。ヤマタツは、トミキチの番号を鳴らした。
「ニュースで見たんですが、三国らは運び屋を殺してます」
「あー、ほんまか」
 そう言うと、トミキチは呆れたように乾いた笑い声を上げた。
「うちらにはそれを伏せてたので、うっかり殺してもうたんかもしれませんね」
 ヤマタツがやや感情を残した口調で言うと、トミキチはさらに感情のボリュームを絞ったように、軋み音に近い笑い声を漏らした。
「まあ、あまり想像すんな。ファクトベースでいけ。吹谷とモッサンは、見つかりそうか?」
「いいえ。ただ、三国が言ってた目撃者の家で、色々と動きがあります。カタギの家ではなさそうです」
 話を変えたつもりだったが、トミキチは息を漏らしただけで言葉では答えなかった。
「とりあえずな。まずは身内を見つけろ。お前が残ってよかったわ」
 ヤマタツは歯を食いしばった。その言葉に、条件反射のように安心する自分が嫌になる。長年積み重ねた習慣は、簡単には抜け落ちそうもない。それでも頭が拒否反応を起こそうとしているのは、これからトミキチが言いそうなことが、完全に予測できるからだ。トランクの中にはウィンチェスターが入っていて、ベルトにはいつものマグナムキャリー。何度も同じ道具を使って、同じことをやってきた。充分に長い間が開いた後、トミキチは言った。
「ほな、全員殺してから、お前だけ戻ってこい。ほとぼり醒めたら、またゼロベースで始めようや」
 トミキチが通話を一方的に終えてからも、ヤマタツは運転席でヘッドレストに頭を預けたまま、少しずつ強くなってきた雨がフロントガラスの上を滑っていくのを、眺めていた。終わらせろと言われるのは予測がついていたが、やはりトミキチは人を見切る天才だ。もし、バラエティ広場を丸腰で出ようとしていたら、自分も後ろから頭を撃たれていたのだろうか。その可能性は、頭の片隅を占めるほどには、ある。もちろん、丸腰で出ることは経験上あり得ないが、これから先、選択肢を一度も間違えない保証は、全くない。そこまで考えて、ヤマタツはバックミラーに半分だけ映る自分の顔を見ながら笑った。何かを失い続けて削ぎ落とされてきた顔なのか、積み上がってきたものの下敷きになって潰されてきた顔なのか。
 どちらであっても、その形は結果的に同じになるように思えた。
    
  
 拓斗は、いつもの面々を見回した。内田の家、夜九時過ぎ。工場と家の間には巨大な防音壁があり、元々は家の中にいる祖母がうるさくないように、内田の父が建てたものらしい。その祖母が他界した今は、悪仲間が集まって騒いでも工場に響かないという意味で、重宝されている。
「ノブ、追悼しよや。なー、タク?」
 坊主にピアスの通称『ハゲピ』が、下唇に空けたピアスと前歯をカチカチ鳴らしながら言った。元々は大食いだったが、前歯と被る位置にピアスが収まってからは少食になり、服は全体的にだぶついている。
「せやな」
 拓斗はソファの端で短く答えると、いつもより遠くに感じる仲間たちを眺めた。内田は相変わらず、自分の家がたまり場になっていることを誇りに思っているように見える。ハゲピの彼女は常に黒っぽい恰好で、名前は法子。ハゲピの左側に海苔のごとくへばりついている。
「寂しいなー。タク?」
 この仲間内の会話は、なぜか全部自分をワンバウンドしていく。拓斗はうなずくと、内田に言った。
「サユリは?」
「ケンカしたから、今日は来んわ」
 サユリは内田の彼女で、水島の身長を川端にこっそり耳打ちした友達だ。法子が長い舌を出して顔をしかめると、波に流されるようにハゲピから体を離した。
「わたし、あの子苦手ー。なー、タク?」
「知らんがな」
 拓斗はそう言うと、手元のスマートフォンを見下ろした。水島とのメッセージ画面には、まだ既読にならない『今は家か?』がぶら下がっている。法子は誰とでも仲良くするが、基本的に自分のことしか気にしていない。女子グループで唯一接点があるのはサユリだが、内田とケンカをしている最中にメッセージで横やりを入れると、変な疑いをかけられるかもしれない。
「いや、さすがにおかしいやろ」
 無意識に言葉が飛び出して、拓斗は思わず周りを見回した。ドクターペッパーの缶を口から離した内田が、場を仕切り直すように言った。
「えーっと。今のは、後藤拓斗が発言しました」
 法子が飛び立つように体を起こし、拓斗の真横に勢いよく座って言った。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ