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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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「そこ、コンセンサスちゃんと取れてるな?」
「はい」
 ヤマタツは短く答えると、ルートバンの助手席で伸びをした。トミキチは横文字中毒だ。コンセンサスも日本語で『同意』と言えば万人に通じるのに、ビジネス用語は全て英語に置き換えて、使いどころを間違えていようが構わず乱射する。そして、横文字を多用する姿勢を頑なに崩さないのと同じレベルで、限られた人間のことしか信用しない。結果的にその対象として選ばれているのが自分で、事故で死んだケンゾーもその立場に近かった。それ以外の人間については、トミキチは『言葉を話す機械』としか考えていない。飯を奢るときもあれば、酒盛りで肩を組んで騒ぐときもあるが、基本的には機械扱いだ。
 二年前にケンゾーが死んだとき、トミキチはひとしきり喪に服した後、こう言っていた。
『ヤマタツ、なんか新しいこと一緒にやるか? それか、これ続けるか?』
 あのときは、即座に続行する意思表示をした。仲間がひとり死んだとはいえ、仕事を転換させるほどの痛手でもなかった。しかし、トミキチはどこか残念そうだった。
『そうかー。まあ、後片付けは大変やわな』
 その言葉の意味は、今でもよく考えるし、あのときの自分の意思表示のおかげで、他の仲間が今も生きているのではないかと思えてきて、背筋が寒くなるときもある。
 想定外のことが起きている今は、特に。
 ここ二年間、三国、吹谷、柿虫のトリオは負け知らずだった。それより前は自分かモッサンが一緒についていたが、最近はその必要もなくなっていた。ただ、それに甘んじた結果、誰が何を隠しているのか分からないし、殴ったところでその場しのぎの嘘が飛び出すだけだから、どうやって情報を集めればいいのかが、分からなくなっている。ヤマタツは小さくため息をつくと、運転席の方を向いた。三国はハンドルを握りしめて、学校の方向へ歩いていく柿虫の情けない後ろ姿を眺めている。ヤマタツが前に向き直ったとき、話の途中で置き去りになっていたトミキチが、電話の向こうで声を張った。
「聞いてるかー。フレキシブルにいけよお前。ほな排水溝の中、泳がせてこい」
「はい、失礼します」
 ヤマタツは通話を切ると、スマートフォンをポケットに仕舞いこんだ。はっきり意識しているわけではないが、柿虫を贔屓しているとトミキチにすら言われることがある。その理由を知っているのは、自分だけだ。それは、成長期を迎える前の自分が、小柄で弱々しくてぼそぼそとしか話せず、痛い目にあったことだけは無駄に覚えているという、子供時代における負の要素を全て詰め込んだようなタイプの人間だったからだ。そこから数年で急激に背が伸びたことで抜け出せたが、柿虫は二十歳を越えてもなお、その弱々しさのど真ん中にいる。アクの強い面々に囲まれてしどろもどろになっている姿は、正直あまり見たくない。
 学校と呼ばれる建物の近くに来ると、どうしても昔のことを思い出す。
 柿虫が昔の自分だとして、それを自身の小学校時代に置き換えると、吹谷やモッサンのような粗暴な連中が、まさにいじめの実行役だった。その行動様式は、野生動物とほぼ同じ。当時は、学年が上がってしばらく経ってからも、どこかで再会するのが死ぬほど怖かった。
 その次に厄介だったのは、トラブルが起きている間は身を潜めているが、最後に人知れず輪に加わるタイプ。今の人間関係なら、それに限りなく近いのが三国だ。信用する気にはなれないが、当時も、そうやって大方の決着がついた後に前へ出てくるタイプの同級生には、大抵守るものがあった。例えば、いじめっ子の妹と自分の妹が、同じクラスだとか。生来の性格ではなく、自分以外の人間に危害が及ぶことを心配しているから、及び腰になる。三国からは、それと同じ空気が漂っている。家庭の事情は知らないし関心もないが、家族と呼べる人間が外の世界にいるのかもしれない。
 最後に、学校生活でひとりでも見つけられれば救われる、全く別のタイプがいる。『騒ぎがうるさい』というだけの理由で、後先考えずにいじめっ子を壁に叩きつけるタイプ。恐れられるし、場面によっては正義の味方のような印象すら与えるが、本人は自分の都合を最優先にしているだけで、周りなど見ていない。それが、トミキチだ。
 トミキチは五歳年上で、知り合ったきっかけは人づてに紹介された『仕事』だった。ドラム缶が満載されたトラックを倉庫からコンテナヤードまで持って行くという内容で、十九歳だった自分からすれば、港湾道路を五キロ走らせるだけで二万円が貰えるなんて、夢のようなバイトだった。つまり、今も大して変わらないが、当時はもっと馬鹿だったのだ。しかし、勘だけは働いた。五キロ走った先にある目的地はコンテナヤードだが、二十四時間警備員がいる。だとしたら、そこに辿り着く前に何かがある。おそらく本当の目的は、港湾道路まで運ぶことではなく、このトラックを外に出して、道中で中身を盗らせることだ。つまり、自分は囮のドライバーということになる。そこまで把握した上でトラックを倉庫から出し、三キロ走った地点で本当に道を塞がれた。工場の防犯カメラの画角に入っていたから、トラックを少し下げてヘッドライトを消した。運転席の前に男が来るのを待ち、『予定通り』に車外へ出された。男は細長いナイフを持っていて、顔を見るなと言った。ここに取り残されたとして、電車の最寄り駅はどこなのか。何も見ないようにして考えていると、後ろから声がかかった。
『バイト君。なんで、トラックちょっと下げたん?』
 そこで、自分がこのバイトをどういう風に考えているか、地面を見つめたまま解釈を述べた。沈黙が流れて話し過ぎたかと思ったとき、『一緒に来い』と言われた。その声の主が、トミキチだった。雇われて最初にやった仕事は、バイトの依頼主をこの世から消し去ること。トミキチは、積荷を奪うまでの足跡をひとつ残らず消したがっていた。同時に、理解した。トラックを下げていなければ、自分の人生もあの道路上で終わっていたと。
 ひとり殺すと、後は何人殺しても一緒だった。


 ヤマタツに言い返せなかったときのモッサンほど、情けない存在はいない。吹谷は猫背をできるだけ伸ばして隣を歩きながら、どう言葉をかければ『言葉の返事』が返ってくるか考えた。モッサンは腕時計を見下ろしている。盤面が手の平側に来るように巻いているのは、軍隊の特殊部隊がそのようにしているのを真似ているらしい。吹谷はその横顔を盗み見ながら思った。認めたくないが、あと十年近く年を取ると、自分はこれになる。そのことに気づいたのは、つい最近だった。三十歳手前になるまで一度も意識しなかったのは、吹谷家に次々トラブルが舞いこんできてずっと忙しかったからというのもある。十七歳ぐらいから今まで、息継ぎをできたのは数えるほどで、それは妹のアスナも同じだった。
 トミキチに拾われたのは偶然で、すでにその下で働いていた三国と飲み屋で意気投合したことがきっかけだった。今思い返せば、そのころは刺青をひとつも入れていなかった。そして、お互い今の状態で初対面なら、おそらく三国とは意気投合しないだろう。
 同じ道を歩んでいたはずなのに、今や真逆の立ち位置にいる。
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ