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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Sandpit

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 修哉が訊くと、体から湯気を上げる優奈はうなずいた。前髪が目にかかり、下手なウィンクをしているように片目を閉じながら後ろに振り払うと、言った。
「家のお風呂、壊れてん。もう、頭から足まで全部、へなへなやで」
「風呂あがりは、しゃあないで。お風呂は、修理来るん?」
 並んで歩き始めたとき、優奈は首を傾げてから、修哉の周りに視線を走らせた。
「しばらくかかるかも。てか、自転車ちゃうんや。珍しくない?」
「ちょっと、色々あって」
 修哉はそう言うと、日が暮れかけている薄暗い直線道路と、事故の当事者を後から責め立てるような妙にはっきりとした白線を、頭に浮かべた。あの線の中を走っていたら、事故なんて起きなかったはずだ。でも、本当にそうなのだろうか。
「レミたんと似てる。マイワールド入ったら、無言になるやんね」
 優奈の言葉に、修哉は意識を取り戻したように瞬きを繰り返した。
「中林さんも、こんな瞬間ない?」
「あるある。あはは」
 そう言って、優奈は前を向いたまま笑った。修哉は言った。
「多分、地獄のライダーの片方が、事故で死んだ」
 空気が凍り付いたようになり、優奈が自分の方を向いたのが分かった。
「そうなん? いつ?」
「夕方に気づいただけで、いつかは分からんねん。塾行くのに、いつも川越えた先の山道通るんやけど、林の中に突っ込んでた。それで通報とかしてたから、塾は休みになった。大騒ぎやったわ」
 修哉は一気に言い終えると、優奈に会話のボールを渡すつもりで、横顔に視線を向けた。優奈は前を向いて歩きながら、呟いた。
「あっけないな」
 その暗いトーンに、修哉は気づいた。学校で話す中林優奈は、ちゃんと『よそ行き』なのだと。同級生は『高林』と『低林』しか見たことがないが、これが素の中林なのかもしれない。いつの間にか、よそ行きの盾を滑り抜けてしまった。
「親も言ってた。不死身みたいに見えるけど、実際にはめちゃくちゃ危ないんやって」
 修哉が言うと、優奈は小刻みにうなずきながら笑った。
「分かった! それで、歩いてるん?」
「そう。後藤家は、今日限定チャリ禁止令」
 修哉が後藤家に呆れかえったように言うと、優奈は薄く歯を見せて笑った。
「語呂、終わってる。てか、なんで地獄のライダーって分かったん?」
 自分の頭の中がいつの間にか会話のテーブルに乗せられて、優奈がそこに仲間入りしている。誰にも言いたくない話なのに、まっすぐ続く住宅街のブロック塀を見ていると、ここだけでは秘密が守られるような気がしてくる。
「赤と緑がおるって、言ってたやん。緑はおれの兄貴やねん。赤は兄貴の友達で、川端って人」
 夜中にバイクで走り回るなんて、それ自体が恥ずかしいことだ。後藤家は、長男がまさにその当事者でありながら、次男には反面教師として見るよう、徹底的に言い聞かせている。自分が、反面教師とする方が正しいと思っているのも事実だ。結局のところ、自分本位。せっかく中林と仲がいいのに、地獄のライダーの片割れが自分の兄だと言うことで、今の関係性を崩したくないだけだ。自分の世界に沈みかけたとき、しゃくりあげる声を聞いて、修哉は目を大きく開いた。優奈はぼろぼろと涙をこぼしながら、波打つ声で言った。
「ごめん、地獄のライダーとか言って。失礼すぎたわ」
「いや、地獄とかそんないいもんちゃうし。うちの兄貴、終わってるで」
 修哉が早口で返すと、優奈は泣きながら器用に笑った。
「リスペクトゼロやん」
「小数点入れたら、完全にゼロではないかな。てかさ、中林さんが朝にその話してくれたから、おれ兄貴にクレーム入れたんよ。そうじゃなかったら、兄貴も同じタイミングで走ってたかもしれんねん。やからある意味、命の恩人」
 言葉に出すと、それは真実味を増した。拓斗がガードレール越しに倒れている姿を想像した修哉は俯いた。湯気の気配が包み込むように近くなったとき、優奈が自分の背中をさすっていることに気づいた。
「吐き出せ吐き出せ。こちとら恩人ぞ」
「いや、もうないねんけど」
 修哉が笑顔で応じると、優奈はいつもの『高林』に戻って、のけぞりながら声を上げて笑った。華奢な手の感触だけが背中に残り、修哉は大きく息を吸い込んだ。自分を包む湯気が微かに流れたのを見た優奈は、口元に両手を当てて目を丸くした。
「吸った。今、わたしを吸った!」
「ごめん、吐き出す」
「なんで? 嫌なん?」
 優奈が真顔に戻り、修哉は首を横に振った。息を吐き出すことができないまま前へ向き直ると、呟いた。
「明日の理科は、実験。楽しみですね」
「知ってるし。なんで急に、ニュースキャスターみたいになるん」
 優奈はそう言うと、修哉が今までに見たことのない笑い方で、俯きながら口角を上げた。方向感覚を失ったように辺りを見回すと、今までずっと気にかかっていたことを思い出したように、眉をひょいと上げた。
「川越えた山道って、でっかいホテルの廃墟あるとこやんね。塾まで遠回りやん。おぬしはなぜ、あの道をゆく?」
「武士? いや、好きやねん。雰囲気が」
「へー。夜とか、怖くない?」
 修哉は、その怖さが自分の場合はいかに『興味』に取って代わるか、どうすれば説明できるか考えた。短い時間で考えがまとまるはずもなく、厚い雲に覆われて紫色に見える空を見上げながら、言った。
「うまく言われへんねんけど。あのホテルは商売の神様に、見捨てられてる。めっちゃ景色とかいいのに潰れて、それでも、他のホテルが代わりに建つことを許さんねん」
「神様はDJ」
 優奈はそう言うと、歯を見せて笑った。
「悪いことが起きたら、いいことを起こすし。逆もある。神様は常にノリノリで忙しいから、願い事をして邪魔すると、怒るんよ」
 修哉は、その独特な考え方に笑いながら、相槌を打った。
「初詣とかで、手は合わせへんタイプ?」
「それはするけど、最後に知らんけどってつけるよ」
 優奈が胸を張って言い、修哉は抑えた声で笑った。
「いいことがありますように、知らんけど。って? いいなそれ」
 今日、兄の友達が死んだ。そんな日に限って、優奈と二人でこんな話をしながら、町を歩いている。神様がDJなら、今はターンテーブルに食らいついているに違いない。視界が広くなった時、修哉は川の手前まで来ていることに気づいた。
「中林さん。これ、道合ってる?」
「え? 分からん。めっちゃ任せてた」
 銭湯を出て以来、まっすぐしか歩いていない。修哉は普段の自分なら考えられない行動を取っていることに気づいて、笑い出した。
「おれ、ずっとまっすぐ歩いてた。ヤバいな」
「どうする? 泳いどく?」
「いや、そこは橋渡ろうや」
 言いながら、柵の手前に設置されたベンチまで歩くと、修哉と優奈はどちらともなく腰を下ろした。修哉は改めて周囲を見回した。中学校周辺からは少し離れたが、田んぼの向こうに中林環境サービスの建物が見える。だとしたら、ここが終点だ。雰囲気で同じことを感じ取った優奈は、洗面器をベンチに置いて伸びをしながら、言った。
「橋は渡らんの? 色んな話が、めっちゃ途中やで」
「通信とかで、続きする?」
「あはは、するする。通信って」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ