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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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 トミキチは、いわゆるガンマニアだ。その蘊蓄を語らせたら最後、停止ボタンはない。あるのは、再生と巻き戻しだけだ。知識だけでは満足できるはずもなく、仕事中に回収する形でコツコツ貯めてきた『余剰品』を、コレクションのように保管している。基本的には、仲間内で見せびらかすためだ。弾も保管してあるが、時折自分がマグナムキャリーで練習する以外、誰かが使っているのを見たことはない。他だと、モッサンがウェイストポーチにS&WM640を忍ばせているのは知っているが、あれも弾が入っているのが勿体ないぐらいに、ただの飾りだ。ヤマタツはテーブルの下に置かれたフットロッカーを引き出すと、鍵を開けて乾燥剤をどけた。ウィンチェスターにバックショットを装填し、マグナムキャリーとタウルスに357マグナムを装填してシリンダーを閉じた後、こんなことをしている場合ではないという思いが、ため息になって現れた。マグナムキャリーをベルトに挟み、ホローポイントの357マグナムを六発掴んで上着のポケットに入れると、反対側のポケットへバックショットを五発滑り込ませてから、顔を上げた。
 モッサンを探さなければならない。
 トミキチにも返事が来ないことは報告済だが、命令は絶対だ。準備をしておけと言われれば、それがどれだけ不合理でも準備をまず終えなければならない。ヤマタツは32ACPの箱を開けると、Vz61の弾倉三本に一発ずつ装填していった。これを六十回繰り返しているころには、何もかもが手遅れになっている可能性すらある。
     
   
 夜の八時。拓斗はまだ帰ってきていない。仕事を中断していた幸平は、会社に戻っていった。真由美は崩れたペースを取り返すように、買い物に出かけている。この時間に、家にいるのは自分だけ。たった一日の間に、こんなにたくさんのことが起きるものなのだろうか。兄の友達は事故で死んでしまったし、それが引き金になって、スマートフォンの連絡先には中林優奈が追加されている。
 時間の流れの速さを実感するほど、優奈の『神様はDJ』という言葉が達観したコメントのように思えてくる。修哉は、隙を見つけては浮かぶ優奈の横顔を一度頭から消して、食器棚をじっと見つめた。サランラップを誰にも悟られることなく探せるのは、このタイミングしかない。しかし、普段使うことのない台所道具がどうセッティングされているのか、全く分からない。修哉が探偵のように顎へ手を当てたとき、外でころころと何かを転がす音が鳴り、微かなチェーンの音が続いた。自転車よりはるかに重く、精密な音。修哉は食器棚の前に立ったまま、息を潜めた。拓斗が帰ってきた。エンジンを切っているのは、小言を言われないようにするためだ。玄関が静かに開いて靴を脱ぐ音が鳴ったとき、修哉は振り返った。忍び足で台所の前をやり過ごそうとする拓斗を目で確認してから、声をかけた。
「おれしかおらんで」
「びっくりさすなや。食器棚の前で、何してんねん?」
 拓斗は笑顔を作ったが、修哉は目を逸らせた。川端が死んだことはすでに知っているだろうし、それを受け止めた後の笑顔だということは、はっきり残る涙の痕からすぐに分かった。
 修哉が食器棚に目線を戻すと、隣に立った拓斗は言った。
「せめて、何を探してるか言えや」
「いや、サランラップ」
 憮然とした表情で修哉が言うと、拓斗は息を漏らすように笑った。
「おかんが、ドア開けな取られへんとこにラップ置くわけないやろ。シンクの上や」
 修哉は振り返り、拓斗が指差す先にサランラップを見つけると、小さく息をついた。
「知らんし」
 拓斗はサランラップを台から取ると、修哉に向き直った。
「ほんで? 何をラップすんねん」
「後はやるわ、ありがと」
 修哉がそう言ったとき、拓斗はテーブルの上に載る洗面器に気づいて、顔をしかめた。
「ケロリンの洗面器? こんなん、持っててんな」
 拓斗は、修哉がうなずきながらサランラップを自分の手から取り上げ、中身を引き出すのと同時にくちゃくちゃに折り曲げて失敗したのを見て、ため息をつきながら言った。
「最初にピンって張ってから、被せたらええねん」
 修哉はアドバイスを素直に受け入れると、サランラップを指にまとわりつかせながら三回目で成功した。拓斗は、浮いている端を折り曲げながら言った。
「ええんちゃう。ぼちぼち、理由聞いていいか?」
「忘れ物や」
 修哉が言い、拓斗は眉をひょいと上げると、洗面器の中に入っている袋に目を向けながら言った。
「彼女か?」
「中林優奈じゃ」
 修哉は咄嗟に答えて、自分でも要領を得ないように顔をしかめた。拓斗は洗面器から視線を逸らせて、肩をすくめた。
「それは、女の子の名前やな」
「もうええって。ハッピーターン全部食べるぞ」
 修哉はそう言うと、拓斗の脇腹を軽く押した。コンビニの袋を差し出したとき、拓斗は笑った。
「マジであるんか」
 拓斗のために買ってきたとは、言えなかった。それぐらいに、自分だけの力ではどうにもならない気がしていたとも。しかし、今の拓斗は普段よりも気さくで、常にどことなく存在する透明なバリアが薄くなっているように見える。修哉が袋の封を切って中身を広げると、拓斗はひとつを手に取って、包装を解きながら口角を上げた。
「ありがとな。いただきます」
 修哉も同じようにひとつ食べるのを見てから、拓斗は自分の分を口の中へ放り込み、スマートフォンの画面を眺めた。川端の事故がいつなのかも、分からない。夕方なのか、それとも学校から出てすぐなのか。内田の家にバイクを取りに来たとき、水島は一緒にいたらしい。さっき『今は家か?』と送ったが、既読にもならない。女子グループのメッセージ以外には気まぐれだから、らしいと言えばそれまで。しばらく沈黙が流れた後、拓斗は呟いた。
「事故現場、見たんか?」
「はっきりは見てない。すぐ通報したから」
 拓斗は、状況を知りたいはずだ。こんなあっさりとした答えは、がっかりさせるだけだろう。修哉が言い訳を補足しようとしたとき、拓斗は言った。
「よかった。安心したわ」
 修哉は、拓斗が自分の精神状態を心配してくれていることに気づき、その横顔に視線を向けた。
「おれが文句言わんかったら、一緒にバイク乗ってた?」
「乗ってた。昨日の夜に変な車を見かけて、それが気になってた」
「そうなんや、ヤンキーみたいな?」
 修哉が言うと、拓斗は首を横に振った。
「いや、ヤン車っていうのも、微妙な感じやな。シルバーのセフィーロや。日産の車。分かるか?」
 返事が遅れて放送事故のようになり、拓斗は笑った。待ちきれなくなって顔を向けたとき、修哉は呟くように言った。
「それ、ホテルの廃墟に停まってるで」
         

 台数は減ったが、頭上で開いたドア越しにちらつく赤い光は、まだ残っている。パトカーや救急車のサイレンが遠くから聞こえたとき、それが終わりなのか救いなのか、全く分からなかった。モッサンは、かろうじて自由の利く上半身を捻り、はるか上まで続くエレベーターシャフトを見上げた。カゴが一階になかったら、確実に死んでいた。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ