小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Sandpit

INDEX|25ページ/58ページ|

次のページ前のページ
 

 優奈は口角を上げた。とても良い。この返事の早さとか、持っていますで終わらない感じとか。返信を打ちかけて、洗面器の中に着替えの袋が入っていることを思い出した優奈は、思わずスマートフォンを部屋の隅に投げた。
「わたし、アホや……」
 熱が逃げ道を探すように耳の先へ集結し、優奈はスマートフォンを拾い上げて、お礼に続く残りのメッセージを打った。
『ありがとう。今日は大丈夫なんやけど、もしよければサランラップかけといてもらえますか。どれぐらい使ったかも教えてほしい』
 送信と同時に、マリからメッセージが届いた。
『ご飯、置いてあるで。うちらは車庫におるから、あとで顔出して』
 優奈は短く『はーい』と返事を送り、一階に下りた。パンとビーフシチューにスプーンがまとめられた皿と大きな水筒を持って屋上に上がり、テントからぶら下がるランタンを点けた。部屋より、外の世界が全部見える屋上の方が好きだ。優奈はパンをかじりながら、まだ明るく起きている夜の町を見下ろした。
 今日起きたことを、どうやってまとめたらいいだろう。食べ終わるのと同時に、スマートフォンをポケットから取り出した優奈は、礼美に電話をかけた。
    
 
 商社勤めをしていた期間は、振り返れば短かった。トミキチは白いBMWM5の運転席から、がらんとした『バラエティ広場』の荒れ地を見つめた。不動産をかじって手に入れた、最初で最後の土地。とにかく、何にでも首を突っ込まないと気が済まない性格で、部下がうんざりしているというのも、承知している。今やメインの事業となった『金魚すくい』のきっかけは、商社マン時代に流通させていた商品の一部を預かったことだった。当時は二十代半ばで、実態は使い走り。いや、使い捨てだった。今考えれば、総合商社と名乗っていながら、実態のない怪しい会社だった。社長と顔を合わせるのはホテルのロビーやバーがほとんどで、いわゆるオフィスのようなものは存在しなかった。
 あのとき倉庫に運び込んだ、大量の木箱。普通に運べないものだということは、分かりきっていた。真夏で燃えるように暑かったことも、よく覚えている。クールビズがどれだけ流行っても、上着を脱ぐことを社長が許さなかったからだ。
『ニュースをよう見とけ』
 木箱をばしんと叩いて、社長は笑った。数日後、海外ニュースに記事が載った。警察が工場を襲撃し、七人が死亡。国内では、ダムから車が上がり、乗っていた二人は心中と結論付けられた。再び倉庫に行くと、社長は肩をすくめながら言った。
『売り手と買い手が消えてもうたな。この木箱、どないしよ?』
 少なくとも、心中した売り手については、偶然ではなかったらしい。木箱の中身は現金化され、その半分が自分の手元に落ちてきた。社長はそこから数年に渡って、様々な人間に引き合わせて、色々なことを教えてくれた。最後は、海外に打ち合わせに出たまま帰ってこなかった。数ヶ月後、漁船の網に頭の一部がひっかかるまでは、向こうに永住するのだろうと楽観的に考えていた。師匠はそうやって海に消えたが、ノウハウは残った。例えば海外とやり取りすると、いつかは海の一部になる。だから、国内に目を向けた。自分を、非合法の出稼ぎで訪れた外国人だと思えばいい。実際、その目線で物の動きを捉えれば、天国だった。適性を見極めて都度集めてきた人材は、何度か目に狂いがあったことは認めるが、一応機能している。今回も、一度見失ったらしい積荷は結局見つかった。数時間前、待ち合わせ場所にやってきたヤマタツは、柿虫の手柄だと強調していた。そして、車を返したいのにモッサンと連絡がつかないとも、言っていた。つまり、この仕事は仕上げが数パーセント残っている。
 錆びて折れ曲がった柵にヘッドライトの光が被り、トミキチはオーディオのボリュームを下げた。ヤマタツを呼び出して、帰し、また呼び出した。繰り返していると、そろそろ愛想を尽かされそうだ。手前でヘッドライトを消した紺色のチェイサーツアラーVが停まり、運転席から降りてきたヤマタツが小さく頭を下げた。トミキチは深呼吸をすると、エンジンをかけたままM5から降りた。
「悪いな。タスク残ってたわ」
 部下の前で横文字を使うようになったきっかけは、今思い返すとしょうもない。報連相の習慣が定着しなかったケンゾーに『ルーティンにしろ』と言ったとき、その部屋にいた全員がこちらに注目したからだ。横文字が分かるのはヤマタツと柿虫ぐらいで、他は記憶力が悪いから、聞き逃して自分が酷い目に遭うのを避けるために、集中して聞き取ろうとする。
 ヤマタツは真っ暗闇に浮かび上がるバラエティ広場を見てから、指示を仰ぐように向き直った。トミキチは続けた。
「ここ、今晩使うから。準備しといてや」
「承知しました」
 チェイサーに再び乗り込んだヤマタツが敷地内へ入っていくのを見送り、トミキチはM5の運転席に戻った。水が抜かれたプールの脇にある、管理用の小屋。水を循環させるためのポンプは取り除かれているが、その下のがらんと開いたスペースの中には、ここで大きな火花を上げるための道具が揃っている。ここに入り込んだら最後、生きて出られる可能性は限りなくゼロに近い。その証拠に、今までに殺した人間の大半は、ここに埋まっている。しかし、油断は禁物だ。トミキチは改めて、助手席に置かれた『積荷』へ目を向けた。これは、ただの金魚すくいでは終わらない。相手は筋金入りの組織だ。
 懐中電灯の光を頼りに、雑草が絡まる水のないプールの傍を歩きながら、ヤマタツは車両倉庫で持ち主を待つルートバンのことを思い出した。モッサンがどれだけ遠回りをしたとしても、鍵を預けたままこの時間までふらつくとは思えない。だいたい、こんな雑用を命じられているのも、人が足りないからだ。モッサンはギネス級の道草を食っている途中で、三国と柿虫はセフィーロの後始末で残っている。そこで初めて吹谷のことを思い出したヤマタツは、小屋の前で足を止めた。あいつも、モッサンと同じで連絡がつかない。
 仕事を早く終わらせたいというよりは、勝手に片付けておいてほしい。ここ数年はどうしても、一歩引いた見方をしてしまう。トミキチは常に先手を打つことを考えているし、実行力もある。しかし、自分はその代わりをできないし、他にできる人間も思いつかない。トミキチを動かす燃料は、自分の考えた仕組みが金を生んだという成功体験そのものだ。その仕組みに乗ってここまでやってきた自分には、その燃料がない。こだわりなどなく、報酬だけが原動力だ。
 小屋の鍵を開けて中に入り、ポンプが抜かれて空いた大穴に手を突っ込むと、ヤマタツは力を籠めて分厚い布製の袋を引き上げた。広げると、油紙で包まれた鉄の塊が音を立てて床に広がった。結局のところ、これに辿り着く。まずは、散弾銃。油紙を広げて、ヤマタツはウィンチェスター1300を持ち上げると、テーブルの上に置いた。続けて真四角の包みを解き、Vz61と弾倉二本を隣に並べた。東欧の小柄な短機関銃で、脅すために使ったことしかない。最後の包みを開くと、コルトマグナムキャリーとタウルスディフェンダー605を両手に持ってそれぞれテーブルの上に置き、呟いた。
「アホか……」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ