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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 色んな言葉を聞くたびに、少しずつ進む方向が逸れていったのだ。自分は、三国やヤマタツのように人の言葉を毅然と突っぱねることができない。釣られて曲がっていった方に何かいいことがあるのではないかと、どれだけ失敗しても期待を寄せてしまう。
『あんた、そんな体でかいのに白紙はもったいないて』
 トミキチから仕事を任されるようになって二年ぐらいが経ったとき、知り合いのタトゥーアーティストに言われた。ちょうど人を脅す仕事が近づいていて、トミキチに相談した。
『ちょうどええわ。両腕にガーってやってもらえ』
 その言葉がきっかけになり、今や腕には隙間なく洋彫りが入っている。人目につかないようにするには、夏も長袖を着なければならない。基本的に面倒だが、唯一の利点はトラブルが勝手に逃げ出していくということだ。こちらは、腕っぷしどころか何も証明しなくてもいい。ちょうど刺青を入れたころは、まだ柿虫はおらず、三国と自分、使い走りの紺野を入れたトリオだった。
 仕事は順調だったが、一度だけ足を洗おうとしたことがあった。吹谷家の借金が全てなくなり、多少の手助けはしたものの、アスナがホストクラブの掛けを全て精算し終えたタイミングだった。プラスに転じたわけではなく、ゼロ。アスナとお祝いをして、朝起きたときにふと思い出したのは小学校時代の自分で、すぐに嫌な思い出だと決めつけて気分を切り替えようとした。学校に行かなければならない朝といえば、大抵はアスナがすでに起きていて、音を最小限まで絞ってテレビを見ていた。ドアの開け閉めですら、音を響かせると夜勤明けの父親がやってきて、手だけでなく足すら飛んでくる狭い世界。
 しかし、そのとき吹谷が頭に思い浮かべた景色は、緊張や暴力のない、違う世界に生きる小学生の自分だった。アスナは情報番組を見ながら大きく口を開けて笑い、母親が出て行って久しい部屋にはぼんやりとした人影があり、夜勤明けの父がいる薄暗い部屋には、誰もいなかった。
 あとは『辞める』ということをいつ切り出すかだったが、すぐ目の前で思いとどまらせるのに充分な出来事があった。紺野が逃げたのだ。三国が捕まえて椅子に縛り上げ、モッサンが新たな使い走りとして柿虫を連れてきた。自分の役割を終えた三国が帰っていき、モッサンと柿虫が残った。何をすればいいのか考えていると、ヤマタツに誘われて飲みに行くことになり、解放されてすぐモッサンに呼び戻された。自分の役目は、後片付けだった。
 紺野の死体には頭がついておらず、左手も手首から先が切り落とされていた。コンクリートの壁には丸い血の跡がいくつもついており、最初はどうやったらそんな血のりが付くのか分からなかったが、足元に転がる頭を見て気づいた。サッカーボールを壁に当てるように、頭を蹴って当てた痕だと。そのとき、理解した。自分に課せられた役割は、おそらく『結果を見届ける』ことだったと。トミキチは、自分が抜けたがっていると言うことを、雰囲気で察していたのかもしれない。モッサンは、今でもそのときの話を一切しない。柿虫も同じだ。
 いつの間にか自然と歩調が遅れて、モッサンが前を歩く形になっていた。吹谷が追いつこうとしたとき、突然足を止めたモッサンがくるりと振り返った。
「お前、車は?」
「車ですか」
「そう、車や。ブーブーや。ボケっとすんなお前。どうやってここまで来てん?」
「車です」
 吹谷が短く答えると、モッサンはその頭をぱちんと叩いた。
「車やろ? なんで電車で帰るねん、おかしいやろ」
 セフィーロを出すわけにはいかない。吹谷は歯を食いしばった。モッサンは立ち飲み屋で隣の客に絡み出す前と同じように、片足を前に出して吹谷の顔を下から見上げた。
「なんや、その顔。便秘か?」
「それは、大丈夫です」
「そっちの事情は知らんけどや。お前の車って、なんやっけ? おい、もう一歩も歩きたくないねん、なあ?」
「セフィーロです。あの……」
 吹谷は言い澱んで、辺りを見回した。人影はない。モッサンがこの状態で駅まで辿り着けるわけがないし、車をいつまでも河川敷に置きっぱなしにしているわけにもいかない。早く車内から痕跡を消す必要がある。今この瞬間に誰かに見つかって、ドアをこじ開けられでもしたら終わりだ。時間制限があることを強く意識した吹谷は、覚悟を決めて頭を下げた。
「すみません!」
 モッサンは露骨にたじろいだ表情を見せて、ウェイストポーチに手を触れた。
「え? 何?」
「ちょっと、大きな声では言えないんです」
「謝罪の声、バカでかかったけど?」
「ひとり死んでます。自分と三国で、追い詰めて殺しました」
 この中途半端な正直さのせいで、ごつごつした岩場のような道に放り込まれてきた。吹谷はそう意識しながらも、モッサンに頭を下げ続けた。風の音が耳鳴りのように聞こえてくるぐらいに時間が過ぎたとき、声がかかった。
「腰いわすぞ。顔、上げろ」
 吹谷が恐る恐る顔を上げると、待ち構えていたようにモッサンは笑った。顔面の筋肉を結ぶ糸が全てほどけたような、ネジの飛んだ笑い方。
「おもろ」
 短く言うと、モッサンはヒントを求めるように、河川敷の方へ目を向けた。吹谷は観念して、橋の欄干の辺りへ目を向けた。
「あの下に停めてます」
「ここ来るまでに、ホテルの廃墟あったやろ。あの中に突っ込んどこうや」
 モッサンは突然元気を取り戻したように、河川敷の方へ歩き出した。錆びついた階段を二段飛ばしで下りると、後ろをついてきた吹谷に手を差し出した。
「運転するわ。鍵寄越せや」
 吹谷は鍵を渡したとき、橋の欄干から身を乗り出している男に気づいた。景色を見ているようで、見ていない。むしろさっきまで、こちらへ顔を向けていたようにも見える。薄緑の作業服を着ていて、髪型は少し長めのオールバック。ほとんど存在感を消した立ち姿の中で、頬の傷跡だけが朝日をいびつに跳ね返していた。吹谷がその全身像を記憶にとどめようとしたとき、モッサンがアクセルを煽って空ぶかしをしながら、運転席の窓を開けて顔を突き出した。
「はよ乗れや」
 吹谷は、慌てて助手席へ乗り込んだ。ドアを閉めるのと同時に、モッサンがアクセルを底まで踏み込み、前輪が宙を切るように空転して砂利を跳ね飛ばした。セフィーロが河川敷のスロープを上がる直前、吹谷はもう一度欄干の方へ目を向けたが、作業服姿の男はもういなくなっていた。


 三国は、運転席に座って前を見つめていたが、ふとヤマタツの方を向いた。
「夜中に、屋上から道路を見てた中学生がいます」
「なんや、そのニッチな情報」
 ヤマタツは笑いながら応じ、しばらくしてから笑顔を消した。
「見られてる可能性があるってことか? 車はどないした?」
「セフィーロは河川敷に隠してます」
 三国が即答すると、ヤマタツは口角を上げた。三国はハンドルを握りしめたまま、女子中学生の会話から聞き取った情報や外見的な特徴を、全て話した。こういう情報の連携に、ヤマタツは厳しい。おべんちゃらは通用しないから、必ず情報を正確に伝えなければならない。そして、信頼を生む方法はそのひとつだけだ。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ