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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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 後藤修哉も引き続き同じクラスで、よく話すようになったのは一年生が終わりかけたころだった。今は右横の席で、授業中は真面目に前を向いている。それを知っているのは、こちらが前以外の方向をずっときょろきょろと見ているからだが、最近は毎回目が合うようになった。
「わたしがな、学問の邪魔をしてる気がすんねん。後藤くんの将来を足首からガリガリガリーって齧ってるみたいな、そういう気持ちなんよ」
 優奈がカウンセリングを受けているように打ち明けると、礼美は笑った。
「音まで聞こえてるんやったら、齧るんやめたりーや。てか、足元から行くんエグいな」
「例えやってばさ」
 優奈は、隣の席で授業を聞いている修哉の横顔を思い出して、紫色の雲に重ねた。いつも、頭の中で想像したものを外へ出すのは、上手くいかない。ほとんど空を覆うぐらいの大きさでうっすらと重なる映像に、優奈は笑った。
「でっか」
「何がよ」
「いや、想像したらめっちゃでっかい顔になった。ヤバい、見てほしい」
「それだけは無理やろ、優奈の頭の中やん」
 礼美の言葉に、優奈は声を殺しながら笑った。息がようやく元に戻ろうとし始めたとき、バイクの空ぶかし音が遠くから聞こえてきて、顔をしかめた。
「えー、今日その日やっけ。地獄のライダー来たわ」
    
    
 川端伸は、子供のころからリーダーを任されることが多かった。歴代の担任教師までもが『最後まで冷静だから』という理由を挙げたが、実際には人一倍変化に気づくのが遅いだけで、ただマイペースな性格が好意的に解釈され続けた結果だと思っていた。リーダー役は面倒だったが、皆が焦っているときにひとりだけ冷静な顔をしていることで、高校に上がってからは『怒らせると怖い』という評価が付きまとうようになった。その評価は、どちらかというと人を遠ざけることが多く、大人数を率いるような不良にはならなかったが、仲の良い友人は残った。想像していた十七歳とは随分と違ったが、楽しんでいるという自覚はある。放任主義の親、バイク、同じクラスにいる彼女、そして仲間。絵に描いたような青春だ。
 愛車のホンダVT250は先輩のお下がりで、派手な赤色に塗られている。マフラーは地響きするような音量で、近所の評判は悪い。乗りこなせている気は全くしないが、いずれサーキットのような場所にも持って行きたい。
 付き合って四ヶ月になる水島梨乃は、女子仲間からは『りのっぺ』と呼ばれている。血液型による性格診断を信じていて、背が高く、ようやく身長百八十センチの大台に並んだ川端と比べても頭の位置は大きく変わらない。本人は小柄に憧れているらしく、身長を聞かれるのを極端に嫌う。だから、百六十八センチという情報は、女友達経由で教えてもらった。見た目が派手で、性格も跳ねっ返り。どの角度から見ても映えるように設計された髪型は複雑で、耳の真上にすらカラフルなヘアピンが二本挟まっている。そして、プリクラがケースの隙間で自己主張するスマホの位置情報は、常にオン。聞いているだけで息苦しくなる。本当は、本人もオフにしたいらしいが、隠し事をしていると思われる可能性が高く、そういう動きはグループの中で心象が良くないらしい。
 学校では派手で怖いもの知らずな評判だが、交際していると全くそんな風には思えない。人のことを常に気にかけていて、何より怖がりだ。今、二人乗りで腰かけているVT250の後席も、最初は怖がった。もちろん事故が起きる可能性なんて、いくらでもある。しかし、いざというときは相手にぶつかる直前に車体を揺すって水島を振り落とし、その命を助けるぐらいの時間はある。めちゃくちゃな理屈であることは理解しているが、少なくとも想像では何度も成功していた。問題は、その想像では必ず、自分が命を落としているということ。
 川端が信号待ちで片足をつくと、後ろから水島が耳打ちした。
「タク、いっこ前の信号でひっかかったで。なんで止まらんかったん?」
 川端は振り返った。後藤拓斗は、高校でできた初めての友人。夜中に走り回っているが、基本的に交通ルールは守る。赤信号を無視しないだけでなく、黄色信号でスロットルを離すぐらいに慎重だ。深夜にバイクで走り回る不良の中では、ノーベル平和賞に最も近い存在。
「気づかんかったわ。あの調子やと、右折も十段階ぐらいしよるぞ」
「そんな段階踏んだら、もう家に帰っとるんちゃう。てか、タクに合わせたらな。バイクに関しては君が先輩じゃろ?」
 水島は、川端が被るジェットヘルを太鼓のようにぽこぽこと叩きながら言った。シルバーで、標識のようなステッカーがあちこちに貼られている。こっそり一枚足したら気づいたから、適当なようでこだわりがあるらしい。すぐ元に戻すだろうと思っていたら剥がさずに置いてくれているから、新しくは貼らないようにしている。
 高校生活は、忙しくて目まぐるしい。でも、朝から夜まで自分が属する『コミュニティ』がある方が、安心できる。そう言う意味では、中学校までは最悪だった。基本的に、家の外にしか居場所はない。それは自分が九歳のときに父親が出て行ってから、ずっと続いていた。きっかけになったのは、その前に自分の人生から出ていった家族。三歳年下の弟だ。生まれつき体が弱くて、五歳で病死した。自分は小学校低学年だったからできることは限られていたけれど、共働きで忙しい父母に代わって、できる限りの世話をしていた。だから、両親よりも早く異変に気付ける自信があったし、実際何度もそんな場面はあった。でも今思い返すと、小学校に上がって友達が増えたことで、かつては誇りだったその瞬間は少しずつ薄まっていたと思う。吸う方の息が浅くなったら危険信号。分かっていたはずなのに、わたしが一回見逃したことで、弟はそのまま発作を起こして死んだ。最悪の失敗だ。ぐったりとした弟を前に呆然としていた小学生。それがすくすく成長した結果が今の自分だということ自体、思い出す度、本当に嫌になる。
 誰にも聞こえないよう静かにため息をついたとき、ゆっくりとバイクが動いていることに気づいて、水島は視線を下ろした。地面が逆に動いている。
「ちょっとノブ、なんで下がってんの」
「タクを迎えに行かなあかんやろ」
 大真面目に言う川端の後頭部を眺めながら、水島は笑った。
「これ、いつまでかかるん」
 川端は少しずつバイクを下げていたが、青信号で動き出した後藤に気づいて、足を止めた。古い型のカワサキニンジャ250は鮮やかな緑色で、並ぶと水島から『クリスマスツリーみたい』と笑われるのが恒例になっている。ようやく後藤が横に並んで一時停止し、足をつきながら言った。
「ごめん、タイミングミスったわ」
「いこか」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ